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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
24/68

24話 お嬢様登場

     ◇


 三月某日


 午前九時ごろ


 紗月の大学は四月の上旬まで春休みだが、この日は課題の提出日なので大学に来ていた。


 前日に友人の幸貴から来たメールではカフェテリアで待つとあったので、課題を提出し終えると待ち合わせ場所へと向かった。


 カフェテリアは食堂と併設されているが、テーブルごとにパーテーションで仕切られている。学生たちには長机とパイプ椅子を連ねただけのただエサを貪ることしかできない食堂より、椅子も机も広くて座り心地が良くゆっくり静かにお茶が飲めるカフェテリアの方が人気である。紗月も待ち合わせや講義と講義の間の時間を潰すのによく使っている。


 紗月はとりあえずアイスコーヒーを買い、幸貴の姿を探してぶらぶら歩いていると、


「あ、さっちゃん。こっちこっち」


 すでに席についていた幸貴の方がこちらを見つけて手を振ってきた。


「ごめーん待った?」


「ううん、わたしも今来たとこ」


 見れば、幸貴はアイスミルクティーを頼んだようだが、カップにほとんど水滴がついていないところを見ると本当についさっき来たようだ。


 幸貴の向かいの席に座りながら、紗月はデイバッグの中を漁った。


「忘れないうちに渡しとくね。ハイこれ、お土産」


「ありがとう。ってなにこれ?」


 幸貴は紗月から手渡されたぬいぐるみのついたキーホルダーを見て怪訝な顔をする。


「マスコットキーホルダー」


「うん、それは見たらわかる。見てわからないのは、これが何のキャラかってこと」


「ああ、これ? かわうそのしんじょう君」


「……え? 何の何?」


「だから、かわうそのしんじょう君」


「これかわうそなんだ……」


 幸貴はやや太めの眉をしかめ、かわうそのしんじょう君をまじまじと見る。


「頭のこれ何? 脳みそ?」


「違うよ。脳みそ見えてたら死んでるじゃん」


 しんじょう君は、高知県須崎市の新庄川で最後に確認されたニホンカワウソをモチーフにマスコットキャラクター化したものである。ちなみに頭に乗っているのは脳みそではなく、須崎の名物鍋焼きラーメンだ。


「この間須崎に寄ってきたからね。あそこの道の駅すごいんだよ。『かわうその里すさき』って言って超かわうそ推しなの」


「須崎まで行ってきたんだ。で、また野宿?」


「うん。あの辺りにはホームがあるからね。いい所だよ」


 野宿のホームとは、と幸貴は疑問に思ったが、ここで口を差し挟むといつまで経っても本題に入れないのでやめた。


「ところでね、今日はちょっと紹介した子がいるんだけど」


「え、なにそれ。もしかして男子?」


「そんなわけあるか。えっと――」


 幸貴が周囲を見回すと、誰かを見つけたのか右手を高く上げた。


 幸貴の上げた手を見て、一人の女性がこちらに向かって来る。


 身長は男並みの紗月より少し低いが、体重はかなり軽そうだ。それでいて服の上からでもスタイルの良さがわかるのは、本人の体型もあるが何より着ているワンピースが吊るしの量販物ではなくきちんと採寸してあるからだろう。


 背中まですらりと伸びた髪は下品にならない程度に色を抜きつつ、パサつきや枝毛が一切ないようにケアしてある。服だけでなく髪や化粧、持ち物にまで気と金を使っているようだ。趣味を優先するためにそれ以外に金をかけず、家が近いのを良いことにぼさぼさ頭にジャージで大学に来たりする紗月とは雲泥の差である。


 女子大生とはこうあるべきだという見本の登場に、世間からかなりずれている紗月はただただ感心するばかりであった。


「紹介するね。この子、樺山達樹かばやまたつきちゃん。わたしらと同い年」


「初めまして。法学部の樺山達樹です」


 達樹はぺこりと頭を下げると、幸貴の隣の席に着いた。ちなみに紗月と幸貴は共に文学部である。


 それにしても、幸貴と達樹はどういう繋がりであろう。学部も文学部と法学部で学しか合ってないし、どう見てもブルジョアの達樹と庶民丸出しの幸貴では接点がまるで見当たらない。


 だがそこはかとなく滲み出るある種の親近感のようなものを、紗月は感じていた。それは、同じ世界にいる者だけが感じ取れる臭いであった。腐臭とも言う。


「で、今日はわたしに何を頼みたいの?」


「お、話が早いね。助かる」


「そりゃ幸貴がわたしに紹介したいって来たら、何か頼み事があるに決まってるじゃん」


 そもそも幸貴も紗月も交友関係はあまり広くないというか、狭い。お互いに価値観がはっきりしており、付き合いは深く狭くを信条としている。友達を百人作るより、大親友を一人作りたいタイプだ。


 その幸貴との付き合いがあるということはこの樺山達樹という女、見た目通りのお嬢様というわけではなさそうだ。


「実は――」


 意を決したように、達樹は机の下でスカートを両手で固く掴む。


「わたしにキャンプのやり方を教えていただけないでしょうか」

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