23話 四番目の岬
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三月二十八日(火曜日)
正午ごろ。
紗月は足摺岬に到着していた。
駐車場には紗月とほぼ同時刻に到着していた車が一台だけで、他に誰もいないせいか観光協会の事務所には誰もいない。岬や灯台に来る観光客は少ないだろうが、それにしてもやる気がなさすぎではなかろうか。
「……いや、観光協会の人がいないのはおかしいでしょ」
もしかしたら定休日なのかもしれないが、プレハブのようなおざなりな建物ではなく、しっかりとした事務所なのでガラス戸が閉まって中が暗いのが余計に閑散として見えてしまう。
「とにかく、さっさと灯台まで行ってみよう」
例によって、灯台へは駐車場から伸びる小路を歩いて行かなければならないようだ。
紗月は、どうせ灯台と海しか見るものがないんだろうなあと覚悟を決めて歩き出した。
午後四時ごろ
紗月は室戸岬に到着していた。
室戸岬は三角形の頂点のような位置にあるせいか、終着点という感じがまったくしないので気づかずに通り過ぎる人も多い。
むしろ巨大な中岡慎太郎の銅像がメインだと思われているかもしれない。そんな場所であった。
「着いたのはいいけど、やっぱり岬ってどこも似たようなものね」
駐車場から延々歩いて得たものが、灯台と海と中岡慎太郎の銅像の写真だけというのが、紗月の心を折ろうとしていた。
「知ってた! わかってた! けど実際に行かないとわからないことだってあるじゃない。でもそういのってだいたい『やっぱりそうだった』ってオチになるけど、万が一ってこともあるから。でも期待したわたしが馬鹿だった」
三大岬を巡る間にすっかり擦り切れてしまった紗月の心は、もうほとんど折れかけていた。
ともあれ、これで四国三大岬巡りは完了した。朝からバイクで走り通しでお尻と手首が痛くなってきたことだし、そろそろ帰ろうと思った紗月だったが――
「そう言えば、四つ目の岬があったんだっけ」
先日インターネットで調べたら、蒲生田岬に四国最東端の灯台があるらしい。場所も帰り道から少し外れるが、そう遠くはないので今から行けなくもない。
「ん~~~~~~~~~~…………」
悩む。正直に言うと、行きたくない。結果は目に見えているし、何よりもう疲れた。尻と手首どころか腰も背中も痛い。今日はもう一刻も早く家に帰り、熱い風呂に入って布団でぐっすり寝たい。
だが、今日この機会を逃すと絶対二度と岬や灯台に行こうなんて思わないだろう。
そう考えると、これは一生に一度のチャンスだ。どちらかと言えば罰ゲームだが、それでも人生において貴重な経験となり得るかもしれない。確率はかなり低いが。
「百聞は一見に如かず。若い時の苦労は買ってもせよ」
文学部らしく諺で自分を鼓舞させると、紗月は再びバイクで走り出した。
午後五時ごろ
ようやく蒲生田岬に到着した頃には夕方になっていた。
「デジャヴ……」
夕日に照らされる灯台を見ると、佐田岬灯台を思い出す。夕日に急かされて急いで坂道を歩いたせいで、膝の痛みが再発した思い出が脳裏をよぎる。
蒲生田岬は三大岬ほどメジャーではないのか、駐車場がなかった。代わりに海のそばに大きな石の輪っかのオブジェが立っているのが印象的だった。
「あの輪の中を矢で射ると何か起きそうね」
昔やったゲームのことを思い出し、思わず石を投げて輪の中を通してみたくなる。が、沈む夕日に正気に返ると、急いで灯台へと向かった。
どこも同じだと思っていた岬の灯台だが、ここは灯台への道も他と違っていた。これまでの灯台は駐車場から伸びる小路を延々歩かされたが、蒲生田岬灯台は長い石段を登らなければ灯台まで行けないのである。
「なにこの石段の数……」
見上げるが、頂上は見えない。いったいどのくらいあるのか数えてみたら、百段を越えたところで疲労のせいか脳が数えるのをやめた。恐らく百五十段はあっただろう。
「足が死ぬ……。こりゃ明日絶対筋肉痛だ……」
吐きそうになるほど苦労して登った灯台であったが、結局は灯台自体は他と同じようなものなのを確認しただけだった。万が一……一万分の一の確率はほぼゼロだ。
地獄の石段を下りてバイクまで戻った紗月は、運動不足がたたって足が生まれたての小鹿のように震えていた。
「この足じゃバイクが倒れたら絶対起こせないぞ」
それどころか傾いたら支えられないかもしれない。なので絶対に倒さないように超安全運転で帰った。
翌朝、案の定酷い筋肉痛に悩まされた。
「二度と岬の灯台なんか行かない」
痛む下半身に苦しみながら紗月は固く誓ったが、はてさてどうなることやら。




