救世主としての自覚
優斗に考えるという余裕はなかった。ただ、目の前の光景を見て、襲われているのは可愛いモグモグ族の方だと瞬時に想い、その場で念じた。
(アイツを何とかしなきゃ!)
その祈りは、まるで真っ黒な地面から這い出る蔦のようになり、魔物の動きを封じると、ぎゅっと締め付けた。彼の存在を認知した魔物が優斗めがけてバリバリと見えていないはずの蔦の一部を食い破り無理やり突っ込んでくる。彼は心の底から恐怖を感じた。このままでは殺される。
(来るな! 消えろ、化け物め!)
優斗はバクバク鳴る心臓に手を当てて、目をぎゅっと閉じ、強く念じた――――目を開けると目の前の魔物に、緑色のアウラをまとった槍が深く刺さっていた。悲鳴に近い鳴き声を放つそれは、黒い風に包まれてやがて煤のように消え去ってしまった。
「まぁ、やっと救世主らしいことをしてくれましたね!」
優斗のポケットの中から嬉々として出てくるエルフィン。黒い空間には彼女の虹色の粉がよく目立つ。しかし肝心の彼はどこか浮かない様子をしていた。
「僕、生命を殺めちゃったよ。僕の恐怖の気持ちが強くなって……もっと違う方法があったんじゃないかって思うと……その、すごく気分が悪いんだ」
優斗は心の中で初めて、ハートナイトの力を何かを攻撃することに使ってしまったことが悔しかった。平和的解決。それが叶わなかったから。その事は彼の心を深く傷つけた。悲しい鼓動の音がする。
「いつだって前を向くのが救世主というものです。まずは、宝石化しているモグモグ族をどうにかしてくださいな」
エルフィンは、宝石化しているモグモグ族の周囲をグルグル飛び回っていた。優斗を急かすように。きっとこの子が迷子のオルターナだ。しかし辺りには何もない。どうしてこのような場所にオルターナは来てしまったのだろう。
優斗は自身の影が見えないことに若干の不安を覚えた。真っ暗な空間。それは放課後のロッカーの中を連想させた。誰もいない教室の中で閉じ込められて、必死に助けを求めている自分の姿。その声は届かない。
いつでも扉を開けるのは、優斗を閉じ込めた勝也本人だった。
優斗には、それがなんだか嬉しかったりもした。まだ良心というものがある。和解するチャンスがある。理解者になれる可能性がある。
「――様、救世主様! 聞いていますか」
「あぁ、えっとその。なに?」
完全に自分の心の中に入ってしまいそうになってしまっていた優斗。エルフィンは腕を組んで、「もう、しっかりしてくださいよ!」と、ぷんすか怒っていた。
今は、いじめられていた頃の記憶よりも、目の前のことに目を向けなくては。その時、ベルトの帯にぶら下がっているタイムの入った革袋が銀色に輝いているのが見えた。
優斗は思い出す。オリフィエルのくれたタイムには、たっぷりフォルスがこもっているということを。
「これをこの子に使ってみるよ」
「効果あるのでしょうか」
「やってみる。だって、この世界は想い念じれば、なんだってできると思うから」
「ならばやってみてくださいな。救世主様!」
乗り気なエルフィン。ちょっとずつ女王フォルトゥナの選んだ彼が、ファンタジアの未来を変えるだけの力を持っているという自覚をしてくれている。そのことに喜びを感じているのだ。彼女自身も、自分が選ばれた特別な存在なのではないかという優越感が芽生え始めていた。
「なにか、お呪いのようなもの考えないとね」
「どうして?」
「気持ちを集中させるためだよ」
うーん……と首をひねり考える優斗。その間、魔物は一匹も現れなかった。ただ、何者かの視線を感じる。不気味だ。そんなことを思いつつ、ひらめいたお呪い。それは、
「友達になろうよ」
呪文にするにはあまりにも陳腐なものだった。
「えー。格好悪くないですか」
「良いんだよ。これが僕のスタイルだから」
「……」
優斗は、ごろんと横たわっているモグモグ族に近づいて、体の一部に一枚のタイムを置く。銀色のフォルスがその子の全身を照らし出した。しかしこのままでは消えてしまいそうな輝きだ。
彼は慌てることなく、想い、念じ、語り掛けた。
「友達になろうよ」
(さぁ、迷子のオルターナ。助けに来たよ。僕の声が聴こえたら君の声を聴かせて。安心して。それまでずっと呼び続けるからね)
今度は目を開いたままで。モグモグ族の姿を見失わないようにと、真剣な目で祈り、ずっと語り続けていた。暗闇に鳴り響く優斗の声。しばらくして、変化が訪れた。
「――グ……るしてモグー……」
「あ。喋りましたね!」
宝石化したつぶらなリスのような瞳から、キラキラと涙があふれ出ている。優斗が瞬きをすると、宝石で覆われていたモグモグ族は、音を立ててその殻を破いた。砕け散る宝石は地面に転がっていた。そしてそれは、無限に広がる闇に吸収される。
まるで得体のしれない何かが、光り輝く宝石の欠片たちを呑み込むようだった。しかし暗闇は暗闇のままだった。優斗たちは一刻も早くここから抜け出したいと考えた。
「大丈夫。僕が君を仲間たちの所へと運んであげるから」
「……」
ヒュルルとゆっくり飛びつつ優斗の肩に掴まるオルターナ。その顔はどこか申し訳なさそうだった。ぱっちりおめめが潤んでいる。
怖がっているのであろうと思った彼は、オルターナの背中を撫でた。
――想い、念じる。
(迷子のオルターナを仲間たちのもとへ!)
開けばそこには、メラメラ燃えるフェニキアスとモグモグ族たちがいた。




