13話 反省会
◇
三月十二日(日曜日)。
雨。
午後六時頃。
『で、おめおめと帰ってきたんだ』
紗月の部屋に、友人の高橋美幸の辛辣な声が響く。クローゼットの前には、旅から帰ってきて放り出したままの防水バッグがそのままの形で放置されている。
「言い方!」
スマートフォンに向かって抗議するが、相手は素知らぬ顔である。通話だけなので顔は見えないが。
「しょうがないじゃない。無理して悪化させたら元も子もないし」
『病院は行ったんでしょ? 診断はどうだったの?』
「大したことないって。ただしばらくは安静にしろって言われて湿布もらった」
右膝の靭帯と左膝の炎症は、どちらも軽度であった。紗月は安心するとともに、高い湿布代になったと反省した。
だがそう思えるのは痛みがあった時点で撤退を決断したからだ。もしあのまま無理を押して旅を続けていたら、どうなっていただろうか。最悪、一生後遺症が残ることになったかもしれない。
自分は正しい決断をした。紗月はそう思うことで、不本意な旅の終わりを受け入れたのだ。
『これからどうするの? まだ春休み全然残ってるわよ』
この旅にひと月かけるつもりであったが、たったひと晩明かしただけで帰ってきてしまったので日程はほとんど残っている。足はまだ少し痛むが、逆に言えば問題はそれだけだ。大人しくしている理由はない。
「当然。このまま引き下がるわたしじゃないよ」
紗月がにやり笑うと、電話の向こうで美幸も不敵に微笑んだ気がした。
『そうこなくっちゃ。それで、次の予定は決まってるの?』
「もちろん。自転車でのんびり四国一周はできなくなったけど、今度はバイクであちこち回ってみようと思ってる」
バイクなら足に負担はかからないし、何より一日の移動距離が段違いになる。春休みの残りを使えば四国一周なんて言わず、行きたい所はどこでも行けるだろう。
「ついでに今まで行きたかった所を回ってみようかな」
『ほうほう。例えば?』
「例えば……そう、三大岬」
四国三大岬とは室戸岬、足摺岬、佐田岬の三か所である。それぞれ四国の端に当たる場所なので、行くだけで一日持って行かれる上に行ったところで灯台と海以外特にない、好きな人以外は他に見る所がないがっかりスポットだ。ただ行ったという話のネタにはなるので、一生に一度は行ってみたい場所である。一度で充分だが。
『あ~、あれね~。時間が有り余ってないと行かないよね~、あそこは』
「まあ、こういう機会でもないとね」
紗月は室戸岬だけは過去に一度だけ行ったことがあるが、四国一周弾丸ツーリングの最中だったので、行ったというかトイレに寄っただけでほぼ通り過ぎたのと同じだった。なのでこの機会に一度はゆっくりとバイクを降りて観光してみたい。
「近くにある鯨館も見てみたいし、鯨も食べてみたいな~」
『鯨館で鯨を見た後によく鯨が食べられるな……』
「三大岬は一度に回るの無理だろうから、何度かに分けて行くよ」
『じゃあ明日から行くの?』
「いや、明日も天気がさ……」
スマートフォンで週間天気予報を調べたところ、明日も四国全体雨であった。ロードバイクだけでなくバイクもできれば濡らしたくない紗月としては、雨だとわかっている日はバイクに乗りたくない。
『とにかくまあ、気をつけてね』
「うん、今度はバイクだから、お土産買ってくるよ」
『楽しみにしてる。それじゃね』
「ばいば~い」
見えない相手に手を振ると、紗月は電話を切った。それからクローゼットの前に佇んでいる防水バッグを見て、
「さて、それじゃあ次の旅に向けて荷物の点検でもしますか」
そう言うとバッグを開けて、中身を整理し始めた。




