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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
40/68

40話 カルチャーショック


     ◇


 大洗への経路も――途中かなり行き当たりばったりだが――決まり、ついでに両親の許可も取り付けて旅の計画はいよいよ佳境に入った。


 紗月は自室の床に旅の荷物を入れるための大きなリュックを広げて考える。


「荷物って何が必要なんだろう。まずは着替えとか?」


 往復四日と大洗を観光する分の着替えとなると、結構な量になる。兄のスクーターには荷台がないので、荷物はすべて紗月が背負うしかない。


 となると、削れるものはとことん削るしかなさそうだ。


「下着だけにするか……いやいや待てよ」


 さすがに真夏に何日も服を着替えないわけにはいかない。いくら柔道部で汗臭いのには慣れているとはいえ、臭いまま大洗を観光したくない。それに自分が平気でも他人には迷惑になるし、何よりJKが臭いとか絶対あってはならないことだ。


 結局着替えは一着ずつにし、どこかでコインランドリーを見つけて随時洗濯することにした。多少お金はかかるが、これなら荷物を減らしつつ清潔を保つことができる。


 問題は寝る所だ。お金がないのでビジネスホテルはおろか漫画喫茶すら使えない。そうなると冗談抜きで野宿をするしかないのだが、紗月は野宿の仕方をまるで知らなかった。


「とりあえず、雨風がしのげる所を探して……」


 そこでふと思う。家の外で雨風がしのげる場所とはどういう所だろう。そういう場所って、普通は入るのにお金がかかる場所ではなかろうか。ファミレスだって、長く居座るにはドリンクバーくらい頼まなければならないし、まさか一晩中コンビニで立ち読みするわけにもいくまい。


 当時の紗月はまだキャンプに目覚めていなかったので、野宿に必要な道具も知識もまるで持っていなかった。


 なので家中から野宿に使えそうな物をかき集めても、ブルーシートと蚊取り線香ぐらいしか見つからず、さすがに紗月も目論見の甘さを実感した。


 しかしそれでも計画を実行したのは、ひとえに若さという名の想像力のなさである。紗月が大洗に向けて出発したのは、それからたった三日後のことであった。



 八月某日



 天気は快晴。本日も正午を待たずして気温30℃を超えるだろうから、水分補給と小まめな休憩は忘れずにしよう。


 紗月は信号待ちの間でも水分が摂れるように水筒を肩掛けにし、スクーターに跨る。大きなリュックサックを背負い、地図はすぐ取り出せるようにハンドル下のグローブボックスに入れる。


 真夏なのに軍手をはめ、薄手のジャンパーを羽織り厚手のデニムパンツを穿くのは、日焼けで痛い目を見ないようにするのと、万が一コケた時に素肌が露出していると肌が道路に擦りおろされるからだ。これは兄にスクーターを借りる時に口が酸っぱくなるほど言われたことだ。バイク キケン ハダ ダスナ。


 準備万端とは程遠いが、紗月は意を決してアクセルを捻る。スクーターは消化不良の屁みたいな軽い音を出しながら発進した。


 幸いなことに、国道1号線は紗月の知っている道から繋がっていたので、簡単に乗ることができた。


 それからしばらくは頭上の青看板を見逃さないように、目を皿のようにしながら走る。ただでさえ交通量の多い大きな道路を原付で走っているのに、自分が1号線を走っていることを常に確認するために神経を尖らせているため普段の数倍疲れる。


 出発して一時間ほどで京都に入った。ここから先は、完全に未知の領域だ。緊張をほぐすために、信号待ちの間に素早く水筒を開けて麦茶を飲む。走っている間は風を受けて暑さを感じないが、停まるとたちまち汗が噴き出す。


 信号が変わると、すぐさまアクセルを全開にする。関西人はせっかちが多い。青になった瞬間飛び出さないと、後ろから尻を突き飛ばされる。毎回命がけのスタートダッシュだ。


 神経をすり減らすようなツーリングにようやく慣れ始めたころ、滋賀県に入った。琵琶湖を見たような気がするが、景色を見る余裕が出るのはまだ先だった。


 水筒の麦茶がなくなったので、コンビニで補給する。百円の紙パック麦茶を買うと、店を出てすぐ中身を水筒に移し余りは胃に収める。食料は割高なので買わない。食事はもっぱら牛丼のチェーン店だ。この店は道路沿いに必ずあるし安い。


 愛知県に入ると、驚きの連続だった。


 それまで運転の荒らさや速度の速さで関西人の右に出る者はいないと思っていたが、愛知県民――特に名古屋人の運転は壮絶だった。


 まず第一に速度が異常に速い。時速60㎞制限の道をみんな80㎞で走る。こっちが原付なので時速30㎞しか出せないのに、お構いなしにガンガン追い抜いていく。


 追い越しではなく追い抜きである。追い越しなら、一度隣の車線に移って追い越してから元の車線に戻るの安全である。だが追い抜きなのだ。同じ車線にいる紗月のスクーターを、後ろからもの凄い速度で追い抜くのだ。すれ違うときに風圧を感じるほどの近さで追い抜いていくので、紗月はそのたびに寿命が縮む思いだった。


 そして次に独特の交通ルールに戸惑う。右折レーンの先頭が隣の直進レーンに割り込む、いわゆる名古屋走りは、本当にここが日本で、彼らは自分と同じ交通ルールで生きているのか疑わしくなる。


 異国のような文化に触れたり一日に何度も死にそうな目に遭い、這う這うの体になりながらも紗月は静岡県に入った。


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