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野宿ガール  作者: 五月雨拳人
20/68

20話 二度目の朝食と昼食

     ◇


 三月十五日(木曜日)


 午前九時頃。


 紗月はようやくトンネルを抜け、手近なコンビニへと避難できた。渋滞から離れて異常なほど長く続いている車の列を見ると、高知県民が全員ここ集まってるのではないかと思えてしまう。


 運良くアパートが大学やアルバイト先の近くにある紗月には、朝の通勤ラッシュや渋滞は別世界の出来事に感じていた。それが今日、初めて大人の苦労というか辛さみたいなものを経験すると、自分がまだまだ世間の荒波を知らない子供だと思い知らされる。


 とはいえ、経験しなくて済むなら一生したくはないものだが。


「戦争と渋滞は世の中からなくなって欲しいよねえ」


 などと益体もないことを呟きながらヘルメットを脱ぎ、コンビニへと入る。


 ガラス扉が開くと、力が抜けそうな音楽に出迎えられる。一度目の朝食はパンだったから、二度目の朝食は米にしたい。なのでおにぎりコーナーに一目散に向かう。


 ずらりと並んだ多種多様なおにぎりを前に、紗月は悩む。


「おにぎりってこんなに種類あったっけ?」


 普段コンビニをあまり利用しない紗月にとって、コンビニのおにぎりなんて鮭おかか昆布など定番の具しか知らない。それがここまでラインナップが豊富になるとは。企業努力、恐るべし。


 鶏五目赤飯ツナマヨネーズはわかるとして、炒飯をおにぎりにしてしまうとはどういうことか。考えた奴天才か。


 初めて見るものを全部食べてみたい欲求をぐっと堪えるのは、金銭的な理由よりこれ以上の体重増加を抑えるためだ。何しろ朝食はもうすでに一度済んでいる。普通の女子は、いや人は、朝食を二回もとらないのだから。


 こんな生活を続けていたら、そのうち二回目の昼食夕食に食事ごとのおやつなど、昔読んだファンタジー小説に出てきたホビットみたいな生活に、そして体はオークみたいになるんじゃないかと心配になる。


「これは旅行中だけだから。空腹だと運転に支障が出るから仕方ないんだ……」


 せめてもの抵抗に、紗月は今度こそ昼食まで我慢できるように腹持ちの良いものを選ぶ。


 厳選の末、腹持ちの良いもち米を使った五目おこわと赤飯を手にレジへと向かった。


「お姉さん、バイク? 珍しいね」


 おにぎりのバーコードをスキャンしながら、この店の店長だと思しき中年の男性が話しかけてきた。


「ええ、まあ」


「どこ行くの?」


「いえ、これから帰るところです」


「そう。気をつけて帰って、また遊びに来てね」


 言われなくてもすぐまた来るが、紗月はただ微笑んで「どうも」と返す。


 男性に会釈をして会計を済ませると、紗月は駐車場に戻る。


「太りませんように……」


 最後の悪あがきに神頼みをしてからおにぎり二つを食べ終えると、ようやく渋滞が緩和された道路へと戻った。



 午後一時頃。


 高知市街を抜け、バイクは国道195号線に乗った。途中、以前から気になっていたチキン南蛮弁当で昼食を済ませ、後はただ帰るのみとなった。


「値段は安かったけど、思ったほどではなかったなあ。まあ、一回でいいや」


 チキン南蛮の味を思い出しながら、紗月はバイクを走らせる。海沿いの大きな国道と違い、曲がりくねった山道の国道195号線は海沿いの道よりも近道だが緊張を強いられる。国道439号線ほどではないが。


 そのせいか、ついさっき昼食を終えたばかりだというのに、どうにも小腹が空いてきた。


「うそ……だろ…………」


 自分の胃は本当にどうしてしまったのか。いくら健康で若いからといっても、ネズミみたいにこうも頻繁に空腹になるものだろうか。


 頭でいくら考え、否定しようと腹は正直である。むしろ頭を使って糖を消費するほど余計に腹が減る。


 その時、紗月の目に一軒のラーメン屋が飛び込んで来た。


「こんな所にラーメン屋?」


 いつもなら気が付かないか、気づいても通り過ぎていただろう。だが今日に限っては地獄に仏。紗月は速度を落とすと、ラーメン屋の駐車場に入った。


 駐車場はほとんど満車に近いぐらい車で埋まっていた。辺鄙な場所に建っているわりに、人気のある店のようだ。紗月は車の出入りの邪魔にならないように、駐車場の端にバイクを停めた。


 この時、すでに紗月は気づいていたが、気づかないふりをしていた。


 ラーメンは、めちゃくちゃカロリーが高いということを。


 それでも彼女は食べたかったのだ。明日の体重がどうなろうと。



 午後二時頃。


 ラーメン屋を出た紗月は、激しい後悔に苛まれていた。


「ラーメンなんて食べるんじゃなかった……」


 不味かったから後悔しているのではない。ただ、席につくまでに30分、席についてから30分の計一時間も待たされた上で出されたものが飛びぬけて美味いわけでもなかったことが、彼女を激しく後悔させていた。


 紗月の出身関西では、客が席についてから20分以上待たせるのは禁忌タブーとされており、その環境で育った彼女は待つということに耐性を持っていなかったのだ。つまりインスタントラーメン最高。


 ついでに言うと、ラーメンというのはほとんど炭水化物(糖)と脂質(油)の塊である。簡単に言うと、食べた分がほぼぜい肉になる食べ物である。紗月は今後同じ値段のものを食べるのなら、唐揚げ弁当を食べようと固く心に誓った。唐揚げなら脂も多いが筋肉の素となる蛋白質も多く摂れるのだから。


 そもそも、店の規模に対して店員が少なすぎる。家族用の座敷二つと十人掛けのカウンターに対し、調理担当の店長と給仕の女性一人の二人だけというのは少し人手不足が過ぎるのではなかろうか。そりゃ注文も滞る。


 ……いや、もうこれ以上言うまい。空腹に負けて食べたことには何ら変わりはないのだから。


 それよりも、二回も寄り道をしたせいで雨雲に追いつかれそうだ。西の空を見上げると、どんよりとした雲がこちらに向かって漂っている。


「帰ろう……」


 半ばべそをかきながら、バイクに跨る。


 アパートまではまだ100㎞以上残っており、紗月に追い打ちをかけるように雨雲が追ってきていた。


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