罪深きオルターナ
「どこ行ってたモグ―!」
オルターナの姿を見ると、九匹のモグモグ族がキラキラと涙を流して優斗たちのもとへと勢いよく寄ってきた。星空のように強くきらめく極寒の地。
彼らが十匹揃うと、次第に激しい雪は止み、まばゆい彩雲が現れて、辺り一面を美しい野原に変えていった。それはそれは、美しすぎるくらいに眩しかった。
「まるで絵本みたいだ……」
目の前の光景に息をのむ。
その横で一匹だけ赤くルビー色に輝いているオルターナ。明らかに不自然だ。無言で震えている。優斗はオルターナから焦りの気持ちを感じた。
「これはどういうことじゃ。説明するモグー」
「……」
モグモグ族の一番偉い者がオルターナに尋ねた。俯いて黙り込んでいる。
「居心地のよさそうな空だ。オレが照らしたいのはこのような美しい空だった」
フェニキアスは、彩雲の空に焦がれて、そのまま飛んでいった。まるで太陽のように光と影を創りながら。
同時に見えなかったはずの道も現れた。フェニキアスの照らす大地は幻想的に輝いている。その一方で、そうではない道は真っ暗闇だ。極端すぎるくらいに明暗が分かれていた。
「……べちゃったモグー」
「聴こえんぞ」
頭をバッと上げたオルターナの目には大粒の涙があふれていた。あたり一面に水滴が飛ぶ。それは優斗の頬にもかかった。と同時に、彼はオルターナが聖なる泉の宝珠を食べてしまったという情報を知る。
「聖なる泉の宝珠って何? 君、食べちゃったの」
「なんじゃと!?」
それを聞いたモグモグ族たちがざわめく。大人しく様子をうかがっていたエルフィンも、彫刻画のような顔をゆがませた。まるでムンクの叫びのようなポーズだった。
理由はいたってシンプルだ。聖なる泉の宝珠は、女神フォルトゥナの供給するフォルスの行先だからだ。これがなくなっては泉は正常に機能しない。
「でも、どうやって聖なる泉にたどり着いたんだい。ここの住人は全員その在りかを知っているの? だったとしたら宝珠を食べたらだめなことぐらい知っているよね?」
「モグー……」
「あ、ごめんね。泣かせるつもりはないんだ。僕が知りたいのは、聖なる泉の在りかなんだよ。いったいどうやって行けたの。教えて」
「突然、黒い影が我をそこに連れてったモグー。影は言ったモグ。帰りたければ宝珠を食べて見ろって。そうしたら、どんどん後悔の気持ちが出てきて納まらなくなって……モグー!」
大泣きするオルターナ。すればするほど、輝きは増していく。優斗は次第に、オルターナの後悔の気持ちが移ってきてしまった。自身の心が揺らいでいる。大変居心地が悪い。こんなにも目の前のファンタジアが美しく見えるのに。
「女神フォルトゥナ様のフォルスが一か所に集中しておるから、こんなにもファンタジアが美しく見えるのじゃ。しかし、遠くの空を見るモグー。黒々としておる。あぁなんと罪深きオルターナ。さては、デーモンにそそのかされおったな」
ここで、優斗に一つの疑問が生まれる。
「デーモンは魔界のボスじゃないですか。ファンタジアを行き来できたのですか?」
むぅ、と唸ってモグモグ族の一番偉い者はこう言った。
「心に汚れがあれば、デーモンはそれを察知して近づいてくるモグー。行き来する。というより、憑りつくというのが正しかろうな」
「いったいモグモグ族の間で何があったのです」
優斗が未だルビー色に輝くオルターナに問いかけた。彼の心が汚れた理由。それは“つまみ食い”。ガクッとこけそうになるのをこらえて、彼は話を聞いた。
オルターナは、モグモグ族みんなで貯めた食べ物を、出来心で独り占めしたいという気持ちになったのだという。それを咎められていじけていたら、デーモンの声がしたらしい。
「ファンタジアの住人として恥ずかしい奴め。もうお前なぞ仲間ではないモグー」
「そんなーモグー!」
オルターナの心が揺れるたびに、遠くの空が漆黒に染まっていく。きっと女神フォルトゥナのフォルスをオルターナが無駄に消費してしまっているのだろう。
そこで優斗は、一つの提案をした。
「ねぇオルターナ。僕と一に聖なる泉を復活させに行こうよ。名誉挽回しよう」
「そんなことできないモグー」
「大丈夫。ハートナイトの僕と一緒ならできるよ!」
これでいいね、と優斗は、モグモグ族たちに言った。そこで残るのは彼らの不安だ。聖なる泉のフォルスの恩恵が無い地では、モグモグ族やフェニキアスの居場所が再び脅かされることになる。
そしていつ魔物が現れるかもわからない。
彼は考えた。
(そうだ!)
ハートナイトの力で、オルターナの食べた、聖なる泉の宝珠のフォルスの力の一部を宿した剣を創り、それを地面に刺して、泉の代わりにしようという案が浮かんだのだ。
「意外と大胆ですね。罪人を利用するなんて」
エルフィンが、オルターナのうるんだぱっちりな瞳を見ながら言った。それにおびえている様子のオルターナを人形のように抱きかかえる優斗。
「原因は些細なことだったんだ。この子は罪人なんかじゃない。喧嘩両成敗だよ」
「我らは何もしとらんモグー!」
笑ってごまかす優斗。問題はその方法だ。ハートナイトの力をどう使うか。彼の想い、気持ちなどの力が試される。それに加えて想像力も。
「またお呪いでも考えますか?」
エルフィンが言うと、「それはいいアイデアだね」と優斗。しばらく考えた。聖なる泉の力をオルターナから拝借して、地面に定着させる。そのための剣を創る。
どのようなものが良いだろう。格好いい剣。派手な剣。シンプルな剣。大きな剣……。
「よーし!」
優斗の想像が固まった。あとはオルターナと協力して剣を創るだけだ。モグモグ族やエルフィンは、彼がどんなお呪いを考えたのか想像していた。




