33話 友達だからこそ
◇
朝食が終わり、そろそろ撤収作業にかかろうとしたら、管理人のお婆さんがやって来た
「おはようさん」
「おはようございます」
「あんたら昨日泊まりはったんか」
「はい。そうだ、たっちゃん。ここは一人一泊300円だから」
「わかりました」
二人がそれぞれ300円を老婆に払うと、
「まいど。それと、これ書いといてね」
老婆は紗月にボールペンを挟んだバインダーを渡した。
紗月の次に達樹が用紙に記入を終えると、それを読んだ老婆が「あらま」と驚いたような声を上げた。
「あんたらまあ、えらい遠いとこからよう来たね」
毎回このやり取りをしているような気がするが、気にしない。
それから二人は朝の通勤ラッシュを避けるため、のんびりと撤収作業をした。
「さて、そろそろいい頃合いかな」
腕時計で時刻を確認すると、紗月はスマートフォンで帰りの経路を確認する。
「帰り道で温泉に寄るルートだと……ふむふむ」
続いて温泉が営業しているのを確認する。幸い、目当ての温泉はコロナの中でも頑張って営業していた。ありがたい。
「よし、それじゃあぼちぼち帰ろうか」
「はい」
「昨日言った通り、帰りは温泉に寄ってくからね」
「いいですね、温泉。楽しみです」
こうして紗月と達樹の乗った車は、神宮寺前キャンプ場を後にした。
通勤時間帯を避けたとはいえ、国道56号に出て高知市街に入ると途端に交通量が増す。渋滞というほどではないが、車線変更に気を遣う程度には車が込み合ってきた。
「たっちゃん、大丈夫?」
「これくらいなら平気ですよ」
「そういえば、たっちゃん運転上手だね」
「そうですか? まあ運転はいつもしてますから」
「そうなんだ。いいよね、車って。わたしバイクしか持ってないからさ、雨風がしのげて冷暖房完備の個室で移動なんて最高じゃん」
「わたしはバイクに憧れますよ。車の免許は就職にも必要だから親が取らせてくれたけど、バイクは完全に趣味のものだし危ないから、取りたいって言っても親はきっと取らせてくれないでしょうし」
「たっちゃんの家は厳しいんだね。わたしなんか自分で働いたお金なんだから好きにするわ、て免許取ってから親に報告したら呆れられただけで終わったよ」
「自由にさせてもらえるのは、それだけご両親が嶌さんを信頼している証拠だと思いますよ」
「そうかなあ。放任主義なだけだよ」
「あ、どこかでガソリンスタンドに入ってもいいですか?」
「いいよ。ってかガソリン大丈夫?」
「まだ平気ですけど、余裕を持って入れるようにしているので」
「いいことだね。入るタイミングはたっちゃんに任せるから、好きなとこ入っちゃって」
「わかりました」
それからしばらく走った後、達樹はセルフのガソリンスタンドに入った。
「それじゃ、ガソリン入れてきますから嶌さんはゆっくりしていてください」
「おっけ~」
達樹はガソリンタンクのカバーを開くと、外に出てガソリンを入れ始める。紗月は給油機がガソリンをタンクへと送る音を聞きながら、慣れた様子でガソリン入れる達樹をぼんやりと眺めていた。
しばらくすると給油が終わり、清算を終えた達樹が車に戻って来る。
「お待たせしました」
「お疲れ~。どんだけ入った?」
「そうですね」と達樹はレシートを見て給油量を確認する。
「20リットルでした」
「それだけ? わたしのバイクとあんまり変わらないんだね」
「軽自動車ですから、満タンでも30リットルぐらいですよ」
「そうなんだ。まあいいや、いくらだった? 半分出すよ」
そう言って紗月がボディバッグから財布を取り出す。
「いいですよ。これくらい」
「良くないよ。友達でもこういう事はきっちりしとかないと」
「友達、ですか……」
「え、違ったの……? ちょっとショックなんだけど……」
「いえ、そうじゃなくて……お友達からお金をもらうのはちょっと……」
友達の部分を否定されたのではなかったので、紗月は胸を撫で下ろす。
「それは違うよ。友達だからこそ、お金のことはきちんとするの。そりゃたっちゃんはお金持ちかもしれないけど、そうやってお金の話をおろそかにしてると、お金目当てにたっちゃんと仲良くなりたがる人が来るかもしれないよ」
お金の話は、とても繊細である。どれだけ親しい仲であろうと、お金で関係は容易に壊れる。だからみな腫れ物のように触れるのをためらう。達樹だけでなく、多くの人がそうやって生きてきたことだろう。
だが本当は違う。
関係を壊すかもしれない話だからこそ、うやむやにせずきっちり話さなければならないのだ。むしろそれで壊れる関係というのは、その程度の関係だっただけのことである。
「友達から金取るのかよって言う人こそ、相手を友達だと思っていないからね」
「わかりました。それでは――」
達樹が提示した金額を、紗月は素直に払う。端数は達樹がもってくれたようだが、それぐらいは問題ない。
「それじゃ、次は温泉いこっか」
「はい」
気を取り直してエンジンをかけると、満タンになった車は心無しか満足そうに走り出した。




