10話 眠れナイト
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三月十日(金曜日)。
午前二時。
夕食が終わると早々に寝袋に入って寝ようとした紗月であったが、疲れた体に反して妙に目が冴えてしまい一睡もできなかった。
原因は膝の痛みもあるが、それよりも問題なのがテントのすぐそばにある自動販売機たちの照明とモーター音である。
普段ほとんど気にかけたことがなかったが、そばで寝てみると厭というほど聞こえるブーンという耳障りな音と、テントの中でも灯りが要らないほど煌々と照らしてくる光は地味に眠りを妨げてくれる。
今度からは耳栓とアイマスクを持ってこようと心に決めるが、とりあえず今晩はタオルを顔にかけてどうにかするしかない。
おまけに時々訪れる車が、紗月の警戒心を刺激する。多くの者はテントが見えるとスルーして通り過ぎてくれるのだが、中にはわざわざ車を停めてテントまでやって来て自動販売機を利用する剛の者がいる。
何より鬱陶しいのがわざと車のエンジンを吹かし、嫌がらせをする者が極まれにいることだ。
まあ本来ならテントを張ってはいけない場所で寝ている自分が悪いのだが、それにしてもわざわざ人の嫌がることをしなくてもいいだろうに。よほど暇なのか厭なことでもあったのか。とりあえず単独で事故って〇ねと紗月は願った。
それにしても、この目の冴えはどうしたことだろう。いくら膝が痛むとはいえ、まったく眠気が来ないのはどうしたことか。
野宿で神経が昂るほど初心なつもりはないのだが、他に思い当たることといったら……
「まさかあのエナドリが!?」
昼間、道の駅日羽山で買ったご当地エナジードリンクのせいだろうか。確かにカフェインが入っているから寝つきが悪くなることあるだろうが、ここまで目と頭がギンギンに冴えるなんて子供じゃあるまいし。
しかし他に思い当たることがないのだから、恐らくあれが原因なのだろう。まるでコーヒーを飲んで眠れなくなる子供のようだと、紗月は我が事ながら呆れた。
眠れないのはともかく、とにかく今は少しでも体を休めるのが先決だ。じっと横になっているだけでも体は十分回復してくれる。そして朝になったら家に帰り、落ち着いたら病院に行こう。
そう決めて目を閉じ、じっと寝転がること三十分。眠気が訪れるどころか、ますます目が冴えてくる。しかも頭がはっきりしているせいで、余計なことばかり考えてしまう。
これはいかん。このままここで悶々としていたら、ネガティブな思考に圧し潰されてしまいそうになる。
こういう時は最後の手段として酒を飲んで無理やり寝てしまえば楽になれるのだが、生憎手持ちに酒はないし、目の前にある自動販売機はどれもノンアルコールだ。
どうする。動くか留まるの二択を迫られた時、紗月は常に動く方を選択してきた。その結果がどうであれ、その方が自分に合っているからだ。
「ええい、予定変更!」
寝袋のまま勢いよく上体を起こすと、紗月は決断した。どうせ眠れないのなら、眠らずに帰ろうと。
そうと決まれば即行動。寝袋から抜け出すとジャージを着替え、荷物の中から必要な物を探し始める。
出てきたのはヘッドランプ。真夜中の山道を行くのに、自転車のライトでは心許なさすぎる。自分の視界確保のためでもあるが、車からもこちらが見えるようにするための灯りなので多すぎて困るということはない。
続いて出てきたのは、もしもの時のために持ってきていた膝用サポーター。保温効果を求めたものではなく、可動部に縫い込まれたバネが動きをサポートしてくれるスポーツ用のものだ。
ズボンの上から左膝にサポーターを装着する。少しきつくめに締めたが、膝をこれ以上悪化させないためにはこれくらいで丁度いい。
膝の動きを確認し、撤収作業に取り掛かる。テントを撤去し自転車の箱に押し込めると、紗月は周囲の掃除を始めた。
「野宿は立つ鳥跡を濁さず。来た時よりもきれいにして帰らないとね」
最後にゴミを残していないか確認すると、紗月は自転車を自販機コーナーから引っ張り出す。
「帰るまでもってくれよ、あたしの膝」
サポーターを巻いた左膝を軽く手で叩くと、紗月は自転車に跨った。
さあ、帰ろう。
本当に個人の感想です。




