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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
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44話 Gの影


     ◇


 練習試合中に戦車が突っ込んだことで有名な店で美味しい海鮮丼を平らげてきた紗月は、再び大洗駅に戻って来た。


 時刻は八時過ぎ。電車が来ないせいだろうか、まだ宵の口だというのに人の姿は見当たらない。これから野宿するので人目を忍ぶ紗月にとっては都合がいいが、まったく人がいないというのも寂しいものがある。


 ともあれ、無事に目的地に着いて気が抜けたのと、お腹がいっぱいになったことで早くも眠くなってきた。


 昨日はよく眠れなかったので、今日はとっとと寝て睡眠不足を解消し、明日は朝から大洗観光としゃれ込もう。


 昨日体験して学んだことだが、野宿は早起きが鉄則だ。勤め人が起きて出歩く前に、痕跡すら残さず撤収するのがマナーである。


 紗月は駐輪場のすみっこにブルーシートを敷き、ごろりと寝転んだ。リュックサックを枕にし、仰向けのままトタン屋根を見つめる。


「疲れた……けど、やっと着いたんだ」


 やり遂げた感動を再び噛みしめる。暑いわ尻は痛いわ車怖いわで、道中何度も帰りたくなった。


 しかし帰らなかった。


 もし帰っていたら、この達成感は味わえなかっただろう。そしてあの時帰らなければという後悔と、自分は途中で投げ出したんだという負い目のようなものを一生背負っていかなければならなかっただろう。


 そうならなくて、本当に良かった。


 大げさかもしれないが、自分は大洗に来たことによって、残りの人生どんな困難があっても乗り越えられる芯のようなものを手に入れた気がする。


 これが成功体験というやつだろうか。自分が一回りも二回りも成長したように感じる。


 もちろんすべて錯覚なのだが、学生時代に何かに挑戦して成功したことによる自信が、後の人格形成の一助を担うというのはよくある話である。


 寝転がっているうちに、大洗に到着した興奮も冷めてきた。そうなると慣れない野宿でも瞼が重くなってくる。


 紗月がうとうとし始めたそのとき、


 足元で、何か黒い物がカサカサと動く気配がした。


「まさか――!?」


 脳内を走る厭な予感に一瞬で眠気が吹っ飛び、起き上がる。


 紗月が起き上がったのを察知したのか、黒い影は瞬く間に自転車の陰に消えた。


 だが紗月の人並み外れた動体視力は影の姿を捉えていた。


 あれは間違いない。名前を呼ぶのが躊躇われるのでGと呼ばれる、台所によく出没する不快害虫だ。


 それが紗月の周囲に数匹いる気配。すでに囲まれている。


「いやあああああああああああああああっ!」


 女子のような悲鳴を上げる紗月。いや、忘れかけていたが女子だった。


 蜘蛛も蛇も平気でお前本当に女かよと言われる紗月だが、さすがにGには弱い。何が嫌いかって、あの黒光りする羽根と剛毛の生えた足が気持ち悪い。


 しかしどうして駐輪場にGが。ここには餌になるようなものなど無いはずなのに。


 その考えは間違いだ。確かに駐輪場に彼らの餌になるようなものは何もない。だが周囲には、自動販売機に備えられた空き缶入れやゴミ箱がある。


 それだけあれば充分だ。あいつらはほんのわずかな生ゴミでも食料にする。何だったら共食いだってする。そして際限なく増える。そうして人類よりもはるか以前、恐竜がいた時代から今まで生き延びてきたのだ。


 そんな最強最悪の生物がいる場所で、のんきに寝てなどいられない。世界には寝ている間にGに耳の中に居座られたり、鼻に卵を産み付けられた不幸な人間もいるのだ。


「ひえええ、こりゃダメだ……」


 紗月は大慌てでブルーシートをたたむと、尻尾を巻いて駐輪場から逃げ出した。どこへ行くかも決めないまま、とにかくこの場から離れたくてスクーターのエンジンをかけ走り出す。


「あばばばばばばばばばばば」


 大洗駅の灯りが届かなくなって、ようやく紗月は冷静さを取り戻した。自分がどこを走っているのか確認すると、どうやら国道51号線を南に向かっているようだ。


 コンビニの駐車場で地図を開き、この先に野宿できる場所があるかどうか調べる。


 すると、思ったより近くに道の駅があるのがわかった。


「仕方ない。そこに行ってみるか」


 駐輪場が道の駅に変わったところで状況が劇的に良くなるわけでもないのだが、とにかく行ってみないことには何もわからない。紗月はとりあえず行ってみることにした。



 道の駅たまつくりに着いたのは、午後九時を過ぎたころだった。


 建物の電気は消えているが、駐車場などの照明は機能しているので灯りに困ることはなかった。


 駐輪場にスクーターを停めると、建物の裏にテントが二つほど張ってあるのが見えた。彼らも自分と同じようにここで野宿をして、夜が明けたら大洗観光にでも行くのだろうか。


 そう思うと親近感が湧くと同時に、他人の視線や虫などを遮断してくれるテントの必要性をひしひしと感じた。


「やっぱりテントは必要だなあ」


 明日になったら絶対テントを手に入れようと心に決めるが、今日はブルーシートだけでどうにか乗り越えるしかない。


 紗月はブルーシートに包まって、青いミノムシみたいになって眠ることにした。これならGは入ってこないし、他人の視線も気にならない。


 これですべてが解決したかに見えた。


 が――


「暑い……」


 夜になって少しばかり気温が下がったとはいえ、八月の熱帯夜に通気性の悪いブルーシートに包まるのは自殺行為に等しい。まるでサウナスーツだ。


 結局紗月はベンチに腰掛け、リュックサックを膝に抱えて枕にして眠ることにした。まさか持って来た蚊取り線香がこんな所で役立つとは思わなかった。


 当然これで熟睡できるはずもなく、二日連続寝不足という最悪のコンディションで大洗観光をする羽目になった。


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