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シールの魔女は婚約破棄されたので、魔女業に専念することにしました!  作者: 江本マシメサ
第三章 ユベール卿の課題

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妖精の呪いについて

「そもそも、誰が子ども相手にフェアリー・リングについて教えたのか……」

「記憶にないそうです」


 妖精は時として人間に残酷な仕打ちをする。

 物語に登場する善良な妖精なんて、ごくごくわずかなのだろう。


「十一年前の、オーベルジュ大公家の領地での集まり、と言っていたな?」

「はい」

「おそらく私もいたのだろうが、記憶が乏しい」


 ユベール様も当時は九歳。しっかり覚えていないのも無理はないだろう。


「領地に行けば、参加者名簿や、フェアリー・リングがあった場所など調査できるだろうが、まずは皮膚シールの作成からだな」

「ええ」


 皮膚シールに必要なのは、人の肌に近い素材である。


「たしか西部地方に、〝スキン・スライム〟と呼ばれる魔物がいたはずです」

「スキン・スライムか。初めて耳にする」

「スライムの中でも珍しい種類のようです」


 人間の肌のようにぷるぷるで、繊細な触り心地だという。

 数が少ないからか、ギルドで素材集めを依頼しようとしたら、かなり期間がかかる上に支払う報酬も高額となるだろう。


「自分で探したほうが手っ取り早い、というわけか」

「ユベール様の協力がある前提になりますが」


 自分で素材集めたら安上がりとなるが、その分危険も伴う。

 素材を探したり、採取したりするときも隙が生じるので、自分一人で出かけようとはとても思わない。


「他に、どのような素材が必要となる」

「そうですね――」


 スキン・スライム表皮と水果実、黄金鶏の三つが皮膚のシールの素材となる。


「黄金鶏というのは高級食材か」

「ええ、そうなんです」


 たまに王都でも入手できるのだが、確実ではない。


「もしかしたら実家の料理長が伝手を持っているかもしれないから、聞いてみよう」

「お願いします」


 水果実は王都から馬車で三時間ほどの場所にある、〝トネリコの森〟にあるだろう。

 あの辺りは魔物が多いので、ユベール様の同行をお願いしたい。


「西部地方はオーベルジュ大公家の領地に近いゆえ、先に水果実を入手してから、スキン・スライムを探すルートがいいだろう」

「そうですね」

「出発はどうする?」

「なるべく早いほうがいいのですが、ユベール様のご都合に合わせます」

「わかった。ならばこれから料理長に黄金鶏について聞いてくるゆえ、準備もあるだろうから、出発は二時間後としよう」

「よろしいのですか?」

「ああ」


 なんというフットワークの軽さなのか。

 一刻も早くアデールの悩みを解決したいので、本当にありがたい。

 そんなわけで、皮膚シールの素材探しにユベール様と出かけることとなった。


 シール堂まで送ってもらったあと、レディ・ヴィオレッタに事情を説明する。


『また出かけるのだな』

「はい」

『コゼットはどうする?』


 話を聞いていたコゼットは、瞳をキラキラ輝かせていた。


「コゼット、一緒に行きますか?」

『きゅう!!』


 留守番ばかりなのも退屈だろう。シュシュの中にいたら安全だろうし、今回は一緒に連れて行くことにした。シュシュもやる気があるのか、帽子掛けにかかった状態で左右に揺れていた。


