11話 タヌキの未来に想いを馳せて
◇
三月十日(金曜日)。
午前三時。
深夜の山道を、紗月の自転車が走る。
道のほとんどが下り坂で痛めた膝にはありがたいが、オレンジ色の光を放つ街灯が点在するだけの道をスピードを出して走るのは怖すぎる。なので小まめにブレーキをかけているからスピードはそれほど出ていない。
ヘルメットの上から無理やりつけたヘッドランプは、電池節約のために光量を最低にしているせいで頼りなく、自転車のライトと合わせても視界は悪い。
深夜の薄暗い国道に一人でいると、何だか世界にいるのが自分独りだけになってしまったような錯覚に陥る。そんな陰鬱な気分の夜道で、突如ライトの光に照らされて現れるタヌキの死骸は下手なホラー映画よりも心臓に悪い。
「四国ってマジでタヌキの死骸多すぎ……」
昨日も昼に一匹。今日なんて深夜にもかかわらず二匹もタヌキが車に轢かれて死んでいるのを目撃した。これだけ頻繁に死ぬのに、よく四国からタヌキが絶滅しないものだと逆に感心する。
タヌキの未来に想いを馳せていると、長い下りが終わって徐々に勾配が上がって来た。上りに差し掛かったようだ。
少しでも膝の負担を減らすため、紗月は自転車に乗ったまま坂を上ることを最初から放棄する。
自転車を降りて坂を押して上る。昨日散々やったことだが、昨日と違うのはそのやり方。
昨日は気が急いていたり力が余っていたせいで余計な体力を使い、そのせいで膝に負担をかけてしまったが今日は違う。紗月は昨日の失敗を糧に、余計な力を使わず最適化された動きで自転車を押す。
自転車は、バイクを押すように車体を体に密着させる。そうすれば腕力だけでなく体全体で押せるし、体への負担が軽いからだ。
次に歩幅。坂道は、山を歩くように歩幅を小さく。普段の一歩の半分以下を心掛け、ちょこちょこと小刻みに歩く。これもまた、膝への負担が軽くなる。
春も間近の三月と言えど、深夜の山道は吐く息が白い。街灯に照らされた自分の息を見ながら、紗月は黙々と自転車を押して坂道を上る。
出発してすぐの頃は一晩足を休ませずに出発することに不安を感じたが、サポーターのお陰で今のところ痛みはない。持って来て本当に良かったと思う。
上り坂が終わると、再び長い下りに入る。紗月はすぐには坂を下らず、街灯に照らされた路側帯に自転車を停めた。
「お腹すいた……」
最後の食事から六時間以上経過しているから空腹は当然ではあるが、さすがにタイミングが悪すぎる。
「どこかにコンビニは……ないよね」
道の駅日羽山からここまで一軒も見当たらなかったから、同じ道を引き返している限り結果は同じだろう。
それにこのまま引き返して道の駅日羽山に着いたとしても、どのみち店は開いていない。食料を補給するには市街地に出るしかないが、とてもそこまで我慢できそうになかった。
仕方なく紗月は荷物の中から最後のカロリースティックを取り出すと、夕方膝を冷やすために買ったので今ではすっかりぬるくなったジュースで流し込んだ。
満腹にはほど遠いが、我慢できない空腹ではなくなった。これでまたしばらくは頑張れるだろう。
紗月が再び自転車に跨ると、山の稜線から朝日が差し込んでくるのが見えた。
夜明けだ。
光はゆっくりと夜の闇を追い払っていき、冷えた紗月の体を温めてくれる。
日付はとっくに変わっているが、太陽を見ると今日が始まったという実感が湧く。朝日には、人の気持ちを切り替えてくれる何かがあると思う。
だから紗月は気持ちを改め、ペダルを漕ぎ出す。
さあ、もうひと踏ん張りだ。




