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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
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59話 野宿ガール(二人目)


     ◇ 


 某月某日。


 大学のカフェテリアにて。


 紗月が幸貴や達樹と一緒に昼食後のお茶をしていると、


「嶌、ちょっといいか」


 と声をかけられた。


「デジャヴ……」


 その声と台詞に既知感を覚え顔を上げると、そこにはやはり見知った顔があった。


「何ですかヤウチキ先生――あいたっ」


 言った瞬間、額に鋭い痛みが走る。デコピンされた。


「その名前で呼ぶなと言ったろ。今度言ったらお前の恥ずかしい過去を記事にして大学の掲示板に貼りつけるぞ」


「やめてください矢内先生、死んでしまいます(社会的に)」


 最近ただでさえ周囲に「おもしろい女」扱いされているのに、これ以上妙なレッテルを貼られる材料を増やすのは勘弁願いたい。


「でもそれって半分以上自業自得だよね」


 幸貴のツッコミは綺麗に無視し、紗月は矢内に話の続きを促す。


「それで、わたしに何か用ですか? 何度も言いますが、ワンゲルには入りませんよ」


「うむ、毎回こっちが言う前に断ってもらって済まないが、今回もその話じゃないんだ」


 厭な予感がした。そして、厭な予感というものは得てして当たるものである。


「実はお前に野宿のやり方を教えてもらいたくてな」


 矢内の言葉に、紗月は驚く。


「先生、ついに住む家を追われたんですか?」


「違うわ馬鹿者! あと、ついにって何だ。お前、わたしのことをどう思ってるんだ?」


「いやあ、あんなゴツい車転がしてるから、周囲にカタギじゃないと思われて苦情が溜まってついに、かと」


「勝手に人を反社扱いするな。確かに車はゴツいが、うちの近所はみんなわたしの職業を知ってるから、その心配はいらない」


「あら、意外とご近所付き合いをちゃんとしてるんですね」


「意外は余計だ――っと、こんな話をしに来たんじゃない。ったく、お前と話をしていると脇道に逸れて話が進まない……」


 矢内は話の流れをリセットするように、一度咳払いをする。


「野宿のやり方を教わりたいのはわたしではない。こいつだ」


 そこで矢内が背後を振り向いて手招きすると、それを待ち構えていたように一人の生徒が現れた。


「どうも。経済学部一年の前田鞠莉まえだまりっス」


 はきはきとよく通る声で言うと、鞠莉は紗月たちに向かって勢いよく頭を下げた。


 身長は小柄な幸貴よりもさらに低いが、運動部に所属していたのがよくわかる引き締まった身体をしている。童顔の上に乗っているショートカットのせいで小学生男子に見えなくもないが、スカートを穿いているのはきっと見間違え対策だろう。しかしそれ以外――特に一部分は下手な成人女性よりもご立派なので、その心配は杞憂だ。


「……おっきいね(胸が)」


 下手な成人女性である紗月の言葉に、鞠莉はきょとんとした顔をすると、


「そっスか? みんなからはよくちっちゃいねって言われるんスけどね(身長が)」


 にこりと無邪気な笑みを浮かべた。


「ぐぬぬ……。で、この子に野宿を教えて欲しいと?」


 話はわかった。だがまだわからないことがいくつかある。


「それぐらいなら先生んとこのワンゲルで教えてあげればいいじゃないですか」


「いや、ワンゲル《うち》は山屋だからな。山でキャンプするのは専門だが、町で野宿するのは勝手が違う。だから野宿のプロに任せようと」


「誰がプロやねん」


 思わず地元の言葉でツッコミを入れる紗月。だがそれはそれとして、矢内率いるワンダーフォーゲル部が手助けできない理由は理解した。では次の疑問だ。


「そもそも、どうして野宿なんかやりたいの?」


「実はわたし、お遍路がしたいんスが……」


 鞠莉は滋賀県出身で、小さい頃から両親が趣味でしている遍路によく同行していた。それで遍路に興味を持ち、せっかく大学が四国にあるのだから本場の遍路を自分も体験したいと思っていた。


「滋賀にもお遍路ってあったっけ?」


 幸貴の疑問に、紗月が答える。


「お遍路じゃないけど、あの辺りには西国三十三箇所巡りっていうのがあるのよ。ま、お遍路の一種ね」


 三十三箇所巡りとは、観音巡礼の一つで近畿を中心に点在する三十三箇所のお寺を巡って参拝する、日本で最も歴史のある巡礼のことである。四国の遍路と同じように全ての寺で御朱印をいただくと満願となり、極楽浄土へ行けると言われている。


「ただ、両親と行っていたお遍路は車でドライブしながらだったし、夜はホテルや旅館に泊まっていたっス。けどわたしには車も毎回どこかに泊まるようなお金もないっスから」


「だから野宿か」


 紗月の言葉に、鞠莉は「そっス」と小さく頷く。


「お遍路いいなあ。わたしもいつかやってみたいんだよねえ」


「なら、先輩も一緒に行くっスか? それなら野宿を教えてもらいながらお遍路もできて一石二鳥っス」


「それは厭。わたしは基本的にソロが好きなの」


 紗月がきっぱり断ると、鞠莉はしゅんとする。


「けど、面白そうだから相談には乗ってあげる」


「マジっスか? ありがとうございます!」


 しょげていた鞠莉の顔が、一瞬でぱっと輝いた。


「引き受けてもらって助かる。で、今回の報酬だが――」


「いやいや、今回はいりませんよ」


「なに!?」


 紗月が報酬を断ると、矢内を始め幸貴と達樹がざわ、と戦慄する。


「お前誰だ? 本当に嶌か……?」


「さっちゃんが無償でボランティアだと……」


「きっと今夜は大雪ですね……」


「あんたら、ちょっと失礼でないかい?」


「いやしかしだな、前回はゴネて対価を要求したお前が、今回はロハで頼みをきくなんて驚かない方が無理だろ」


「あれは、本当にわたしにメリットがなかったから交渉しただけで、今回は違いますから」


「じゃあ今回はお前にメリットがあるのか?」


「ありますよ」


 紗月はにやりと笑って言う。


「こうして徐々に野宿ガールが増えれば、今後わたしが変人扱いされなくなる」


 やはり彼女は変人であった。


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