「シュシュもお願いしますね」

『わかった!』


 レディ・ヴィオレッタには、姿消しの魔法を使って捜索していた魔法使いについて報告しておく。


「例の魔法使いは、オーベルジュ大公家の密偵だったそうです。アデールが私を探すために放っていたそうで」

『そうであったか』


 レディ・ヴィオレッタは腑に落ちたような様子で言葉を返す。

 なんでも悪い気は感じていなかったようだが、私が油断しないように伝えていなかったらしい。


『どんな相手でも、いつ牙を剥くかわからぬからな』

「そうですね」


 親元を離れ、師匠からお店を引き継ぎ、庇護者がいない状態なので、いつでも警戒を怠らないようにしなければ。


「それはそうと、聞きたいことがあるのですが」

『なんぞ?』

「フェアリー・リングと呼ばれるものについて、何かご存じでしょうか?」


 聞いた瞬間、レディ・ヴィオレッタの眉間に深い皺が寄る。


『フェアリー・リング……。あれは人間が介入してよいものではない。妖精が無邪気に唄い、踊っているだけに見えるが、その多くは儀式だからな』

「儀式、ですか」

『ああ。その土地を拠点とし、魔力の供給を受けるために必要とするようだ』


 妖精達にとっては大切な儀式で、それを邪魔されたのでアデールは呪われてしまった。


『いきなりどうした?』

「いえ、アデールがフェアリー・リングに近づき、妖精達の呪いを受けてしまったようで」

『もしやそのマチルドの孫娘が、結婚できないとかなんとか言っていた原因は、それだったのか?』

「はい」

『難儀な話ぞ』


 レディ・ヴィオレッタは小首を傾げている。


「何か気になりましたか?」

『いや、妖精が人里の近くを拠点にするというのは、珍しいと思ってな』


 なんでも妖精達が好むのは、魔力が豊富な森の奥地。

 基本的に人が住む場所は、魔力の濃度が薄いので寄りつかないという。


「湖の近くだと聞いていたので、もしかしたらオーベルジュ大公家の湖が特殊なのかもしれません」

『たしかに、それは言えるな』


 湖は魔力を多く貯蔵しており、聖水が湧き出ることもある。

 オーベルジュ大公家の湖はそういう特殊なものである可能性もあるのだ。


『現地を調査しない限りは、なんとも言えないわけか』

「そうですね」


 素材探しと妖精についての調査は、数日かかるだろう。

 急いで荷物をまとめなければ。

 着替えに軽食、シール、あとはコゼットが大好きな蜂蜜も忘れずに。

 コゼットのお気に入りクッションも持って行こう。

 旅先でリラックスできるものがあれば、のんびり過ごせるだろうから。


「シュシュは、その、帽子掛けを持って行きますか?」

『うん!』


 お気に入りの帽子掛けを持ち上げ、シュシュの中にぐいぐい入れ込む。

 槍で攻撃しているような体勢になってしまう。

 誰かに見られたら誤解されてしまいそうだ。

 なんて考えている間に、ユベール様が転移魔法でやってくる。

 帽子掛けを握ってシュシュに突き刺しているように見える私を、不思議そうな目で見つめていた。


「何をしている?」

「鞄妖精のシュシュが、旅先に帽子掛けが必要だと言いましたので」


 シュシュは一気に帽子掛けを呑み込むと、小さく『けぷ!』と息を吐いていた。


「鞄の妖精か。初めて聞いたな」

「特殊な子のようで」


 ユベール様が丁寧に名乗り、挨拶をすると、シュシュは『どうも』と小さな声で言葉を返す。

 人見知りでもしているのか。

 一方、コゼットは元気よく登場し、ユベール様にも『きゅう!!』と片手を挙げて挨拶していた。


「幼竜はすっかり元気だな」

「ええ」


 毛並みもつやつやで、触るとモフモフで気持ちがいい。

 モーティアルフリュケット・ドラゴン――略してモフ竜の本領を発揮している。

 そんなコゼットは、どこから持ってきたのか、蜂蜜の小瓶を小脇に抱えていた。


『きゅう!』

「コゼットの蜂蜜は持ちましたよ?」

『きゅううん』


 どうやら私が旅の準備をしているのを見て、自分もしたいと思ったらしい。

 蜂蜜の瓶を持ち歩きたいようなので、ハンカチで包んで首に巻いてあげた。

 すると、飛び跳ねて喜んでいる。


支度したくは調ったか?」

「はい!」

『きゅう!』


 出発前にレディ・ヴィオレッタに「行ってきます」と言おうとしたが、すでに姿はなかった。


「レディ・ヴィオレッタ、行ってきます。シール堂を任せますね」


 どこかで聞いているだろうと思ってレディ・ヴィオレッタに声をかけてから、出発したのだった。

 

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