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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
43/68

43話 文明の力《りき》


     ◇


 お巡りさんに国道6号線までの道順を聞いたものの、呪文のような地名の羅列だったのでまったく理解できなかった。


 わかったことと言えば、目の前の道をまっすぐ行けば良いということと、ただまっすぐ行けば良いわけでもないことである。


 つまり前途多難。


「三歩進んで二歩下がったような気分ね……」


 元々道案内というのは、意思疎通が困難な人間という生物には難易度が高い行為なのだ。いくら言葉があっても他人の気持ちは100パーセント伝わらないのと同じように、道を完璧に教えるのはほぼ不可能である。


 しかし人類がニュータイプへと革新を遂げ完全な意思伝達が可能になるのを待っているほど、紗月はヒマではない。というか、何百年かかるかわかったものではない。


「仕方ない。最後の手段を使うか」


 早くも最後の手段だが、最初から二つしか手段がなかっただけだ。一つは交番か道行く人に訊く。そしてもう一つは――


「助けてグーグル先生!」


 紗月はスマートフォンを取り出すと、グーグルマップアプリを起動する。


 現在地と目的地を入力すると一瞬でルートが表示され、紙の地図で苦労していたのが馬鹿みたいに思える。だが世の中そう上手いことはいかないものである。何しろスマートフォンは最後の手段なのだ。


「ずっとこれが使えたらいいのに」


 そう、スマートフォンはずっと使えないのだ。この真夏の炎天下に長時間表示させていると、スマートフォンのバッテリーが熱膨張してしまう。暑さから守るために、使用は最低限に留めなければならない。


 なので紗月は表示された経路を可能な限り暗記すると、アプリは起動させたままスマートフォンの電源を切ってポケットにしまう。


 そして暗記した経路を忘れないうちに、急いで道路に戻って走り出した。


 そうして暗記した地点に到着したら安全な場所に停車し、再びスマートフォンを取り出し経路を暗記する。


 これを何度も繰り返して少しずつ進み、どうにか国道6号線に乗ることができた。


「ビバ、文明の利器! 見たか、これが科学の力だ!」


 略して文明のりき


 国道6号線に乗ってしまえば、後は水戸まで一直線である。そして水戸に着いてしまえば、大洗は目と鼻の先である。勝ったも同然のこの状況、紗月がはしゃぐのも無理はない。


 紗月は高笑いとともに、一路水戸へと向かう。しかしそこは東京。狭いようで広い。水戸に着くまでの間に、紗月でも知っている場所がそこかしこにある。


 浅草寺雷門を横目に水戸街道に入ると、葛飾亀有の地名が目に入った。


「ここが日本一有名な交番がある所ね」


 思わず角刈りのお巡りさんの姿を探してしまうが、残念なことに連載は終了しているし、そもそもフィクションであった。


 国道6号線に入ってからは順調そのもので、水戸市に入る頃には日はすっかり暮れていた。途中で国道51号線に乗り換え、南へと向かう。そうして見つけた。青看板の中に大洗の文字を。


「とうとうやって来た……」


 気持ちが逸ってスピードオーバーしそうになるのを堪え、慎重にスクーターを走らせる。


 角を曲がるたび、信号を超えるたびに着々とゴールに近づいていると感じる。


 そしてついに見えた赤いレンガの建物。


 鹿島臨海鉄道大洗駅。実際見るのは今日が初めてだが、もう何度も来たと錯覚するほどネットでよく見た光景だ。


 画像ではよく見た憧れのその場所に、紗月はようやく


「着いた~……」


 大洗駅と大きく書かれた壁の前にスクーターを停める。少し離れて建物全体を見ると、脳内に刻まれた画像にぴたりと一致する。


 間違えようがない。


 ここがその場所だ。


 きっかけになったアニメの看板や等身大ポップなんかが立っていたりするので、どうやっても間違えようがない。


「本当に来たんだ」


 記念写真を撮ろうと、スマートフォンと取り出そうとする手が止まる。


 片道二日かけた苦労がようやく報われたのだが、どうにもいまいち感動が薄いのはすっかり夜になって景色がよく見えないせいだろう。


「さて、これからどうしよう?」


 感動の大洗駅到着記念撮影は明日またやり直すとして、今日の予定を決めなければ。


 まずは夕食だ。大洗駅到着を急ぐあまり、食事もせずに走ってきたのですっかり空腹だ。


 そして食事が済んだら今日寝る場所を決めなければならない。


 どこかに野宿するのに良さげな場所はないかと、ぐるりと首を巡らす。さすがに駅の敷地内で野宿は無理かと思ったが、駐輪場が駅から離れていて屋根もあって良さそうな気がした。


「他に見つからなかったらあそこにするか」


 とりあえず目星がついたので、紗月は夕食を食べに行くことにする。今度は何をどこで食べるかを決める番だ。


「商店街の方に行ってみるか」


 スクーターに跨り、エンジンをかける。


 初めて来た大洗だったが、ネットで町内の地図を手に入れてあるので、夏と冬の休みに家族で帰省する田舎の婆ちゃんの家ぐらいの土地勘はすでにある。


 なのでどこに何の店があるのかも、だいたいわかっていた。


「せっかく大洗に来たんだ。美味しい魚を食べなきゃね」


 頭の中で地図を広げながら、紗月は美味い刺身を食べるべくスクーターを発進させた。


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