36話 サウナとさっちゃん
遅くなって申し訳ございません。
次回はもう少し早くお出しできると思います。
たぶん……。
◇
温泉ですっかり脳までとろけてしまった達樹を元に戻すため、サウナに入れることにした。
「ほ~らたっちゃ~ん、こっちに行きましょうね~」
「やだ~、もっと温泉入る~」
ぐずる達樹の肩に腕を回し、酔っ払いを介抱するようにサウナへと誘導する。
「たっちゃんは軽いなあ。ちゃんと食べてる?」
達樹の軽さに驚きながらも、紗月は持ち前のパワーで強引にサウナの中に押し込んだ。
サウナに入ると、浴場とは比べ物にならない熱気が襲ってきた。
六畳間ぐらいの空間には、腰をかけるための段差とその上に寝転ぶスペースがある。熱い空気は高い所に溜まる性質があるので、上のスペースは上級者向けだろうか。壁には温度計と秒針だけの特殊な壁掛け時計、音声のないテレビモニターが据えられていて見たことのない地方ローカル番組が垂れ流されている。
肌に痛いほどの熱は、息を吸うだけでも大変だ。とめどなく噴き出る汗に早くも出て行きたくなるが、他に達樹を元に戻す方法が思いつかないので何とか思いとどまる。
熱さにぐったりしている達樹を一番上の段に寝かせると、自分は下の段に腰を下ろして熱に耐えながら効果が現れるのを待つ。時間を計るための砂時計が置いてあったので、ひっくり返しておく。
温度計を見ると90℃を示していた。具体的に数字を見るとさらに熱さが増した気がする。
まるで蒸し器の中で蒸される肉まんのような気持になってきた頃、
「…………はっ、ここは!?」
達樹が息を吹き返すように正気に戻った。
「良かった、たっちゃんが元に戻った!」
「わたしは一体……」
「温泉に浸かって脳が溶けちゃったんだよ。危うく今晩ここに泊まることになりそうだったんだから」
「HAHAHA、ソンナバカナ」
アホだった時の記憶がわずかでも残っていたのか、達樹が乾いた笑いとともに目をそらす。
「それにしても、すごい熱さですね。これがサウナですか」
「乾式サウナってやつだね。温度は高いけど湿度が低いから数字ほど熱くはないでしょ」
「いま何度なんですか?」
「さっき見たら90℃だったよ」
「華氏ですか?」
「摂氏だよ。華氏90℃だったら摂氏30℃ぐらいじゃん。お風呂でもぬるいよそれじゃ」
まだアホが残っているが、とりあえず会話が成立する程度には回復しているようで安心する。
となれば、サウナの熱は効果があると思っていいだろう。もう少しあっためてやれば、完全に元に戻るかもしれない。
温度が高い上段から這いずるように下りてきた達樹が隣に座る。辛そうだがまだ外に出る気はないようだ。それともこれ以上動く体力がないのか。
さすがの紗月もそろそろ限界だと思った頃、ようやく砂時計の砂が最後まで落ちる。
「たっちゃん、一度出るよ」
へんじがない ただのしかばねのようだ
今度は熱さにやられたのか、達樹は再びぐったりしている。あまり温めすぎてもよくないようなので、一度冷やすことにする。
紗月はまた達樹の肩に腕を回して担ぎ上げる。入る時とは違い、達樹の体が重く感じる。サウナでかなりの体力を消耗したようだ。気力を奮い立たせ、サウナの外に出る。
ドアを開け浴場に戻ると、入った時は蒸されるようだった熱気が涼しく感じる。紗月は達樹を担いで歩くと、水風呂の前までやってきた。
熱い。一刻も早く体を冷やしたい。その欲求に支配されていた紗月は、肩に担いだ達樹のことなどころっと忘れて頭から飛び込むように水風呂に入った。
「うひゃあっ!」
いきなり水風呂で冷やされ、達樹が悲鳴を上げる。
「冷たい! なに!?」
「あ、ごめん」
「でも何だろう……冷たいけど痛気持ちいい。体の表面は冷えていくけど内臓はまだ熱を持ってる不思議な感じ」
達樹の語彙が戻っている。効いてるぞ。
「よし、もうワンセットやろう」
紗月は水風呂から上がり、まだ浸かっている達樹に向けて右手を差し出す。
「はい!」
達樹は紗月の右手をしっかりと掴むと、勢いよく水風呂から飛び出しサウナへと向かった。
「あ~~~~気持ちいい~~~~……」
「さ~~いこ~~~ですね~~~……」
あれからサウナと水風呂のコンボを二回決めると、達樹はすっかり正常な思考を取り戻した。
今は脱衣所に設置されたマッサージチェアで全身をほぐされ、せっかく治った頭を振動で駄目にしている。
「どうだった、サウナは?」
「初めてでちょっと苦しかったけど、その分水風呂が最高に気持ち良かったですね。で、体が冷えたらまたサウナに行きたくなって、無限に繰り返せそうで怖いですね」
「気持ちいいけど実際は体にそうとうな負担がかかって疲労しているから、無理しちゃ駄目だよ」
「確かに、わたし今お布団に入ったら五秒以内に眠れる自信ありますよ」
「帰りの運転大丈夫? あとちゃんと水分補給してね」
そう言うと紗月は自販機で買っておいたスポーツドリンクのペットボトルを達樹に渡す。
達樹は礼を言って受け取ると、ごくごくと喉を鳴らした。
「一度に飲んでも汗になるだけだよ。人間が一度に吸収できる水分はだいたい200㏄だからね」
「そうなんですか?」
「そ。だからこまめに少量ずつ飲むのが正しい水分補給だよ」
「わかりました」
「じゃ、失った水分と体力を取り戻すためにしっかり休もう」
「はい」
それから二人はしっかりと休養を取り、元気と正気を取り戻した達樹の運転で大学まで帰ってきた。
すっかり暗くなった大学内の駐車場に車を入れると、サイドギアを引いて停車させる。
「お疲れ様」
「こちらこそ、お疲れ様でした」
「どう、楽しかった?」
「はい。初めてのキャンプも、温泉とサウナも」
「それは良かった。また行こうね」
何気ない紗月の一言に、達樹は弾かれたように声を上げた。
「ぜ、ぜひ!」
突然の大声を出してしまった恥ずかしさからか、達樹は顔を赤らめながら言う。
「あの、次はわたしが計画を立ててもいいですか?」
「いいんじゃない。楽しみにしてるよ」
「では、計画がまとまったら連絡します」
「おっけー、待ってるよ」
そう言うと紗月は外に出ようとシートベルトを外し、車のドアを開ける。
トランクから自分の荷物を取り出し、別れの挨拶をして帰ろうとしたところで、顔を赤くした達樹に先に声をかけられた。
「あ、あの!」
「なに?」
「えっと、その……」
紗月が不思議そうに見つめると、達樹の顔がさらに紅潮する。それでも勇気を振り絞るようにして言う。
「またね、さっちゃん」
耳まで赤くなった達樹の顔を、紗月はびっくりしながら見る。
それから満面の笑みになって返す。
「またね、たっちゃん」




