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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
41/68

41話 FUJIYAMA


     ◇


 コンビニの駐車場で、紗月はほっと一息つく。


 ようやく地獄のような愛知県を抜けたのだ。気分的には祝杯を上げたいが、まだ往路は半分も過ぎていないので気は抜けない。


 紗月は家から持って来たロードマップを関西版から関東版に交換した。


 そう、静岡県に入ったのだ。


 ここから先は本格的に関東である。


 とはいえ、同じ日本でしかも隣の県なのだから、劇的に何かが変わるわけではない。風景は似たようなものだし、交通マナーが目を見張るほど改善されたわけでもない。


 何か静岡らしいものはないかと思ったが、紗月の頭では茶畑ぐらいしか思いつかなかった。なので茶畑でも見られないかと思いながら風景を見ていた紗月の目に、青と白の巨大な塊が飛び込んで来た。


 富士山だ。


 遠くの彼方に現れた日本の最高峰の姿に、紗月のテンションが一瞬でMAXになる。


「うおおおおおお富士山! FUJIYAMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 自分でも何故こうまで興奮するのかわからない。ただ本能のままに嬌声を上げ、アクセルを握っていない左手の拳を高々と突き上げる。


 後続車から見たら暑さで頭がおかしくなったか、田舎者がはしゃいでいると思われるだろうがそんなことはお構いなしだ。どうせ旅の恥はかき捨てである。紗月は富士山が見えなくなるまで、発情期のチンパンジーのようにエキサイトし続けた。



 霊峰のありがたい出で立ちを目に焼き付けていると、日が暮れ始めた。


 そろそろ本日野宿する場所を探さなければならないのだが、これまで通ってきた道すがらにはそれらしい場所は見当たらなかった。


 このままでは寝ることもままならず、明日の運転に支障が出てしまう。だが焦ったところでどうなるわけでもなく、祈るような気持ちのまま走り続ける。


 とうとう完全に日が没し、諦めと見知らぬ土地での夜明かしに恐怖心が湧き始めた時、道の駅を発見した。


 道の駅掛川の看板を見た時、紗月はほっとして大きく息を吐いた。


「良かった~……」


 安堵のあまり気が緩みそうになるのをどうにか堪える。こういう時こそ事故や転倒に気をつけなければならないのだ。


 気を取り直して道の駅内に入り、スクーターを停める。道の駅を利用するのは初めてだったので、スクーターを停める場所を探すのに苦労した。


 食事とコンビニで麦茶を買う時以外はずっと乗りっ放しだったお陰で、一日でお尻が痛くなった。明日にはお尻の皮が剥けるかもしれない。


 しかし今日一日でだいぶ距離を稼げたので、順調に行けば明日には大洗に入れるかもしれない。目的地が近づいたと思うと、お尻の痛みも何となく薄れたような気がする。気のせいだけど。


 寝場所を探すついでに、建物の中を探検する。中は広く、土産物コーナーと食堂が併設してあるばかりか何とコンビニが入っていた。


 夜の八時を回っていたので土産物コーナーは販売を終了していたが、食堂はまだ営業していた。


「助かった。お腹すいた~……」


 紗月は券売機でうどんを選び、窓口に渡す。出来上がるまでにセルフでお冷を取り、空いている席に置いた。


 長時間運転していた体に、温かい出汁の塩分が染みる。一日中汗をかいて失ったミネラルが補給される喜びに体が打ち震え、普段なら健康を考えて残す汁を全部飲み干す。


「ごちそうさま」


 綺麗にカラになった丼を返却コーナーに戻すと、紗月は寝場所探しを再開した。


 建物の周囲をぐるりと回ってみる。壁沿いにベンチがいくつかあったので、最悪そこにブルーシートを敷いて寝ることになるかもしれない。


 さっそく蚊取り線香が役立つ時が来てしまったかと思いながら歩いていると、煌々と明かりが灯っている場所があった。


 自販機コーナーかなと思って行ってみると、独立した建物のようだった。


 ガラスの自動ドアを開けて中を覗いてみると、ひんやりとした空気が紗月を迎えてくれた。


「冷房効いてるんだ」


 中は十畳ほどのスペースに長テーブルとパイプ椅子が設置されていて、男性が一人机に突っ伏して寝ている。


「ここってもしかして……」


 そう言えば聞いたことがある。高速道路のサービスエリアなどには、ドライバーが仮眠や休息を取るためのスペースが設置されているという。もしかしたら、ここもそういう場所なのかもしれない。


 だとしたら、今日はもうここで仮眠を取れば良いのではなかろうか。


 そうと決まれば話は早い。紗月はトイレで歯を磨いてくると、再び休憩エリアへと戻ってきた。財布などの貴重品はリュックサックの奥に入れ、寝ている間に盗まれないように肩ひもを念入りに腕に絡めておく。


 机に置いたリュックサックを枕にして突っ伏す。慣れない長距離運転の疲れですぐに眠れるかと思ったが、意外にも頭が冴えてなかなか眠れそうになかった。


 それでもどうにか眠ろうと目を瞑っていると、余計なことばかり考えてしまう。


 今日走った名古屋超やばかった。やっぱり原付は遅い。せめて車の流れに乗れるように小型、できれば250㏄のバイク欲しい。それにはまず免許だな。よし高校卒業したらバイクの免許取ろう。それにはまずお金がないと。バイト探そうかな。富士山超きれいでめっちゃテンション上がった。大洗も楽しみ。明日着くかな。だったら朝早く出た方がいいかも。だったら早く寝ないと。けどこんな開けた場所で眠るのは不安。もし寝ている間に何かされたらどうしよう。やっぱりテントとか必要かも。今何時ぐらいだろう。どれくらいこうしてたかな。明日も晴れたらいいな……。


 あれこれ無為なことを考え続けて、ようやく紗月は浅い眠りへと入っていった。


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