17話 豚まん、ダブルで
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三月十四日(水曜日)
午後0時頃。
道の駅小栗久保川に到着した紗月は、バイクを駐輪場に停めると小躍りしながら売店へと向かった。
売店にはレストランが併設されており、今日の昼食はそこで優雅にランチをいただく予定なのだ。
「ひゃっほ~、お昼だお昼だ~」
意気揚々と自動ドアをくぐった紗月がレストランの前で見たのは、
本日定休日
と書かれた看板だった。
「うっそおおおおおおおおおおおおおおん!」
客の集まる土日祝に営業している道の駅では、平日に休みを取る店が多い。それがたまたま水曜日だったとは。
「ついてない……」
がっくりと膝をつきそうになるのを堪え、紗月は渋々レストランから離れる。旅をしていると、たまたま定休日に当たって食事のあてが外れ食料難民になることが多いので慣れてはいるのだが、やはり辛い。
しかし、嘆くなかれ。レストランは定休日だが、売店は営業している。つまり、豚まんは買える。買えるのだ!
「へいらっしゃい」
「豚まん、ダブルで」
カッコつけて指を二本立てる紗月に、若い男の店員は「あいよ」と応えると蒸し器の中から活きのいい豚まんを二つ見繕って袋に入れる。その間に紗月はレジ横に置いてあるサービスのカラシのパックを二つ取った。
勘定を済ませ売店を出ると、紗月はベンチに腰掛けた。左手に持った豚まんは、三月の外気に晒されてほかほかと湯気を立てている。
豚まんは鮮度が命。熱々のうちに食べなければ意味がない。紗月は速やかにカラシのパックの端を破ると、豚まんの皮に半分ほど塗りたくった。
「やっぱカラシはこれくらいかけないとね」
スーパーなどで売ってる冷凍の豚まんを食べる時は、具が少ないのをごまかすためにカラシを溶かしたウスターソースにつけて食べる彼女だが、ここの豚まんは具がみっしり詰まっているからカラシだけでも十分に美味い。
「いただきます」
片手が豚まんで塞がっているので合掌を省略し、豚まんにかぶりつく。カラシの刺激が一瞬鼻を抜けるが、すぐに大量の具からあふれ出る肉汁がそれを覆い尽くしてしまう。豚肉のうま味と玉ねぎの甘みが混ざり合い、飲み込まずに口の中でずっと味わっていたくなる。
楽しい時間というのは、どうして過ぎるのが早いのか。あっという間に二つの豚まんを食べ尽くしてしまった。もっと味わえば良かったと思うが、これ以上味わおうとすると牛みたいに反芻するしかなくなる。
しかし、いくらボリューム満点の豚まんでも、二つでは満腹にはほど遠い。せいぜい腹六分といったところか。
かといって三つ目を食べるのも芸がないというか、さすがに脂が胃に重たくなってくる。
「仕方ない。ちと物足りないけどデザートと行きますか」
紗月が向かった先は、売店から少し離れたジェラートショップだった。
この店はバニラやチョコなど一般的なアイスはもちろん、季節の旬な果物をジェラートにして販売している。
バイク乗りたるもの道の駅ではアイスを主食にするべしという教えに基づき、紗月も道の駅ではよくソフトクリームを食べるが、この店の季節限定アイスは他の一般的なソフトクリームとは一線を画していると思う。なので道の駅小栗久保川に来たら豚まんの次にマストで食べるアイテムだ。
店の壁に貼られたポスターによると、今の季節はイチゴのソフトクリームがお勧めのようだ。
「ならば、素直にオススメされましょう」
券売機でイチゴのソフトクリームの券を購入する。コーンかカップの二択だが、アイスクリームならカップでもいいが、ソフトクリームなら当然コーン一択だ。
「イチゴのソフトクリーム。コーンで」
「へいまいど」
粋でいなせな店員に券を渡し、待つことしばし。
「あいよ、お待ちどう」
コーンの上に見事なピンクのとぐろを巻いたソフトクリームを受け取ると、紗月は店の前のベンチに腰掛けた。
三月の寒空の下で食べるソフトクリームの何と美味きことよ。香料を使ってイチゴの味だけを模したのではなく、この店は生のイチゴを使っているため酸味と甘味のバランスが見事に取れている。
濃厚なイチゴの味が舌先を――
「……いや、やっぱ寒いわ」
グルメ番組風にして自分をごまかしてみたが、やはり真冬の外でアイスは無理があったか。だが店の前でこれ見よがしにアイスを食べる紗月が呼び水になったのか、アイスを買いに来る客がちらほら現れた。願わくば、このクソ寒い中アイスを食べた愚かさを紗月のせいにしないでいただきたい。
豚まんで温まった体がアイスですっかり冷えてしまったが、これで当初の目的は完遂できた。
「それじゃ、本日のお宿に向かいますか」
バイクに跨り、エンジンをかける。道の駅小栗久保川を出てさらに北へ。目指すは本日の最終目的地、神宮寺前キャンプ場だ。




