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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
55/68

55話 幸貴、無言、居酒屋にて


     ◇


 十二月某日。


 大学一年生と二年生に大きな違いがあるとすれば、


 それは、二十歳を超えるかどうかだろう。(入試で何浪もしている場合を除く)


 大学生と言えど二十歳を過ぎていないと酒もタバコも御法度だし、事件を起こしても新聞に名前が載らない。つまり子供と同じで法や大人に守られている。大学一年生は高校四年生と言っても良い、子供でも大人でもない期間だ。


 だが大学二年生になり二十歳を過ぎると、社会や大人から守られなくなるし、様々な責任が付いて回る。その代わりに呑んだり吸ったりできるようになる。


 そうなると、すかさずある行事が生活に関係してくるようになる。


 それまでは周囲がまるで禁忌の如く遠ざけていたり、別世界の出来事のようにまったくと言って良いほど無関係だったのに、二十歳を過ぎた途端待ってましたとばかりに周囲が参加を求めてくる。



 呑み会である。



 高橋幸貴も、先日二十歳の誕生日を迎えるや否やこの手の集まりに誘われるようになった。


 これまでは酒にも集まりにも興味がないので何とか断っていたのだが、とうとう断れない場面が来てしまった。



 忘年会である。



 年末になると、呑んで騒ぐのが好きな教授の取り運びで毎年行われるのだが、一応参加は強制ではない。


 ただ出席しないと何故か単位がもらえなかったりするという噂がまことしやかに囁かれたりするので、誰も欠席はしないのだが。


 おまけに女子は会費千円という安さに釣られて友人の嶌紗月が早々に参加を表明してしまったので、仕方なく幸貴は友人が羽目を外さないように監視する目的で参加することにした。



 大学の周囲には飯屋、本屋、ゲームセンター、雀荘など学生を当て込んだ店舗が多い。


 忘年会会場は、その中にある居酒屋の一軒で執り行われた。


 この店は教職員の財布を狙った店なので、金の無い学生向けの質より量の店よりは広くてきれいだし料理や酒の質も高い。


 とはいえチェーン店なので、予約さえ入れれば男女合わせて二十人を超える大所帯でもすんなり入れる。


 その日は朝から雨が降り続いていたので、店の傘立てにはぎっしりと傘が刺さっている。鍵のかかる所だけでは収まりきらず、他人の傘の柄に自分の傘を引っかけているだけの者もいるくらいだ。


 しかし店の中に入ってしまえば天気など関係なく、さらに酒が入ってしまうと後のことなどどうとでも良くなる。今日は傘の忘れ物が多くなるだろう。


 最初の乾杯はビールで、という教授の昭和感溢れる要望で全員ジョッキを掲げての乾杯で宴が始まった。


 幸貴は少しだけジョッキに口をつけてみるが、ホップの苦みに顔をしかめてすぐにテーブルに置いてしまう。


 周囲を見れば、他の女子もほとんど手をつけていない。すぐさまソフトドリンクや甘いカクテル系の酒を注文している者もいる。


 その中で一人だけジョッキを傾け豪快に喉を鳴らす女がいた。


 紗月だ。口の周りに泡をつけて「か~っ……!」と唸りながら空になったジョッキをテーブルに叩きつける。


 紗月は周囲の女子たちに「それ飲まないの? もったいな~い。じゃあちょうだい」と話しかけてジョッキを譲り受けると、ほとんど一気飲みするように胃の中に入れていく。うわばみかこの女は。


 幸貴はビールどころかアルコール全般が苦手だ。


 身長が低く童顔なので、今日みたいに大勢と一緒じゃないと居酒屋にも入れない。店で酒を買うにしても、確実にレジで身分証明書の提示を求められるだろう。なのでアルコールという存在そのものが苦手である。


 紗月の呑みっぷりを見ると、明らかに呑み慣れている感がある。きっと大阪にいた頃から、ちょいちょいやっていたのだろう。


 だが紗月なら高校時代であろうと、誰が見ても未成年とは思わないだろう。幸貴のように見咎められたり、年齢確認をされたりはしなかっただろう。


 羨ましい。


 身長も。


 顔も。


 だが何よりも羨ましいのは……。


 紗月の豪快な呑みっぷりに、男子たちが興味を惹かれてこちらのテーブルに集まって来た。ほほう、こういうモテ方もあるのか、と幸貴は顎に手を当てて感心する。どちらかと言うと珍獣を見物に来ているだけのような気もするが。


 そうこうしていると、話題は趣味の話になった。


 他の女子たちが読書や映画鑑賞など履歴書に書きそうな無難な趣味を答える中、幸貴も同じように無難なことを言ってお茶を濁す。


 こんな酒の席で趣味を語ったところで、誰かに共感してもらえるわけでもなし。それどころか自分の趣味を笑われたり、引かれたりする可能性の方が高い。そうしたら、自分が傷つくだけだ。どちらにしろ、真面目に相手をする必要などまったくない。


 幸貴が注文した烏龍茶をちびちび飲みながら、歓談している連中をぼんやりと眺めているうちに紗月の番が回って来た。


「あ~趣味? うん、いっぱいあるよ。ロードバイクでしょ、バイクにも乗るし」


 いつの間に生ビールから熱燗にシフトしたのか、手酌でお猪口に酒を注いでキュッとやる姿が実に様になっていてむしろオッサン臭い。


「あとね、最近やってるのは野宿かなあ」


 言ってしまった。


 どうしてこの子はいつもそうなんだろう。


 こんな所で野宿の話なんかしたら、どうなるかくらい想像できるだろうに。


 ほら案の定、女子は引いて男子は笑う。


 だが当の本人は恥じ入るどころか、自分の趣味に理解を示さない浅薄な周囲に不満を持ったようだ。


「なに~、野宿のどこが悪い。四国はね、遍路文化が根付いているから野宿に寛容なの。あちこちにお遍路さんのための四阿とかあるの知らないの? って言うか、四国に住んでいながら野宿の一つもやったことないなんておっくれてる~」


 ぷんすこ、と音がしそうなほどご立腹の紗月は、ひとしきり文句を言うと再びお猪口に酒を注いで一息に呷る。


 長い息を吐いてお猪口を置くと、紗月は電池が切れたようにテーブルに突っ伏した。どうやら完全に潰れたようだ。


 突然撃沈した紗月に周囲は一瞬戸惑ったが、すぐに関心を失いそれぞれの話題に戻っていった。


 幸貴は席を立って紗月の隣に移動すると、机にだらしなく突っ伏している彼女の横顔を見る。


 泥酔してはいるが、気持ちよさそうに寝ている。急性アルコール中毒の心配はなそうなので、ひとまずほっとする。


 しばらく寝顔を眺めていると、ふとさっきのことを思い出した。


 何で言っちゃうかなあ。


 きっと紗月だって、自分の言葉がどういう結果になるか予想はついていたはずだ。それがわからない子ではない。


 なのに言った。


 それはきっと、自信があったからだ。


 自分の趣味が他人にどう思われようと関係なく、自分が好きなことをただ好きと言える芯のようなものが自分にあったからだ。


 身長。


 顔。


 自信。


 本当にこの子は、わたしに無いものを、わたしが欲しいものをいっぱい持っている。


 羨ましい。


 そう思いながら幸貴は、親友の寝顔を眺めていた。


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