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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
50/68

50話 なにわの狂戦士

祝 連載50回。


     ◇


「嶌、今度の休み暇か?」


 来た、と紗月は思った。


「先生、前にも言いましたがわたしはワンゲルに入る気はありませんよ」


「え、なに? さっちゃん勧誘されてたの?」


 興味津々といった感じで幸貴が詰め寄る。


「入学してちょっとした頃から何度もね……」


「ワンゲル――ワンダーフォーゲル部は年々部員が減る一方で、今年はついに一人になってしまったからな。ただでさえ最近の若い奴は山に登らん。それどころか自然の中でテントを張って寝ることができない軟弱者が多いときたもんだ。マスコミが言うキャンプブームとはいったい何だったのか」


「ははあん、そこで野宿ガールの噂を聞いて」


 なるほど、と幸貴は納得したように頷く。誰に頼まれるでもなく自ら野宿をするような女は天然記念物なみに珍しい。野宿部と言っても良いようなワンダーフォーゲル部としては、喉から手が出るほど欲しい人材に違いない。


「まあそれ以前からわたしは嶌に目をつけていたんだがな」


「それはどうしてですか?」と達樹。


「わたしも出身は大阪でな。嶌は地元の柔道界隈ではちょっとした有名人だったんだ。そいつがウチの大学に入学してくると聞いて、コレは是が非でも声をかけねばと思ったワケよ」


「先生、その話はちょっと……」


 話の矛先が都合の悪い方向に逸れ、紗月は慌てて話題を変えようとする。


 だが子供のように目を輝かせた幸貴と達樹に阻まれた。


「え、なにその話? 聞きたい聞きたい」


「わたしも興味あります」


「嶌は公式記録こそ57㎏級大阪府三位だが、その大会では全日本強化指定選手と当たってそいつに勝ってるんだ」


「トーナメントの妙というやつですね。実質的な決勝戦が序盤で行われてしまい、選手の体力やモチベーションが落ちてその後が奮わず入賞を逃してしまうという」


「そう。要はクジ運が悪かったんだよ。その試合で気力と体力を消耗していなければ、もしかしたら優勝して全国大会に出場していたかもしれなかった」


「たらればですよ、先生。わたしはそこまで大した選手じゃありません。府で三位でも十分すぎる結果でした」


「謙遜するな。実際に見ていたわたしが言うんだ。あれは事実上の決勝戦だったぞ」


「先生、見てたんですか?」


 驚く幸貴に、矢内はにやりと笑って答える。


「何を隠そう、わたしも昔柔道をやっていてな。その日はたまたま知り合いの応援に来てたんだ」


「マジすか……」


 まさか当時たまたま大阪で試合会場にいた二人が、数年後四国の同じ大学にいるとは。世間は狭いものである。


 その後紗月は練習中に膝を痛め、柔道部を辞めている。そうしてぽっかり空いてしまった時間を埋めるようにアニメや漫画にはまり、聖地巡礼をしたのが高二の夏であった。


「……ん? ちょっと待って」


「どうした高橋」


 質問で挙手する生徒を当てるように、矢内が幸貴を指した。


「さっちゃんがケガしたのって高二の春だよね」


「うん。春休み開けてすぐかな」


「じゃあその試合ってそれよりも前――つまり高校一年生の話?」


「そうだよ。高一のインターハイ予選の話だね」


「それじゃ、一年生で全日本強化指定選手に試合で勝ったってことですか……?」


「……それって凄いニュースなんじゃないの?」


「当然、会場中が騒然となった。何しろ優勝候補大本命が二回戦で負けたんだ。しかも相手は無名の一年生。誰もが何かの間違いだと思った。しかしわたしを含め、試合を見ていた者は誰もこの番狂わせに異論を唱えはしなかった。何故なら皆納得したからだ。その無名の一年生の鬼気迫る戦いぶりに、コイツの勝ちに何ら不思議なものはないと」


 熱のこもった矢内の語りぶりに、聞き入る幸貴と達樹が同時に息を呑む。


 これ以上はまずい。だが紗月が矢内の話を止めるよりも、幸貴の好奇心が速かった。


「そんなに凄かったんですか?」


「そりゃあもう凄いなんてもんじゃなかったさ。力や技とかじゃなく、気迫が凄い。殺さんばかりの勢いで組んで投げて極めるから、相手は堪ったものではない。強化指定選手といえど所詮まだ高校生だ。真剣を喉元に突きつけられるような気迫にてられ、見てて可哀想なくらい心を折られていたな。あれではその後畳の上に立てるかどうか……」


「凄い……」


 幸貴と達樹が同時に呟く。


「で、ついた異名が『なにわの狂戦士バーサーカー』というワケよ」


「凄いダサい……」


 二人がうんざりした顔で言う。


「やめてください先生」


 止めるタイミングを逸し、結局全部語られてしまった。幸貴と達樹がこれで自分への態度を変えるとは思わないが、それでも知らない方が誰も困らない話をわざわざされて良い気分ではいられない。


「お、おおスマン。ちょっと口が滑ったな」


 さすがに余計なことを喋り過ぎたと思ったのか、矢内は済まなさそうな顔をする。悪気がなかったのはわかるので、紗月は抗議の意を込めた溜息を一つするだけに留めた。


「ていうか先生、さらっと人の体重ばらしましたね……」


「悪い悪い。お詫びにわたしの体重教えるから」


「先生はもうそういうの恥ずかしがる年頃じゃないじゃないですか」


「失礼なことを言うな。今だって花も恥じらう乙女だっつーの」


 再び始まった漫才に、幸貴と達樹がお互いに顔を見合わせる。


 さっちゃんはさっちゃんだ。


 昔がどうとか関係ない。


 それでいいじゃないか。


 そういった感じの視線を互いに交わすと、二人同時に頷き合った。


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