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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
45/68

45話 大洗にて


     ◇


 翌朝。


 座った状態でうつ伏せのまま寝ると、落ちる夢を見るのは何故だろう。落下した感覚で体がビクっとなって目が覚めた。


 時刻は午前六時少し前。すでに陽は昇り、今日も晴天だと告げている。


 ベンチから立ち上がり、体を伸ばす。昨日と同じように、背骨がバキバキ鳴って変な声が出る。布団で寝たいとまでは言わないが、せめて横になりたい。


 途中何度も目が覚めて累計睡眠時間が三時間あるかどうかだが、とにかく無事夜を明かすことができた。


 とにかくこれで今日一日は、大洗観光を満喫することができる。まずは気合を入れるためにコンビニでブラックの缶コーヒーを買ってあんパンと一緒に流し込んだ。


 カフェインをチャージして眠気を覚ますと、さっそく大洗観光――と行きたいところだが、時刻はまだ午前七時過ぎ。ほとんどの店は開いていない時間である。


 なのでとりあえず紗月は大洗駅に戻り、出勤通学のために駅にやって来た大洗住民に温かい目で見守られながら駅前で記念写真を撮りまくった。


 そうこうしているうちに午前九時を回ると、そろそろ店を開けるところも出てきたので、スクーターは駐輪場に預けて本格的に大洗を散策することにする。


 豆腐屋で豆乳を買って経口補水液代わりにすると、夏の暑さにも負けず大洗の街をねり歩いた。


 途中で団子やアニメショップと見紛うような肉屋でコロッケなどをつまみながら、店先に置いてあるアニメキャラクターのPOPを片っ端からスマートフォンのカメラに収める。


 昼食は昨夜とは別の店で刺身定食を食べ、午後からは茨城県大洗水族館――アクアワールドへと向かう。


 途中、幸運にもホームセンターを見つけたので、テントを入手すべく入店。


「ラッキー」


 だが夏休みシーズンなのでテントは豊富に入荷しているが、どれも家族向けで最低でも四人用からしかなかった。しかも値段が高く、明らかに予算オーバーだった。


「アンラッキー……」


 困った。


 この先ホームセンターが見つかるとも限らないので、どうしてもここでテントを手に入れたかった。


 そうでないと今夜もまたベンチで座ったまま眠ることになる。そうなるとまた寝不足だ。さすがに三日連続はきつい。


 こうなったら店員を掴まえて、在庫に安い一人用のテントがないか尋ねるしかない。そう思って店員を探す紗月であったが、代わりに棚の下段で別のものを見つけた。


「これは……」


 一見直径1メートルぐらいの円形のバッグだが、中身を広げるだけで一人用のテントになると書いてある。設営が超簡単なポップアップテントというやつだろうか。しかも安い。今の紗月でも手が届く値段だ。


「あるじゃん、一人用テント!」


 と喜んだのも束の間。貼りつけてある写真をよく見たら、テントと違って正面の布がない。これでは中が丸見えだ。


「これサンシェードだ……」


 サンシェードとは、屋外で日差しや人の目を遮るための小さな簡易個室のことである。テントのように完全密閉型もあるが、これは入り口が完全開放されているタイプだ。


 さすがに前が全開では人の目が気になってくつろげないし、虫も防げない。


「どうしよう」


 紗月は悩んだ。他に手頃なものはなく、あっても財布の中身が許さない。


 こうなったらスマートフォンで大洗近辺のホームセンターを検索し、安い一人用テントを探して回るか。


 しかしそうなると観光する時間がなくなってしまう。帰りの二日を快適に過ごすためとはいえ、貴重な時間を無駄にするのはもったいない気がする。


 紗月は脳みそを振り絞って考えた。


 考えるのは、どうやって一人用テントを手に入れるかではない。この、前が全開のサンシェードをどうにかしてテントとして使えるようにする方法だ。そうすれば、すぐにでもアクアワールドに行って大洗観光の続きができるのだから。


 その時、寝不足の頭にカフェインをブチ込んだために化学反応が起きたのか、紗月の脳は普段にない閃きを見せた。


「――そうだ!」


 サンシェードの前が開いているのなら、何かで目隠ししてやれば良い。


 自分はちょうどブルーシートを持っているではないか。後はクリップを買って少し細工をしてやれば、サンシェードは立派なテントになるだろう。


 名案だ。


 紗月はサンシェードとクリップを持ってレジに向かい料金を払う。


 これで今夜から寝床の心配はなくなった。


 ほくほく顔でスクーターの所まで戻って来た紗月であったが、今度は別の問題にぶち当たった。


「これ、どこに積もう」


 背中にはリュック。肩には水筒をかけているので、サンシェードを載せるスペースがどこにもないのを忘れていた。せっかく買ったは良いが、持ち運べないのならどうしようもないではないか。


「しまった~、荷物を積む場所のことを考えていなかった……」


 一瞬、『返品』という文字が頭をよぎるが、頭を振って追い払う。どの道解決策がなければ何を買っても同じことである。


「ええい、為せば成る!」


 紗月はサンシェードの肩ひもを伸ばして首から下げ、スクーターのハンドルとシートの間のスペースに立てかける。足でハンドル側に圧しつけて固定してやれば、走行中にずれることないだろう。


 今後の走行姿勢がかなり窮屈になったが、これでどうにか問題は解決できた。


「よし、次はアクアワールドだ」


 大洗観光を再開した紗月は、意気揚々とアクアワールドに向かった。


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