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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
28/68

28話 一本!

     ◇


 三人の男たちは、砂利を鳴らしながらゆっくりとこちらに近づいてくる。


 彼らの足元はサンダルやクロックスなど軽装で、どう見てもキャンプに来たわけではなさそうだ。おおかた暇潰しに河原に降りてきたに違いない。


「ねーねー、そこのおねーさんたちー」


 金髪の男が、こちらに向かって手を振って来る。警戒し身構える達樹に、紗月が小声で「相手しないで無視して」とささやく。


 二人が無視を決め込んでも、男たちは構わず歩いて来る。距離が縮まるにつれ、達樹の表情が警戒から恐怖へと変わっていった。


 そしてとうとう手が届く距離にまで近づくと、金髪の男が達樹に絡んできた。


「無視すんなよ冷てーなー」


「ひっ」


「ごめんねー、今日は女だけのキャンプだから放っておいてねー」


 怯える達樹を庇うように、すぐさま紗月が二人の間に割って入る。


「えー、女だけなんてつまんねーじゃん。それより俺たちとどっか遊びに行こうぜ。向こうに車停めてあっからさあ」


「いやいや、今日はキャンプしに来たんだって。話聞いてた?」


 紗月が少し強めに拒否をすると、にやけていた金髪男の表情が鋭くなる。


「なにコイツ。ちょっとうぜーんだけど」


 後ろの仲間二人を振り返ると、茶髪男とツーブロック男が笑う。


「だっせー、超拒否られてんじゃん」


「ごめんねー。コイツめちゃ不審者で」


「ンだよ、笑ってんじゃねーよ」


 仲間に笑われ安いプライドが傷ついたのか、金髪男がさらに不機嫌になる。


「っつーかそこまで嫌がることなくね? マジ傷つくんだけど」


 金髪男にしつこく言い寄られ、達樹が慌てて紗月の背後に隠れる。露骨に嫌がるその姿を見て、彼の機嫌がさらに悪くなる。


「ホラホラ、嫌がってるでしょ。悪いことは言わないからさっさと帰りなさい」


 達樹をさらに男から離し、自分が盾になるように紗月は金髪男の前に立ちはだかる。


「うっせーな。お前はお呼びじゃねーんだよ」


 突き飛ばそうと突き出した金髪男の右手を、紗月は左手で掴むと同時に素早く左に回転する。


「シッ――!」


 相手の下腹部に自分の腰を密着させると同時に跳ね上げ、浮かせる。


 金髪男の体が浮き上がった瞬間、掴んでいた右手を引くとテコの原理で男の体がきれいな弧を描いて回転した。


 一本背負い。紗月が柔道部の現役時代に得意とした投げ技の一つである。


 ただし今は武道場の畳ではなく硬い地面――特に河原の砂利があるので、そのまま叩きつけると受け身の取れない素人は下手したら死んでしまうので、相手の腕を引いて足から地面に着地するように加減してやる。


 それでも勢いよく回転して地面に投げられると、慣れていない者は遠心力で頭の血が一気に足に行くため軽い貧血に似た状態に陥る。


 金髪男は足から地面に着地したものの、投げられた影響で呆然としていた。


「どうする? これ以上やるなら、足腰立たなくなる覚悟がいるよ」


 掴んでいた右手を離しても、金髪男は力なく地面にへたり込んでいる。下手に逆上して襲いかかられても困るが、これはこれで後始末に困る。


「ねえ、そこのお二人さん。悪いけどこれ持って帰ってね」


 紗月が声をかけると、茶髪男とツーブロック男は慌てて金髪男を左右から挟んで持ち上げ、逃げるように走って消えた。


「やれやれ。管理人のいない無料キャンプ場はたまにああいうのがいるからなあ」


 小さくなる男たちの姿を見送る紗月の背中に、達樹が飛びこむように抱きついてきた。


「あ、ありがとうございます……」


「こっちこそごめんね、怖い思いさせちゃって」


「いえ、そんな、嶌さんが悪いわけじゃ」


「いや、ここ選んだのわたしだし。さっきも言った通り、管理人いないと変な人のいる確率ってめっちゃ上がるんだよ」


「そうなんですか? じゃあ、どうしたら……」


「そういうのを避けたかったら、管理人のいる有料のキャンプ場に行くといいよ。基本的に料金が高いほど変なのが来ないから。あと家族連れの多いオートキャンプ場も安全率が高い。まあこっちは騒音とかで迷惑することが増えるけど」


 紗月の経験上、無料のキャンプ場には管理人がいないため浮浪者やよくない輩がたむろしている場合が多い。


 逆に言うと、有料で管理人がいると治安はぐっと良くなる。そして治安の良さは価格に比例する。つまりある程度の安全はお金で買えるのだ。


「だからたっちゃんの場合、わたしみたいにお金ケチらないで有料のキャンプ場に行かないと、いざって時困るよ」


 だがいくら管理人がいるとはいえ、彼らが動く時は主に何かがあってからの対処療法で、予防としてはあまり期待しない方がいい。


「嶌さんはどうしてるんですか?」


「わたしはまあ、自分の身は自分で守れるから」


 とはいえ、柔道有段者の紗月とて複数の男を相手に勝てるほど強くはないし、自惚れてもいない。基本的には安全なキャンプ場を使うようにはしている。


「一人は気楽で自由だけど、その分リスクもあることだけは覚えておいて」


「……わかりました」


 達樹が重々しく返事をすると、紗月は「よし!」と空気を切り替えるように大きく手を叩いた。


「それじゃ、来たばっかりだけど場所移動しよっか」


「え? 移動するんですか?」


「うん。まあ来ないとは思うけど、さっきの連中が仕返しに来るかもしれないからね。念のために場所変えよう」


「わ、わかりました」


「ごめんね~」


 こうして到着してわずか十分足らずで毅然山キャンプ場を後にした紗月たちであった。


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