27話 ワクワクマン
◇
午前八時ごろ
紗月がタオルを買うために訪れたのは、朝七時から開店している肉体労働者の味方、ワクワクマンであった。
「すごい、本当に朝からお店が開いてる」
「驚くのはこれからだよ。さ、入って入って」
「はあ……」
紗月に促されるままに、達樹は店内へと足を踏み入れる。
すると、広い店内は肉体労働者向けとは思えないほど清潔で、整然と並んだ棚には作業服には到底見えないカジュアルな衣服がずらりと並んでいる。
「どう、すごいでしょ」
「すごい……」
作業服の店と聞いてイメージしていたものとかなりかけ離れていたのか、達樹はカルチャーショックを受けたように愕然としていた。
「まだまだこんなもんじゃないよ。こっち来て」
言われるがままに紗月に着いて店内を歩くと、明らかに他と一線を画した棚があった。
そこには、なんとテントや焚き火台などアウトドア関係の商品が所狭しと並べられていた。
「あの、ここって作業服とかのお店ですよね? どうしてキャンプ用品が置いてあるんですか……」
「それはね、この会社が最近アウトドア関係に力を入れているからだよ」
「作業服関係の会社ですよね?」
「そうだよ。わたしもなにやってんだろうとは思うけど、面白いからいいんじゃないかな」
「はあ……」
「それよりわたしタオル買ってくるから、たっちゃんはそこで時間潰してて」
「あ、はい」
紗月がタオルを買いに行き、独り取り残される達樹。
仕方なく言われた通り、アウトドアコーナーの商品を見て時間を潰すことにする。
それにしても、この商品の数はどうしたことだろう。まるでここだけアウトドア用品店のようだ。
テントや寝袋だけでなくLEDランタンや折り畳みのテーブルまであって、冗談抜きでこの店だけでキャンプ用品が全て揃えられそうだった。
とはいえ、値段がリーズナブルな分商品の質もそれなりで、達樹が持っている有名アウトドアメーカーのものに比べたら一段も二段も落ちるものではあった。
しかしながらキャンプ用品は見ているだけで楽しい。達樹が夢中になってあれこれ見ていると、
「お待たせ~」
支払いを済ませた紗月がやって来た。もっとゆっくりでも良かったのにと思ったが、自分はこれから念願のキャンプに行くのだ。もうこうして道具を見ていつかを夢見ていたあの頃の自分ではない。
当初の目的だけでなく初心を思い出した達樹は、居ても立っても居られなくなった。早くキャンプがしたい。
「もう忘れ物はないですね? それでは早くキャンプ場に行きましょう」
「え、あ、うん」
達樹は急かせるように紗月の背を押して店を出た。
午後一時頃。
紗月と達樹は高知県の毅然山キャンプ場に到着した。
途中、紗月は昼食にビバリーヒルズ食堂に寄ろうと考えたが、あのボリュームを達樹が食べ切れるかどうか不安だったので、無難にファミレスで済ませた。
「運転お疲れ様」
長時間運転してくれた達樹を労うと、紗月は車を降りてトランクから荷物を取り出し始めた。
「ここが今日のキャンプ場ですか」
「そ、広くてきれいでなんとタダ!」
「それはすごいですね」
感心しながら、達樹は周囲を見回す。
駐車場は車が五六台停められるぐらいであまり広くはないが、目の前にある公園は芝や植込みの手入れが行き届いている。
キャンプ場のある河原へと続く坂道も同様に、立ち並ぶ木々は枝打ちがされて人の手が入っているのがわかる。市か町の役場が管理しているのだろう。
「それじゃ、荷物持ってキャンプサイトまで行こうか」
「はい」
防水バッグ一個の紗月と違い、達樹の荷物は一度では運べそうになかったので、とりあえず大きなテントと寝袋だけ持って行くことにする。
坂道を下り、河原のキャンプサイトに入る。紗月は何週間かぶりに来たが、今回もまた誰もいなかった。
「よし。誰もいない」
「わたしたちだけの貸し切りですね」
「ここはいつもだいたいそうなんだよ」
「そうなんですか? 良いキャンプ場だと思うのに」
「だからたっちゃんも、人に教えちゃ駄目だよ。みんなが来たら穴場じゃなくなっちゃうから」
冗談めかして紗月が言うと、達樹も笑って応えた。
「わかりました。わたしたちだけの秘密の場所ですね」
「それじゃ、テント張る場所決めちゃおっか」
「はい」
達樹がテントを持って紗月の後ろを着いて歩いていると、
「お、人がいるじゃん。珍し~」
軽薄そうな若い男の声がした。
見れば、大学生くらいの若い男が三人、こちらに向かってだらだらと歩いて来る。
一人は金髪、もう一人は茶髪、残りはツーブロックのチャラ男三人セットは獲物を見つけたかのようににやつきながら紗月たちに近づいてきた。




