29話 達樹初めての焚き火
◇
午後三時ごろ。
紗月たちが次にやって来たのは神宮寺前キャンプ場であった。
「とうちゃ~く。ごめんね~、ずっと運転ばっかで。疲れた?」
「いえ、大丈夫です」
神宮寺前キャンプ場は車で乗り入れ可能なので、サイトのすぐ近くまで車を突っ込んでおく。そうすれば荷物の運搬が楽なのだ。
車を降りて、一応確認のために管理人のいる小屋まで足を運び、
「相変わらず無人ヨシ!」
誰もいないのを指さし確認する。ついでにキャンプサイトにも誰もいない、ヨシ!
「じゃ、まずはテント張っちゃおっか」
「はい」
達樹が用意したのは、有名アウトドアメーカーの一人用テントだった。
「あ、これアニメのだよね」
「はい。あれに憧れて買っちゃいました」
「いいなあ吊り下げ式は楽で。わたしのはスリーブ式だからポールをスリーブに通すのが面倒でさあ」
吊り下げ式とは、ポールにフックを引っかけるだけで張れるテントである。紗月のはスリーブ式、つまりスリーブ(袖)にポールを通してやらなければならないので手間がかかるのだ。おまけに荷物を入れるために二人用のテントを使っているので、微妙にデカい。
ちなみに紗月も同じアニメでキャンプに目覚め、キャラクターが使っているのと同じテントが欲しかったのだが値段の高さに断念した。
紗月はテントの張り方を達樹にレクチャーしながら、自分も設営する。今回は達樹に見本を見せるためにペグダウンもしたが、久しぶりだったのでやり方をど忘れしていた。
テントの設営が終わると、達樹のリクエストで焚き火をすることにした。
「焚き火台はアニメのじゃないんだね」
「あれも可愛くていいんですが、やっぱり薪をそのまま使えるサイズの方が便利かなと思って」
「小さい焚き火台に合わせて薪を小さく割るのも楽しいけどね。ま、大は小を兼ねるし、いいんじゃない」
それから二人は周囲を散策し、薪になりそうな枯れ枝を拾って回った。
「お、前来た人が捨ててった薪発見。お宝じゃ~」
管理人がほとんどおらず薪が買えないこのキャンプ場では、薪は自然に落ちているものを拾うしかない。なので残りものとはいえ、既製品の薪は貴重品である。
二人は薪を拾ってはテントに戻るのを何度か繰り返し、焚き火をするのに十分な量の枯れ木を集めた。
「よし、それじゃあ焚き火の準備をしますか」
「はい」
薪は前もって細い小枝から順番に並べておくと、着火してから慌てて薪を用意しなくて済む。紗月が年季の入った折り畳み鋸で太い枝を手頃な長さに切ると、達樹が新品の鉈で細かく割っていく。
「OK。だいたい薪の準備はできたね」
「そうですね」
「それじゃあ焚き火を始めるんだけど、まずはたっちゃん自由にやってみて」
「え? 教えてくれないんですか」
「失敗するのも楽しいし経験だよ。いいからまずはやってみよう」
「……わかりました」
達樹は緊張した面持ちで焚き火台に小枝を並べて積んでいく。紗月はその様子を黙って見ていた。
細い枝を焚き火台の底に敷き、その上に徐々に太い枝を積んでいく。その際に隙間なくみっしり詰めるのではなく空気の通り道を作るのが重要だ。
最後に太い薪を傘のように立てかけるティピー式の組み方をしているのを見て、達樹がかなり予習をしているのがわかった。
「よし……」
準備が終わり、後はいよいよ着火となった。達樹は麻紐をほぐして火口を作ると、底に敷いた細い枝の上に乗せる。
さて、着火には何を使うのかと紗月が期待しながら見ていると、達樹はファイヤースターターを取り出した。
「ま、一度は使いたくなるよね」
紗月も以前使ったことがあるファイヤースターターだが、百均で買った紗月のとは違い達樹のはサバイバル用の本格的なものだった。
値段が違えば、出る火花の量も違う。非力な達樹が放ったとは思えない量の火花は、いとも簡単に麻の繊維に火を着けた。
「お、一発着火。やる~」
麻は盛大に燃え広がり、周囲の小枝を火で炙る。
「よし、そのままそのまま……」
火はそのまま小枝に燃え移るかと思いきや、達樹の思いも虚しく小さくなって消えてしまった。
「あれ? おかしいな……」
達樹は慌てて新しい麻紐をほぐして火口を作ると、再びファイヤースターターで着火した。
だが結果は先と同じで、麻紐には容易に火が着くが、その火がどうしても小枝に燃え移らない。
「どうして? 動画ならこれでちゃんと火が着いたのに」
思った通りに火が着いてくれず困惑する達樹に、ようやく紗月が声をかけた。
「お困りですか、お嬢さん」
「嶌さん……」
「薪の組み方も火の着け方もよく勉強してるね。本格的でびっくりしたよ」
「でも、思った通りに火が着かなくて……」
「ま、既製品の薪じゃなく、落ちてる枝だからねえ」
「どう違うんですか?」
「乾燥の度合いかな。既製品の薪はしっかり乾燥させてあるけど、自然に落ちてる枝は前日に雨が降ったり朝露に濡れたりしてるとちゃんと乾いてないのがあるんだよ」
「それで火の着きが悪かったんですね」
そういえば、達樹の見ていた動画も既製品の薪を使っていた。今拾った枯れ枝も、ちゃんと乾いているように見えて、実はそうではなかったのかもしれない。
「だから、こういう時は着火剤を使うの。こだわる人は嫌がるけど、わたしは便利なものはどんどん使った方が楽できていい派なんだよね」
紗月が「着火剤持ってる?」と訊くと、達樹は「いいえ」と首を横に振る。
「そっか。じゃあ最後の手段といくか」
ちゃらららっちゃら~と口で効果音を出しながら紗月が取り出したのは、カセットボンベにアタッチメントを取り付けたハンディガスバーナであった。
「強制着火~」
バーナーに点火すると、轟という音とともに青い炎が勢いよく噴き出した。
ガスの炎を枯れ枝に噴きつけて炙ってやると、やがて木が根負けしたように燃え出す。
「よし、こんなもんかな」
ある程度火が着いてしまえば、その火と熱で枝は勝手に乾燥して燃えやすくなる。きっかけさえ与えてやれば、後は薪を足してやるだけでほとんど手はかからなくなった。
「こんなやり方もあるんですね」
「やり方なんて自由でいいんだよ。大事なのは自分でやって、失敗して考えながら自分に合ったやり方を見つけること。それが楽しいんだよ」
感心している達樹の顔を、紗月はちらりと見て問う。
「楽しかった?」
達樹はにっこり笑って言う。
「はい。勉強になりました」
「良かった」
「とりあえず、次からは着火剤を持って来ようと思います」
「そっか~」
二人の笑い声がキャンプ場に響いた。




