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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
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61話 紗月先生の野宿講座②


     ◇ 


 紗月の講義は続く。


「危険を未然に回避する方法」


 それは、と紗月は勿体ぶるように間を取ると、最前列に座っている幸貴たちはこれから紗月が話すことを一言一句聞き漏らすまいという表情で待ち構える。


「そうね。一番肝心なのは、女性が一人だと思われないようにすることね」


 紗月の経験上、旅の最中にこちらが女性の一人旅だと知ると、途端に周囲の男性の態度が変わることがよくあった。


 その多くがスケベ心から来るアプローチだが、それだけで済むのはまだ良い方だった。中にはわざと隣にテントを張ろうとしたり、何かにつけて話しかけてくる者もいて、彼らから離れるために仕方なく場所を変えることが何度かあった。


 その経験から、紗月は旅をする時は自分が一人だということを周囲に悟られないように細心の注意を払っている。


「で、その悟られないようにする方法が、さっき言った諸々なの」


「他のテントと距離を取ったり、テントは夜人がいなくなってから張って、朝日の出と共に撤収するということですね」


 達樹の模範的な回答に、紗月は満足そうに頷く。


「その通り。後はテントを張ったらなるべく早く中に入って、一度入ったら朝まで出ないようにした方がいい。もしこちらのテントを見張っている不審者がいたら、中にいるのが女性一人だと知られてしまうからね」


「テントじゃなくて、姿を見られないだけでいいの?」と幸貴。


「テントだけなら、外から見たら中に男がいるか女がいるかなんてわからないでしょ。けど中にいるのが女性一人だってわかったら、良からぬことを考える輩が出るかもしれないじゃない」


「なるほど。余計な情報を与えないってのは大事ね」


「他には、遠目で女性とわからないようにスカートはやめたり、服や持ち物の色もなるべく地味なものにするとかね」


「色々と大変なんですね」


「要は、漏れなく危険を想定することが大切なの。備えあれば憂いなし、って言うでしょ」


「山の話だが、最近はマスコミに山ガールとか何とか囃し立てられて女性登山客が増えたはいいが、やはり他の登山客とのトラブルが絶えないからな」


 矢内は組んでいて腕をほどき、机の上で頬杖をつく。


「しかしあれは新規も悪い。山には山のルールがある。それを大して調べもせず、ただ流行りだからと安易に登山を始めるから、昔から山に登ってる人には自分の縄張りに土足で入られているようで我慢がならんのだろう」


「どのコンテンツでも、新規が増えると古参との軋轢が生まれるのは変わらないわね」


 続いて幸貴が、何か思う所があるかのようにしみじみと言う。


「元々山は女人禁制だったからな。女が山に入れるようになったのは最近なんだよ」


「そうなんですか? でもどうして?」


「山の神様は女性が多くてな。女が山に入ると嫉妬するんだよ」


「ギリシャ神話なみに心が狭いですね、日本の山の神は……」


「女性が参入してくることに拒否反応を示すコンテンツもありますね」


「仕方ないでしょ。アウトドアってだいたいが『男の世界』みたいな感じだもの」


「ありますね、そういう意識。わざわざ山の中で凝った料理をした動画を撮影したり」


「テントも道具も持たずナイフ一本で山に入って、あえて苦労してキャンプしたりね」


「趣味の大半が自己満足だってことは理解できるけど、男性ってどうしてああなのかしらね」


「突然炒飯をパラパラにしようと凝り出したり、年を取ると蕎麦を打ち出したり。何かそういう指令がDNAに刻まれてたりするんでしょうか?」


「わかる。うちの兄貴もある日急に『中華鍋は育てるものだ』とかなんとか言い出して、毎日炒飯作り出したことあったから」


「育ててどうするんですか?」


「わかんない。けど最終的に家庭用コンロでは火力が足りないとかで諦めたみたい」


「パラパラの炒飯が食べたいなら、冷凍食品を温めればいいのに」


「最近のは本当に美味しくなったよねえ」


「技術の進歩を感じるよな」


 ついには矢内までが参加し始め、話が大幅に脱線した。


 雑談する紗月や幸貴たちとは別に、鞠莉は講義が始まってから――いや、始まる前からずっと不満そうに黙っていた。


 今も、大きく膨らました頬を両手で挟みながら机に肘をついている。


 そして、それまで不満そうな顔をして黙っていた鞠莉が一言。


「納得いかないっス」


 その呟きは小さくて、雑談に夢中になっていた紗月たちの声にかき消された。


「納得いかないっス!」


 だが次の声は負けなかった。


「え、なにが?」


 突然大声を張り上げた鞠莉に、まさか野宿の話が冷凍食品の進歩の話になったせいだろうか、と紗月は懸念したが、どうやらそうではないようだ。


「どうしてそこまで警戒する必要があるっスか?」


「過剰だって言いたいの?」


 紗月の問いに頷く鞠莉。


「だいたい、何も悪いことはしていないのにどうして自分たちがコソコソ隠れるようにしなくちゃいけないっスか? 加害者である悪い人たちがいるせいで、被害者になる自分たちが苦労するって不条理っス」


「それは仕方がないんだ。何しろ我々女は弱いからな。弱い生き物は強い生き物に見つからないように隠れるのが正しい自然の姿だ」


 鞠莉の問いを矢内が一言で片づけるが、やはりそれでは納得がいかないようだ。すぐさま言い返してくる。


「自分は弱くないっス。それにもし男性に襲われたとしても、自分の身くらい守れるっス」


「ほう」


 にやりと笑う矢内。


「面白い。だったら見せてもらおう」


 そう言って矢内は紗月に向き直ると、


「嶌、講義は一旦中止だ。ここで一度実技を挟むぞ」


「はあ……っていうか、何で楽しそうなんですか」


「さて諸君、ここから先は楽しい楽しい実技の時間だが、その前に場所を変えるとするか」


 ここだと物が壊れるからな、と物騒なことを呟きながら矢内は楽しそうに席を立つと、先頭を切って教室から出て行く。


 紗月と幸貴たちは黙って彼女の後に続いた。


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