26話 キャンプ女子の壁
◇
「それでは失礼します」
「バイバイ、またね~」
会釈して去る達樹を、紗月と幸貴は手を振って見送る。
達樹の姿が見えなくなると、すかさず幸貴がニヤニヤしながら訊いてきた。
「で、どうするの?」
「何が?」
「どこ連れてってあげるつもりなの」
「そうだなあ……」
どこと言われても、紗月の知っているキャンプ場はそう多くはない。
「たっちゃん、お嬢様っぽいからあんまりワイルドな所は無理だろうなあ」
その中でも、トイレと水場がきれいな所となるとさらに数が限られる。
なるべく近場が良いだろうと考えた場所が畑の裏野営場だったが、あそこはトイレが仮設しかないから達樹には無理だった。
となると紗月がいつも使ってるホームの毅然山キャンプ場か。あそこなら設備のきれいさは折り紙付きだし、他に人もいないだろう。少々遠いのが難点だが、今回は車だし運転するのは自分じゃない。よし、場所は決まり。
「ところでさあ」
場所が決まってほっとしたところに、幸貴が疑問を投げかけてきた。
「なによ」
「野宿の時、お風呂ってどうしてるの?」
「近くに銭湯か温泉があれば入るかなあ」
「なかったら?」
「入らない」
「マジか……」
「別に一日や二日入らなくたって死ぬわけじゃなし」
「乙女にとっちゃ死活問題だよ」
「まあ、たっちゃんは入らないと死にそうだよね」
「どうすんのよ」
「どうしよっかな~」
紗月は両手を頭の後ろで組んで、考えるふりをする。どうせキャンプを続けるのなら、風呂やトイレの問題は避けては通れない。であれば、最初にぶつけても良いかもしれない。もしそれで厭になるようなら、早いに越したことはない。趣味なんて他にいくらでもあるのだから。
「とりあえず、今夜にでも連絡してみるよ」
「わたしの友達なんだから、よろしく頼むよ」
「へいへい」
生返事を返す紗月を、幸貴はしんじょう君をもみもみしながら見ていた。
紗月:こんばんわ
達樹:こんばんわ
紗月:今いい?
達樹:大丈夫ですよ
紗月:場所決めたよ
達樹:ありがとうございます
紗月:いつ行こっか
達樹:今度の土曜日はどうでしょう
紗月:おっけー
紗月:じゃあ朝七時に大学で
達樹:わかりました
紗月:キャンプの道具はあるんだよね?
達樹:大丈夫です
紗月:わかった
紗月:それじゃおやすみ~
達樹:おやすみなさい
土曜日
朝七時ごろ
紗月が大学の校門前で待っていると、車のクラクションが聞こえた。
見ると、真っ赤で新しそうな軽自動車が停まっており、運転席の窓から達樹がこちらに向かって手を振っていた。
すかさず駆け寄ると、車のトランクが開いた。
トランクの中は一人分とは思えない量のキャンプ道具が占めていたが、どうにか紗月はいつもの防水バッグを詰め込むことができた。
助手席に滑り込むと、達樹が明るく挨拶してきた。
「おはようございます」
達樹は有名アウトドアメーカーのフィールドジャケットとパンツに身を包んでおり、足には山でも登るのかと思うようなハイキングシューズを履いていた。
ちなみに紗月はジーンズにジャージの上着、足元はジャングルブーツという安価ではあるが用は十分に満たしているという出で立ちだ。
「おはよう。よく眠れた?」
「実は緊張してあんまり……。でも運転は任せてください。こう見えても自信あるんです」
「それは心強い。今日は結構ハードな道を走るかもだから、一応覚悟しといてね」
「……頑張ります」
「そんなに気張らなくていいよ。最初の二時間ぐらいは市街地を走るから」
「わかりました。ではナビをよろしくお願いします」
「了解。それじゃ行こっか」
「はい」
達樹は元気よく返事をすると、ギアをドライブに入れた。
車が発進して三十分ほどした頃、
「あっ、しまった!」
唐突に紗月が大声を上げた。
「ど、どうかしましたか?」
「タオル忘れてきちゃった。しまったな~」
タオルは顔や体以外にも道具やバイク、テントの結露を拭いたりと何かと出番があるので二、三枚は持っておきたいアイテムだ。
「タオルですか? 良かったらわたしのを貸しますけど」
「いや、大丈夫。途中で買っていくから」
「コンビニってタオル売ってましたっけ?」
「コンビニじゃないよ」
「こんなに朝早くから開いてるお店って他にありましたっけ?」
「あるんだなあ、それが」
そう言って紗月はにやりと笑う。
達樹はいまいち納得できないような顔をしながらも、紗月の言う通り運転を続けた。
十分後。
「着いたよ」
紗月のナビゲーションで車が向かった先は、黄色と黒の看板が立つ店だった。
「あの、ここは……?」
駐車場で車を降りて店舗と看板を見ても、達樹にはここが何の店だかわからないようだ。
「ここはねえ、働く人の味方、ワクワクマン!」
紗月の馴染みの店であった。今は働いてないけど。
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