48話 転売 ダメ 絶対
祝 10万字達成!
◇
十一月某日。
午後十時過ぎ。
紗月は友人の高橋幸貴、樺山達樹とともに、県に一軒しかないゲームショップの前に立っていた。
目的は、明日発売の乙女ゲームの限定版を入手するためである。
当然ながら時間が時間なので店はシャッターが閉まり、外壁に設置された僅かな照明がぼんやりと店の前を照らしている。
「誰もいない……」
「やった。一番乗りじゃん」
紗月のつぶやきに、幸貴が嬉しそうな声を上げる。
幸貴に徹夜で並ぶから手伝ってくれと頼まれた時は、自分は知らないがきっと大人気タイトルで来た時には行列ができているものだと勝手に想像していたのだが、蓋を開けてみれば前日から並んでいる熱心なファンは自分たちだけのようだ。
「明日の朝イチで来ても良かったんじゃないの?」
「ダメ! それじゃあ間に合わないかもしれないじゃない」
珍しく語気が荒い幸貴に、紗月は少し驚く。こんな時間から並んで待とうとするほど好きな作品なのだから、神経質になる気はわからなくはない。それが乙女ゲームというのはちょっとわからないが。
「さすがだ。完璧に腐ってやがる」
そこで紗月はちらりと達樹を見る。
幸貴と親しいのだから腐っているだろうとは思っていたが、まさか一緒に徹夜で並ぶほど重症だったとは人は見かけによらないものである。
しかも達樹は今回自ら進んで運転手を名乗り出てくれている。紗月たちにとってはありがたいことこの上ないが、だからといって不安がないわけではない。
「たっちゃん、本当に大丈夫? わたしと幸貴は一人暮らしだから外泊しても平気だけど、たっちゃんは実家だからご両親が心配するんじゃない?」
「大丈夫です。友達の家で勉強会するって言ってありますので」
「大学生なのに高校生みたいな嘘ついたんだ……」
真面目な達樹に嘘までつかせるとは。そうまでして限定版が欲しいのか。いったいどんな作品なのか興味が湧いてきた。
「幸貴は前からこうだって知ってるけど、まさかたっちゃんも同類だったとはね」
「恥ずかしながら、初心者ですが」
「恥ずかしいって言わないで。親に大っぴらに言えない趣味なのは間違いないけど……」
幸貴の体は寒風に震え、言葉の最後は声にならなかった。
「寒……」
幸貴が両手の平に息を吐きかけ、凍えて固まった指をもみほぐす。防寒のために小柄な体が着ぶくれて、雪だるまみたいになっている。
「さすがに十一月ともなると、夜は冷えますね」
達樹も首に巻いたマフラーを締め直し、隙間から風が入らないようにする。
「本当にここで朝まで待つの? たっちゃんの車の中で待ってた方がいいんじゃない?」
せっかく達樹の車で来たのだ。わざわざ寒い外で夜明かしせずとも、車中泊をすれば良いではなかろうか。
しかし紗月の提案も、幸貴は頑なに受け入れない。
「駐車場まで距離があるから、寝ている間に順番取られちゃうかもしれないじゃない」
「いいじゃん、ちょっとぐらい。是が非でも一番で買わなきゃならないものなの?」
「ものなの! だって限定版だよ。このチャンスを逃したら、絶対一生後悔する」
「わたしも同感です。残りの一生悔やむくらいなら、たった一晩我慢するぐらい何てことありません」
「それにわたしたちがうかうかしていたせいで転売屋なんかに買い占められたら、わたし悔しさで憤死しちゃう……」
「目が本気で怖い」
「だからさっちゃんお願い、もし転売屋がいたら自慢の一本背負いで頭からアスファルトに叩きつけて〇して」
「目が本気で怖い!」
転売屋は紗月も嫌いだが、だからといって〇してしまっては捕まるのは自分である。法が許すなら話は別だが。
「わたしを何だと思ってるの。そんな暴力キャラじゃないよ」
「たっちゃんから聞いたよ。チャラ男をちぎっては投げちぎっては投げしたんだって」
「あの時のさっちゃんはとても頼もしかったです」
両手で拳を握って熱く語る達樹。
「投げたのは事実だけど一人だけだよお! それにケガしないようにちゃんと手加減したからね!」
「ともかく、それだけわたしたちは本気ってこと理解してくれたかな」
どうやら二人の決意はかなり固いようだ。
紗月は小さく溜め息をつくと、肩にかけていた防水バッグをどすんと地面に降ろす。
「わかった。何とかしよう。そのためにわたしが呼ばれたんだしね」
「今度ご飯奢るから。頼りにしてるよ、さっちゃん」
「そのバッグは……」
達樹は以前にも見たことがあるだろう。紗月がキャンプツーリングに使っているバッグである。
「さすがにテントや寝袋は入れてないけど、役に立つものをあれこれ持って来たよ」
「さすがさっちゃん、野宿のプロ」
「誰が野宿のプロだ」
幸貴にツッコミを入れながら、紗月はバッグの中をあさる。
