18話 迫る雨雲
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三月十四日(水曜日)
午後二時頃。
神宮寺前キャンプ場に到着した紗月は、駐車場に一台の車を発見した。
「あら、先客か。珍しいな」
毅然山キャンプ場と同じくここも穴場なので、平日に行けば他の客と鉢合わせすることなどほとんどなかったのだが、珍しいこともあるものだ。
車から距離を取ってバイクを停めると、紗月は荷物を降ろしてキャンプ場へと向かった。
神宮寺前キャンプ場には受付事務所があるが、そこに人がいた試しはない。料金は事務所の入口に設置された料金箱に入れるか、翌朝管理人の老婆が徴収に来た時に一人一泊300円を直接払う。。
先客はまだ車の中にいるのか、サイトには誰の姿も見えない。この隙に紗月は炊事場の隣にあるいつも自分が使っていたサイトに荷物を降ろした。
「早い者勝ちだよね」
先にテントを張っているどころか、まだ荷物も降ろしていないのなら文句をつけられる筋合いはない。
紗月がテントを設営していると、車の中から男性が降りてきた。紗月の方を一度見るが、特に何のリアクションもなく黙々と車からキャンプ道具を降ろしている。その中に、まるで傘立てみたいな焚き火台があった。
「向こうの焚き火台おっきい。やっぱ車だといっぱい積めていいなあ」
去年の冬にここでキャンプした時に知り合った男性は、車に石油ストーブを積んでいて驚いたものだ。紗月は「いいなあ車……特に雨風がしのげて冷暖房完備なところ」などと羨みながらテントを設営した。
午後三時頃。
テントを張り終わり、中に荷物を放り込んでしまうと、後は夕飯まで特にすることがなくなってしまった。
「今日は焚き火って気分じゃないからなあ」
昨日やったので、紗月の中の焚き火成分はまだまだ十分残っている。なので今日は家から持参した小説の文庫本を読むことにした。小説は荷物にならないし、一冊で長時間潰せるから旅には必ず持つようにしているのだ。特に役立つのが、山道で突然時間帯通行止めの工事現場に遭遇した時だ。運が悪ければ一時間近く足止めされる場合もあるので、そういう時に一冊あればのんびりと時間を潰せる。
紗月はテントの中からマットを取り出し、地面に敷いてうつ伏せになった。家で寝る前に軽く読書するスタイルになると、しおりを挟んだところから続きを読み始める。
太陽は雲に閉ざされているが、風がなく三月にしては暖かい。本を読むにはちょうどいい光と温度に包まれ、しばらく読書に耽っていると、
「あ、そうだ。天気を確認しとかなきゃ」
スマートフォンを取り出し、インターネットで佐田岬周辺の天気を調べ始める。出発前にも一応週間天気予報で調べ、一週間は天気が安定しているから出発したのだが、春先の天気は変わりやすいから念のために調べてみると、
「げ、明日から雨マークじゃん……」
まさかの急変。ちょうど明日から佐田岬周辺は雨予報が出ていた。
アメダスで雨雲の状況を確認してみると、西の方から大きな雨雲が東に向かって接近しており、この速度だとちょうど明日の朝から激しい雨になると予想された。
「参ったなあ、せっかくここまで来たのに」
このままでは佐田岬に向かう途中で雨にぶち当たるだろう。
どうする。ここでまた、紗月は選択を迫られる。
行くか、戻るか。
雲の流れから見るに、ここに留まってもいずれ雨に降られるのは間違いないだろう。そうなると、結局バイクを雨に濡らさずに済む方法は一つしかない。
「帰るか……」
けど、せっかくここまで来たのに帰るのは厭だ。今のところ、豚まんとソフトクリームを食べることしか目的を達していない。効率を考えたら、このまま佐田岬へと向かい、室足摺岬から室戸岬へと流れていくのがベストだろう。
「でも雨の中走りたくないなあ」
バイクを濡らしたくないのもあるが、単純に雨の中の走行は危険なのだ。まだ普通二輪免許を取って二年と少ししか経っていないし、その二年の中でも雨の日に走ったことなど片手以下の回数だ。
その経験値のなさで、この大荷物を積んだバイクを知らない道で走らせる自信は紗月にはなかった。
安全を考えるなら帰る一択なのだが、ここまで二日を費やしたことを考えると、今すぐに決断を下すことはできなかった。なので、
「とりあえず明日の朝また天気を見てから考えよう」
あれだけの大きな雨雲が一日でどうにかなるとは思えなかったが、とりあえず紗月は明日に一縷の望みを託して考えを保留にした。




