25話 キャンプ≠野宿
◇
「わたしにキャンプのやり方を教えていただけないでしょうか」
達樹の切実な声に、紗月は思わず出そうになった「はあ?」という声をどうにか飲み込んだ。
「キャンプ……したいの?」
「はい。わたし、恥ずかしながらこれまで一度もキャンプをしたことがなくて」
「いや別に恥ずかしくはないけど、小学校の頃に林間学校とかなかったの?」
「林間学校はホテルでしたので……」
「いいなあ。うちなんて山のキャンプ場に自分たちでテント張って、水の量間違えたうっすいカレー作って食べたよ」
紗月が小学校の思い出を語ると、幸貴がそれに同意する。
「あ~、うちも。飯盒炊爨でご飯炊くの失敗する班多かったなあ。だいたい焦げるかお粥になるかの二択だったよね」
「ま、どこの学校も予算の関係で生徒に自炊させるよね。それが楽しいっちゃあ楽しいし、今となっては良い思い出だけど」
「そうなんですか。皆さん良い思い出があって羨ましい」
こんなくだらない思い出話を羨望のまなざしで見ている達樹が、紗月は何だか気の毒になってきた。
「けど、どうしてキャンプなの?」
「それは……」
少し言い淀む達樹に、幸貴が助け舟を出そうかという目で見る。しかし達樹はそれを首を横に振って断ると、決然とした顔になる。
「キャンプするアニメを見て、楽しそうだなと思って」
「あ~~~~、あれか」
紗月にも思い当たるフシがある。あのアニメが起こしたキャンプブームで、キャンプを始めた者は多い。自分もその一人だったので、達樹を笑うどころかむしろ親近感が湧いてきた。
「そう、あれです」
「いいよね、あれ。わたしもあれ見てキャンプ始めたもん」
「嶌さんもですか? わたし、ものすごく好きになって劇場版も観に行ったんです」
「紗月でいいよ。もしくはさっちゃん。わたしもたっちゃんって呼んでいい?」
いきなりのたっちゃん呼びに達樹は一瞬戸惑うが、すぐに笑顔になると「構いませんよ」と返す。
「相変わらず距離の詰め方がえぐいわね」
「なに言ってんの。会ったその日にさっちゃん呼びしてきたのあんたでしょ」
「そうだっけ? 昔のことなんて忘れたわ」
「一年前のことを忘れるなんて、若いのにアルツハイマーなんじゃない?」
「過去の話をほじくり返す女はモテないわよ」
「モテないのはお互い様じゃない」
紗月と幸貴のやり取りに達樹がくすくすと笑うと、二人は口喧嘩を止めて彼女の方を見た。
「ごめんなさい。お二人とも仲がいいなって思ったもので」
二人同時に「どこが」と言うと、再び達樹は笑い出した。それですっかり毒気が抜かれた紗月は、軽く咳払いをすると話を元に戻す。
「頼ってもらって悪いけど、わたし別にキャンプに詳しいわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
意外そうな顔で達樹は紗月を見て、次に話が違うといった感じで幸貴に視線を向ける。
「え~、でもあんた最近何度もキャンプに行ったじゃない。経験豊富なのは間違いないでしょ?」
「キャンプじゃないよ。わたしのは野宿」
「違いがわからん……似たようなもんじゃない」
「柔道と柔術くらい違うわよ」
「余計わからんわ!」
「キャンプは焚き火したりBBQしたりするのが主目的で、外で寝るのはおまけみたいなもんじゃない。野宿は外で寝るのが主目的なの。要は宿泊費の節約ね」
「なるほど。そう言われるとわかりやすいですね」
「だからわたしが教えられることなんて、ほとんどないよ。それでもいいの?」
「構いません。とにかく一緒にキャンプに行ってくださるだけで、わたしは満足です」
「本人もこう言ってるし、とりあえず一緒に行ってあげてよ」
「う~ん、まあ本人が満足ならそれでいいけど、問題が一つあるのよね」
「問題?」
幸貴と達樹の声が重なる。
「わたしバイクしか持ってないし、荷物積んだら二人乗りできないんだけど、たっちゃんは移動手段あるの?」
なければないで公共交通機関を使えば良いのだが、関西の都市部と比べて四国の公共交通機関は貧弱で、電車は駅同士が遠いし本数も車両数も少ない。一部では電車ではなくディーゼルエンジンの汽車が走っているくらいだ。バスは本数が問題外なので、できれば使いたくない。
「ああ、それなら大丈夫です。わたし車持ってますから、当日はわたしが運転しますよ」
「ええっ!?」
今度は紗月と幸貴が同時に驚く。
「車持ってるの?」
「はい、軽ですけど親が大学合格のお祝いに買ってくれました」
「このブルジョアめ!」
「地方じゃわりと普通ですよ。それにわたしは実家から通っているので、一人暮らしするよりは安上がりですし」
言われてみれば、人ひとりを大学四年間一人暮らしさせるより、軽自動車一台の方がはるかに安上がりだ。そう考えると、自分の方が親に負担をかけていて申し訳ない気持ちになる。
「わかった。じゃあお言葉に甘えて、たっちゃんに運転してもらおっかなあ」
「その代わりと言ってはなんですが、場所をそちらで決めていただけると助かります。わたしではどこが良いのか決められないので」
「おっけー、じゃあ場所はわたしが考えとく」
「待ち合わせはどうしましょう」
「大学でいいんじゃない?」
「わかりました」
とそこで達樹は腕時計を見て、立ち上がる。
「申し訳ありません。わたしはこれから少し用事がありますので、詳しい日程などはのちほど」
「わかった。後でLINEするね」
そう言うと二人はスマートフォンを取り出し、連絡先を交換した。