出てきたのは、ブルーシートと段ボールであった。
「ずっと立って待つのは疲れるから、まずは座ろう」
そう言って紗月は、通行の邪魔にならない場所にブルーシートを敷く。
「けど直接地面に座るのはNG。だってお尻が汚れるし、何よりはしたない」
続いてブルーシートの上に段ボールを敷く。こうして1・5メートル四方の床ができた。
「でもこれだけだと冷たい地面に驚くほど体温を奪われるけど、段ボールを敷いておけば地面からの冷気は遮断できるし、自分の体温を保持できる」
冬の地面は冷たく、直接触れていると際限なく体温を奪われる。そこで活躍するのが段ボールだ。段ボールは中に空気を保持する構造になっているので、保温と断熱効果が高い。そして上手く調達すればタダで手に入る優れたアイテムなのだ。
「さあどうぞ。靴のまま遠慮せず上がってね」
言われるままに幸貴と達樹は段ボールの上に腰を下ろす。見た目はホームレスみたいだが、確かにほんのり温かい。直接地面に座るのとでは雲泥の差だ。
「確かにあったかいけど、これだけじゃあねえ……」
「普通に風が冷たいです」
二人の感想に紗月は頷くと、再びバッグの中を漁り出す。
「OK、それじゃあ次のステップね」
そして出てきたものを、二人に手渡す。
「何これ? 使い捨てカイロ?」
「こっちはブランケットです」
「保温も大事だけど、一番手っ取り早いのは熱源を持つこと。なので使い捨てカイロは冬のマストアイテム」
次に紗月は二人にニット帽を投げ渡す。
「次にマストなのはこれ。実は体温は頭部から20パーセントも放熱されてるの。だから冬の防寒に帽子は必須。できれば耳も覆ってね。肌が出てる部分は少ないほどいいから」
二人は言われるがままにニット帽を被り、使い捨てカイロを袋から出してブランケットを羽織る。
「うん。とてもあったかい」
「快適です。だけど……」
「だけど?」
「ものすごく論理的すぎて、何だかさっちゃんらしくないと言うか……」
「もっとこう、プロならではのテクニックみたいなのを期待したんだけど」
「だからプロじゃないって」
「まあプロは冗談として、もっとこう――水筒にあったかい紅茶を淹れてきたとか女子力高そうなのはないの?」
「水分はトイレが近くなっちゃうからダメ。利尿作用の高い紅茶やコーヒーなんて以ての外だし」
「あら、そうなの」
「野宿に女子力は無用なんですね」
「普通の女子は野宿なんてしないからね」
「あ、自分で言っちゃうんだソレ」
幸貴のツッコミに苦笑いしつつ、紗月は腕時計を見る。
「それじゃ、もう遅いから順番に仮眠を取ろうか」
「え、もう寝るの?」
「夜を徹して語り明かすのではないのですか?」
「わたしと幸貴はいいけど、たっちゃんは絶対ダメ。明日帰りも運転してもらうんだから」
「確かに」と幸貴が頷く。
「寝るのは一人ずつね。で、残った二人は見張り」
本来なら見張りは一人にして、残った二人が仮眠を取った方が効率は良いだろう。だがしかし、いくら街中とは言え世間が物騒なのは変わりがない。万が一何かがあった時、女一人では何も対処できずに最悪の事態になる危険性が高い。だからこの場合、起きているのは常に二人にするのが正解だ。
「防犯上のこともあるけど、単純に二人いるとお喋りできて気がまぎれるからね」
「寝てる傍でお喋りされると気になって眠れないんだけど」
「大丈夫。耳栓持って来たから」
「さすが、用意がいいですね」
「それじゃ、最初に寝るのがたっちゃんで三時間。次に幸貴が二時間。最後にわたしが二時間ね」
「お店は朝十時開店なんだから、もっと睡眠時間取れるんじゃない?」
「通行人に寝顔を見られたいならどうぞ」
「う……それは厭だな…………」
「でしょ」
「それでは失礼して、お先に休ませていただきます」
「うん、おやすみ。ゆっくり休んでね」
達樹は段ボールからはみ出さないように小さく丸くなり、ブランケットを頭まで被る。それを見届けると、紗月はバッグからLEDランタンを取り出す。スイッチを入れると、ほのかな灯りが紗月と幸貴の顔を照らした。
「なんだか久しぶりだね。こうやって夜中に語り明かすの」
「そうだね」
仲良くなったばかりの頃は、よくどちらかのアパートに泊まって一晩中語り明かしたものだ。
「ところで、明日買うのってどういうゲームなの?」
「なに? 興味出ちゃった?」
「そういうわけじゃないけど……」
「照れなくていいよ。終わったら貸してあげるから、遠慮なくこっちの世界に入っておいで」
「いや、それは御免被る」
幸貴と交わす取り留めのない話で、夜が更けていく。
いつもの独りで野宿をしている時だと、夜はじっと黙って焚き火を眺めているか、さっさと寝てしまうのだが、今日は違う。
紗月は思う。
たまにはこういうのもいいな、と。




