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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
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64話 紗月先生の野宿講座⑤


     ◇ 


 軽くステップを踏んでいた鞠莉が、打撃を警戒して距離を取っていた紗月との間合いを一瞬で詰める。


「速い!」


 驚いた幸貴の声と、鞠莉の繰り出した右のローキックが紗月の左足にヒットする音が重なる。


「痛そ~……」


 強烈な音に、見ている幸貴と達樹が思わず顔をしかめる。だが矢内と柔道部員たちはにやりと笑った。


「やるな。だがあいつは柔道家を知らんと見える」


 主将が語る間にも、鞠莉は紗月の足にローキックの連打を打ち込んでいる。紗月は辛うじて足を浮かせてカットし、クリーンヒットは避けているものの、空手家の蹴りを何度も受けていたら足がどうにかなってしまいそうだ。


「あんなの何発も受けてたら、さっちゃんの足が折れちゃうよ……」


「いや、問題ない」


「え?」


「柔道家にローキックは効かん」


「マジで!?」


「わたしたちが毎日どれだけ練習で足払いを受けているか、知らないだろう。柔道家のスネは、がっちがちに固い」


 確かに柔道でも日々練習で受ける足払いによってスネが強化され、弁慶の泣き所と言われる急所が常人より強くなり、ローキックに対して耐性ができる。


 だがそれはあくまで骨を打つ痛みに対して我慢ができるようになるだけで、人体の仕組みから大きく外れるわけではない。


 なので、鞠莉が繰り出すカーフキックに対しては、たとえスネをがちがちに鍛えた紗月であっても十分効果があった。


 カーフキックとは、文字通りふくらはぎを狙ったキックである。ふくらはぎには大きな筋肉があるが、筋肉は骨に比べて衝撃を吸収する力が弱く、そこを蹴られると大きなダメージを受ける。また、筋肉への連続的な打撃は筋肉の緊張と疲労を引き起こし、歩行や動きに支障をきたすのだ。


 このままじゃヤバい。


 そう感じた紗月は、被弾覚悟で突撃を敢行した。


 両腕で胴体をガードし、打撃の距離だった間合いをさらに詰める。


 だが鞠莉は組み技の間合いになるのを避け、紗月が迫るよりも速く下がる。下がりながらもガードする紗月の腕に鉤突きを入れるが、これはほとんど効いていない。


 戦いはしばらく間合いの取り合いとなった。これにより、紗月が断然不利になる。彼女の足は、それまで受けたふくらはぎのダメージが効果を現し、速度が目に見えて落ちてきたのだ。


 こうなるともう鞠莉の独壇場かと思われた。


 蝶のように舞い、蜂のように刺す。体重が軽いので威力が低く一撃必殺にはほど遠いが、その分手数が多い上に中段下段と打ち分けて紗月に的を絞らせない。


 このまま続ければ、いずれ紗月が力尽きるのではないかと皆が考えたその時――


「しまった!」


 鞠莉が右の中段突きを当てて拳を引くより早く、紗月が彼女の胴着の右袖を掴んだ。


 何十発も打ち込んだせいで腕の筋肉が疲労し、僅かだが拳を引く速度が衰えたのだ。そこを紗月は見逃さなかった。


 この機を逃したらもう後がない。


 そう覚悟を決め、紗月は力一杯袖を引く。


 鞠莉も必死で抵抗するが、何しろ相手は筋トレ趣味のメスゴリラだ。おまけに10㎏以上の体重差はどうしようもなかった。


 力任せに引き寄せられ、紗月と鞠莉の体が密着する。


 次の瞬間、鞠莉の体が宙を舞う。


 電光石火の背負い投げが決まったかに見えた。


 だが鞠莉は咄嗟に体を捻り、背中から畳に打ち付けられるのを回避。それにより、一本にはならず技ありとなった。


 紗月の攻めはそこで終わらない。すぐさま鞠莉の上に覆い被さり、上四方固に持ち込む。


 背負い投げを防いで一本負けを回避したのも束の間。一瞬の気の緩みが災いし、鞠莉は紗月に抑え込まれてしまう。


 必死で逃れようとする鞠莉。しかし空手にはない寝技に持ち込まれた上に、自分より重い相手に抑え込まれて動けない。


 呆気なく十秒が経過し、技ありが宣告される。


 そして合わせ技で一本となり、紗月の勝利が決まった。


「やった、さっちゃんが勝った!」


 紗月の大逆転に、幸貴と達樹が歓喜の声を上げる。


 けれどそこで終わりではなかった。


 そう、わからせが終わっていないのである。


 紗月が顔を上げてちらりと矢内を見る。


 矢内は天井に向けていた右手の親指を、くるりと返して地面に向けて言った。


「やれ」


 了解。


 紗月は鞠莉の胴着を掴んでいた手を放し、彼女の体をまさぐる。


「――ひっ!?」


 紗月の手は鞠莉の胴体から腰へと移動すると、彼女の胴着のズボンへと向かった。


「え、なに……?」


 鞠莉が体を捩って抵抗するが、自分より重い紗月に乗られているためどうにもならない。


「うぇっへっへ~。お嬢ちゃん、今日はどんなパンツ穿いてるのかな~?」


 変質者じみた台詞を吐きながら、紗月の手は鞠莉のズボンに伸びる。そして腰紐の結び目を解き始めた。


「ちょ、先輩!? 冗談ッスよね!?」


 鞠莉は紗月の体を叩くが、抑えつけられて腕しか動かせない状態ではまるで威力が無い。


 そうこうしているうちに、とうとう紗月は鞠莉のズボンの紐をほどいてしまった。こうなると後は引っ張るだけでズボンは脱げてしまう。


「あーーーーーーーーーーっ! ギブギブギブギブ! 参ったッス、ごめんなさいごめんなさい!」


 とうとう鞠莉の泣きが入ったところで、ようやく矢内が動いた。


「待て! そこまで!」


 制止の合図で紗月はすぐに立ち上がる。彼女の足元には、脱げかけたズボンを必死に引き上げている鞠莉が残された。


 パンツを丸出しにされそうになって唖然とする鞠莉に向かって、矢内が仁王立ちになって言う。


「どうだ、これでわかったか? 体重差というのはもの凄く厄介なんだ。自分より大きくて重い相手には警戒しろよ」


 実際、多くの格闘技が体重別に階級を分けている。それだけ体重や体格の違いは大きいのだ。


 勿論、力や体の差は技術や経験で補うことができる。だが誰もがその領域まで達することができるわけではないし、達人でも素人の巨漢に負けることだってあるのだ。


「わかったっス……」


 すっかりわからせられた鞠莉を見て、矢内は満足そうに「よし!」と頷く。


「前田も理解してくれたことだし、講義の続きと行くか」


 こうして紗月たちは再び場所を移し、野宿講座を続けることとなった。


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