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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
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46話 アクアワールドとマリンタワー

遅くなって申し訳ございません。


     ◇


 アクアワールドは、正式名称をアクアワールド茨城県大洗水族館と言う。


 延床面積は約19800平方メートル。展示水槽数は大小合わせて60水槽。展示生物数はなんと約580種68000点で、関東最大規模の水族館である。


 特にサメの飼育種類数は日本一で、マスコットにサメを取り入れるほど力を入れている。


「サメはいい。心が洗われる……」


 巨大水槽の中で海の王者よろしく優雅に泳ぐサメを見ながら、紗月は至福の時間を味わっていた。


 実際に海で泳いでいるところに遭遇したら死ぬほど怖いが、こうして水槽越しに安全を確保した上で見るサメはどうしてこう心惹かれるのだろう。


 紗月の周囲にも小さな男の子たちが水槽に顔を貼り付けんばかりに近寄って、サメが泳ぐ姿を見つめている。


「きみたちサメが好きか。将来有望だな」


 などと思いながら、水槽の前に据えられたベンチに座ってサメを眺めていた紗月であったが、さすがにサメだけに時間を割くわけにはいかない。


 ただでさえアクアワールドは広く、普通に見て回るだけでも一日かかる。だが今日はこの後もまだ大洗観光をする予定なので、時間は大事に使って効率よく見物して行かなければならない。


 紗月はパンフレットを開き、イルカとアシカライブの時間を確認すると、その時間を軸に計画を立てた。


「次のライブが14時だから、その前に13時の水族館探索ツアーに行って、その後はライブまでマンボウを見る。……よし、完璧だ」


 完璧かどうかはさておき、紗月は小さな子供たちに混ざって水族館の飼育員が引率するバックヤードツアーを楽しんだ。


 そして14時になると、我先にとイルカステージに向かって駆け出す子供たちの後を、大人なので走らず競歩で追いかけて前から二列目の席をゲット。


 前から二列目の席は、水がほとんどかからなくて、それでいてなかなか迫力のある席で計算通りだった。欲をかいて一番前の席を取ったちびっこは、見事にイルカの巻き上げた水を頭から被って母親を困らせていた。だがそれも良い思い出になるだろう。


 イルカとアシカのライブを堪能した後は、スーベニアコーナーで自分と家族への土産を物色し、紗月はアクアワールドを後にした。


「よし、完全に元は取ったな」


 滞在時間は二時間ほどだったが、実に充実した内容の水族館観光であった。紗月は満足した表情でスクーターに跨ると、再び大洗の町に向かった。


 次に向かったのは、大洗マリンタワーである。


 大洗マリンタワーとは、またの名をひたちなかエネルギーロジテック大洗マリンタワーと言い、全長60メートルの巨大展望タワーである。


 紗月は一階のエントランスホールで土産物を物色したり観光情報コーナーを見て回ると、満を持してエレベーターで二階に上がった。


 二階には、紗月が大洗を訪れるきっかけとなったアニメの公認喫茶店がある。そこでコラボメニューを財布と胃袋の許す限り注文し、記念品のコースターなどを集めまくった。


 喫茶店を堪能した紗月は地上に戻ってきた。三階には太平洋と大洗の町を一望できる展望室があるのだが、入館料がかかるので今回はパスした。


 それから最後にマリンタワーのすぐ近くにある大洗まいわい市場を回ると、時はすでに夕刻を回っており、紗月の大洗観光はここで終了した。


 大洗最後の宿は、またもや道の駅たまつくりであった。


 前回と違い今日は他にテントを張っている人はおらず、紗月の貸し切りである。


「やった。って言うか、サンシェードだからちゃんとしたテントと比べられると恥ずかしいんだよね……」


 もし次に野宿をする機会があるのなら、ちゃんとしたテントを手に入れておこう。そう心に決める紗月であったが、まさかそれが数年後現実となるとは夢にも思っていなかった。


 ともあれモノが何であれ、屋根と壁があって虫と人目が避けられることの何と贅沢で素晴らしいことか。宿というのはそのために金を払っているのだなあとつくづく思い知らされる。


 建物の陰にサンシェードを設置し、大きく開いた入り口はブルーシートをクリップで留めて目隠しをする。そうして簡易テントが出来上がると、紗月はすかさず中に潜り込んだ。


「お、意外と快適……と思ったけどやっぱ蒸し暑いな」


 ベンチレーションなど当然ないので、紗月の体温と外の気温の相乗効果で中はすぐ蒸し暑くなった。


 それに中は思ったより暗い。今は街灯が点いているためぼんやりと明るいが、それが消えたら真っ暗になるだろう。となると、次はテントと一緒にライトも買わなければ。いやいや、まずはバイクに荷台がなければ話になるまい。積載量は正義。


 そうやってこれまでの経験から次に必要になるものを割り出しているうちに、紗月はいつの間にか眠っていた。実に二日ぶりの横に寝転んでの睡眠である。


 翌朝。


 とてもではないが快適とは言い難い環境であったが、紗月は久しぶりに熟睡したような気がする。


 それも当然であろう。靴と靴下を脱ぎ、ズボンのベルトを緩め横になって休む。ただそれだけだと思われるだろうが、これをするとしないでは体力の回復具合が大違いなのだ。


 これなら帰りの行程も、何とか乗り切れそうだ。改めてサンシェードを買って良かったと思う。こうして睡眠と食事に関して金をケチると体に良くないことを体で覚えた紗月であった。


「けど、野宿も結構楽しかったなあ」


 思い返してみると辛いことや失敗ばかりであったが、不思議と楽しくもあった。


 それに何と言っても金がかからないのが良かった。本来なら新幹線の往復代ぐらいにしかならない金額で、たっぷり遊べた。


「まさか本当に全部ひっくるめて三万円で何とかなっちゃうとは」


 出発する前は何としても三万円に抑える覚悟だったが、やってみたら土産まで買えた。その分真夏の炎天下でバイクを運転する羽目になったり、飯は牛丼が多くなったが。


 それでも、楽しかった。


「うん、楽しかった……」


 大洗に朝が来る。


 紗月は朝日を見ながら、しみじみとこの旅を噛みしめる。


 さらば大洗。


 また来る日まで。


「よし、お風呂入ってから帰ろう」


 こうして紗月は24時間営業のスーパー銭湯でひとっ風呂浴びた後、再び片道二日かけて大阪まで帰った。



「――ってのが野宿するきっかけかなあ」


 紗月は当時を振り返り、懐かしさに浸る。


 あの時は若かった。


 そして馬鹿だった。


 だからこんな無茶で無謀な旅ができた。


 もし今もう一度同じことをやれと言われたら、言った奴をぶん投げているだろう。ふざけんなと。


 そこでふと、それまで「へー」とか「ふーん」などと適当な相槌を打っていた幸貴の声がさっきから聞こえないことに気がつく。


 見れば、幸貴は目を開けたまま眠っていた。それでも右手に持ったペンは離さないところはさすがと言うか何と言うか。


「やれやれ……」


 紗月は立ち上がって幸貴の隣に行くと、彼女の手から静かにペンを抜き取る。


 それから幸貴のベッドに勝手に入り、布団を被って寝始めた。


 同人誌が間に合ったかどうかは、神のみぞ知る。


利き目が網膜剥離と緑内障にかかり、長時間モニターを見るのが困難になり集中して執筆できなくなりました。

なので今よりさらに更新の間が伸びることになりますが、読者様におかれましては

長い目で見守っていただければ幸いです。

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