アデール嬢のこれまでについて③
婚礼衣装の問題だけではないという。
「おそらくナゼルは、わたくしの呪いを見ても、最終的には受け入れてくれるかもしれません。わたくしを傷つける言動は絶対にしない、そういう男性なんです」
けれどもブルジェ伯爵以外の人達に隠し通すのは難しい。
結婚したら、入浴の手伝いや着替えなど、侍女やメイドなどに肌を見せる機会が増える。
そのため隠し通すことは不可能なのだ。
「ブルジェ伯爵の妻は呪われている――そんな噂が流れたら、わたくしはナゼルに申し訳なく思ってしまうでしょう」
ドレスだって背中が開いている意匠を避け続けていたら、それも社交界の人々の目には奇異として映るという。
ブルジェ伯爵夫人は流行りに疎く、野暮ったいドレスばかり身に纏う、気の利かない女性だ。
そう噂されるのは目に見えているのだろう。
「どう考えても、わたくしはナゼルと結婚はできません」
未来で起こりうるであろう、さまざまな出来事を想像し、出した答えが結婚を白紙にすることだったのだろう。
アデール嬢は私が贈ったシールを見つめながら、悲しげな様子で言う。
「化粧の白粉みたいに、呪いを隠すことができたらよかったのですが……」
その言葉を聞いてハッと気付く。
「アデール嬢、シールの魔法ならば、呪いを隠すことができるかもしれません!」
「シールの魔法?」
「ええ! 傷口の上から貼って、治すことができる回復シールと呼ばれるものがあるんです」
そうだ、そうだった!
シール魔法は、もともと悪いものを封じるものだったのだ。
「あの、よろしければこの回復シールを試してみませんか?」
「しかし、これまでどんな回復魔法でも効果を発揮しなかったのですが」
「ユベール様は魔王から受けた呪いのような傷が、回復したんです」
「まあ!」
「効果はあるかわかりませんが」
「でしたら、試してみたいです」
ダメ元で回復シールを試してみる。
侍女達を呼び、ドレスを寛がせてもらった。
「ごめんなさい、わたくしの背中を見たら驚くかもしれませんが」
「――!」
アデール嬢の背中は火傷をしたように皺が寄り、変色していた。
「なんて酷いことを……!」
絶対に治してほしい。
そんな願いと共に回復シールを貼ってみる。
貼った瞬間、魔法陣が浮かび上がって輝きが背中を包み込む。
「ああ、なんて温かいのでしょう」
ほう、と安堵するような吐息が聞こえた。
侍女達からも、期待の眼差しが集まる。
しかし――。
「ああ……残念ながら、効果はありませんでした」
浄化シールを試してみたものの、結果は同じ。
「申し訳ありません」
「いいえ、どうかお気になさらず。メーリス様のシール、とても温かくて、心地よかったです」
今日はヒリヒリと痛みがあったようだが、引いてなくなったという。
「ありがとうございます」
少しでもアデール嬢を楽にすることができてよかった。
けれどもどうしてユベール様は効果があったのに、アデール嬢の呪いを消すことはできなかったのだろうか?
「討伐された魔王と、まだこの世に生きている妖精の違いではありませんの?」
「そうかもしれません」
ただ、痛みを軽減させることはできたのだ。まったく無効というわけではない。
他に何かシールがないか考えてみる。
すると、ピンと閃いた。
「ああ、そうだ! 作ったことはありませんが、傷痕などを隠す、皮膚シールと呼ばれるものがあったはずです!」
皮膚シールがあれば、アデール嬢の背中の呪いを多い隠すことができるはず。
「材料がないので探しに行く必要があるのですが」
勢いに任せて言ってしまったのだが、アデール嬢は不快になっていないだろうか?
