38話 あの時君は馬鹿だった
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高校二年生の夏、嶌紗月は聖地巡礼に目覚めた。
とは言っても宗教的なアレではなく、アニメや漫画の舞台になった場所を訪れる方の聖地巡礼である。
紗月が魅かれたのは、大洗が舞台のアニメだった。友達に誘われて一緒に劇場版を見て一発ではまり、映画館からの帰りにレンタルでテレビシリーズを借りられるだけ借りて一気に観た。
テレビシリーズも劇場版に負けない内容やクオリティで、紗月はますますこのアニメが好きになった。
作品が好きになると、舞台となった大洗にも興味を持った。大洗は元々観光地であったため、ホームページなど意欲的に取り入れているおかげで調べるのは簡単だった。
そうして知っていくほど、大洗に行きたくなった。作品の舞台という付加価値を除いても、行ってみたくなる魅力がそこにはあった。
行きたい。
もうこれは単純な欲求だった。
欲求は日ごとに高まり、紗月の中で大洗に行くということは決定事項になっていった。
行くことが決まったのなら、次は手段である。
大阪から大洗に行くには、電車で行くのが最も簡単な方法であろう。詳細は省くが、JR新大阪駅から新幹線に乗り東京へ。東京から水戸へ行けば、水戸から大洗へはすぐである。(理論上)
ただし最も単純であるが故に、問題も単純にして大きい。
運賃が高い。特に新幹線。
安く済ませたいのなら青春18切符という手があるが、一枚で一日乗り放題の代わりに鈍行のみという制約がつく。そうなると乗り換えのタイミングがシビアになるので、時刻表を読むスキルが必要になってくる。無理だ。
次に安くて手軽な移動手段となるとバスだ。
夜に梅田から乗ってひと眠りすれば、目が覚めたら新宿に着いている。新宿からは電車に乗り換えれば大洗に着くだろう。(理論上)
しかしこれも新幹線ほどではないが、運賃がそこそこ値が張る。無理だ。
ではもっと安い移動手段は、となる前に一度予算を検討してみよう。
紗月の所持金は三万円と少し。高校生にしては少ないなどと言うなかれ、これには諸般の事情がある。親は小遣いの前借りなど許してくれないので、これが彼女の全財産だ。
大洗と言えば海産物が美味いので有名だから、少なくとも現地で一度は有名な店で美味しいものを食べたい。となると最低でも一万円は確保しておきたいところだ。
残りは二万円。たったこれだけでどうにか工夫して大阪大洗間を往復しなければならない。
いや二万円もあれば余裕だろ、と思うかもしれないが、それはただ行って帰って来るだけの話だ。せっかく行くのだからせめて一泊、できれば二泊はしてゆっくりじっくり観光したい。
それをこの予算でどう実現するか。魔法を使うでもしなければ実現できそうもない難問を、紗月は少なめの脳みそを振り絞って考えた。
で、考えた結果出た答えがこれだ。
そうだ、原付で行こう。
何でそうなる、と思うだろうが、これが紗月が真剣に考えて実現可能だと思われた最良の方法である。
基本的に、旅の移動速度と金額はトレードオフである。早く現地に着くためには、その分お金を払わなければならない。飛行機しかり、高速道路しかり。タイムイズマネーとはよく言ったものだ。
では逆に、お金がなければその分時間をかければいいかと言えば、実はそうではない。
徒歩での移動がその最たる例で、一日の移動距離は短いくせに食費と宿泊費がかかるという良いとこなし加減。昔の人は他に手段がないとは言え、よくもまあこんな面倒臭い手段で旅をしたものだと感心するばかりである。
なので一日の移動距離とかかる経費のバランスを考えると、原付での移動が現在の紗月が出せる最適解なのだ。
手段が決まったので、もう少し現実的な計画を立てよう。
大阪の紗月の実家から大洗駅まで、約600㎞である。
原付の法定速度が時速30㎞なので、単純計算すると20時間走れば到着することになる。つまり不眠不休で走れば一日で着くのだが、さすがに実行するほど紗月は馬鹿ではなかった。
そこで紗月は計画を片道二日にした。
一日は24時間あるのだから、そのうち10時間使って300㎞走れば残り14時間は自由に使える。仮に睡眠に8時間使ったとしても6時間も余る。完璧な計算だ。(理論上)
問題は日数が増えた分かかる経費だが、これは一日3000円とする。内訳は食費が2000円、残りはガソリン代だ。これなら往復で12000円。大洗での滞在費を差し引いてもまだかなり余裕がある。
何かを忘れていると思われそうだが、安心してください忘れていませんよ。そうです宿泊費です。
しかし待っていただきたい。
食費は、食べなきゃ死ぬので絶対必要。
交通費(ガソリン代)は、なければ原付が動かないので絶対必要。
では宿泊費は? 絶対に必要か?
この疑問に、宿泊施設に泊まらなければ必要ないのでは? という答えに紗月は行きついた。行き着いてしまった。
今思えば、ここが嶌紗月の野宿ライフの始まりであった。
当時を振り返り、嶌紗月はこう語る。
「馬鹿だったなあ」
「今でも大して変わってないじゃない」
「いや、昔はもっと酷かったんだよ」
「どの辺りが?」
「それは次回のお楽しみ」