そう思って彼女のほうを見ると、目を見開いていた。その瞳は潤んでいる。
ぱち、ぱちと瞬きすると、ぽろりと涙が零れた。
そんなアデール嬢の様子を見てギョッとしてしまう。
「あ、あの、ごめんなさい! 突然こんな相談をして、びっくりしましたよね?」
「いいえ、違います。これは嬉しい涙、ですわ」
この呪いは魔法に精通した魔法医も匙を投げていたことだったようで、アデール嬢は打つ手は何もないと思っていたようだ。
「その、材料が特殊なので、絶対にできる、とは言えないのですが」
「なんとかしよう、と考えてくださるメーリス様のお心が、嬉しかったのです」
アデール嬢は私の手をぎゅっと握り、淡く微笑みながら感謝の言葉を口にする。
「ありがとうございました」
「いえ……お役に立てたらいいのですが」
「お気持ちだけでも、十分ですわ」
ただ、皮膚シールを完成させるためには、いくつか懸念点がある。
「材料があるであろう場所には、おそらく魔獣がいるでしょう」
魔王が滅びたあとでも、各地で凶悪な魔獣が目撃されているという。
そんな中、のこのこ素材集めに行けるほど私は能天気ではない。
「ユベール様に協力をお願いしたいのですが」
危険な場所に付き合ってもらうのだ。彼にも事情を話す必要があるだろう。
「わかりました。ユベールお兄様のお口は硬いでしょうから」
「すみません、婚約者であるブルジェ伯爵にも言ってないことでしたのに」
「でしたらその代わりに、お願いがありますの」
「なんでしょう?」
いったいどんなことをお願いされるのか。
まったく想像できず、少し構えてしまう。
「わたくしと、お友達になっていただけますか?」
「お友達、ですか?」
「ええ」
まさかの申し出である。
「あの、私でよろしいのですか?」
「はい」
アデール嬢の友人として私は相応しいのか、なんて思った。けれども彼女は私を友人にと望んでくれた。
「わかりました! その、今日からアデール嬢と私はお友達です!」
「ありがとうございます」
お互いに、呼び捨てで呼び合うことにした。
アデール嬢改め、アデールと手と手を握り、これから仲よくしようと誓いあったのだった。
「アデール、聞きたいことがいくつかあるのですが」
「なんですの?」
「その、師匠……アデールのお祖母様が魔女であることは知っていたのですか?」
「存じておりました」
シールの魔女であることも把握していたという。
「呪いについては、相談されなかったのですか?」
「ええ。情けない話なのですが、わたくしは幼少期の頃から、お祖母様を少し苦手に思っているところがありまして……」
いつもニコニコしているが、腹の中では何を考えているのかわからず、笑顔の裏で見透かされているような気持ちになり、近寄りがたい存在だったという。
「お祖母様は生粋の貴族女性ですので、呪われているからナゼルと結婚したくない、と言ったら酷く叱られてしまうと思っていましたの」
アデールは他人の感情の、裏の裏を読んでしまうところがあるのだろう。
それゆえに、裏表のないブルジェ伯爵に惹かれたのかもしれない。
「メーリスから見た、お祖母様はどんな感じでしたの?」
「優しいお方ですよ」
さらに懐に入ってきた人達は、とことん甘やかす。
アデールも師匠に頼っていたら、早い段階で助けの手が差し伸べられていただろう。
「お祖母様のことをずっと避けていたので、時が訪れたら、いろいろとお話ししてみたいです。そのときは、一緒に来ていただけますか?」
「もちろん!」
師匠とアデールはきっと気が合うはずだ。
その橋渡し役ができたらいいな、と思った。
もう一点、アデールに聞きたいことがある。
「十一年前、アデールにフェアリーリングについて教えた男性がどなたか、覚えていますか?」
「いえ、それがまったく記憶に残っていなくて」
「そう、でしたか」
その人物にフェアリーリングについて聞けたら、呪いの解明に役立つと思っていたのだが。
まあ、今回はアデールから話を聞き出せただけでもよしとしよう。




