アデール嬢のこれまでについて②
「幼少期のわたくしは、絵本が好きなごくごく普通の少女でした」
大人達の間にも入って、お喋りすることもできていたという。
「今となっては、その当時の自分自身の行動力を恐ろしく思うのですが……」
そんな幼少期を送っていたアデール嬢に変化が訪れたのは、八歳のときの話だったという。
「オーベルジュ大公家の領地で晩餐会があり、わたくしは招待客の一人一人に、どこから来たのか聞いて回っておりました」
その中で、アデール嬢の興味を引くような話をしていた男性がいたという。
「なんでも満月の夜、澄んだ湖の畔に〝フェアリー・リング〟と呼ばれる、妖精達の宴が開催されている、という話を聞きました」
妖精に関する絵本を読んだばかりかつ、オーベルジュ大公家の裏庭には湖があるので、アデール嬢は強く興味を引かれたという。
夜、外に出かけてはいけないと言われていたため、見に行きたいと言っても反対されてしまう。
それがわかっていたアデール嬢は、屋敷を一人で抜けだし、フェアリーリングを見るために裏庭の湖を目指したようだ。
「幼い子どもの足で三十分ほど歩いた先に、湖はありました」
湖の畔に淡く光る輪っかができているのを発見すると、アデール嬢は嬉しくなって、駆けよっていったという。
「妖精達はいました。踊り、唄い、輪になって、楽しげな様子でいたのです」
けれどもその宴に、人間が近づくことをよしとしなかったようだ。
「妖精達は怒り、わたくしに呪いをかけました」
「呪い、ですか……」
背中が焼けるように熱い!! アデール嬢はその場に倒れ、苦しんだという。
「一歩も動けなくなったわたくしを助けてくれたのは、ナゼルでしたの」
当時から婚約者だったブルジェ伯爵は、屋敷にアデール嬢がいないことに気付いて、探して回っていたという。
ブルジェ伯爵は苦しむアデール嬢をおんぶし、屋敷へと戻っていった。
まず、燃えるような熱を持つ背中を医者に見せたものの、火傷のような痕はなかったようだ。
代わりに、高熱に苦しむことになったという。
「それから十日間もの間、わたくしは熱に浮かされ、意識も曖昧となり、一時期は生死も彷徨ったそうです」
屋敷に戻ってすぐは、アデール嬢のご両親も怒っていたという。
けれども容態が悪くなるにつれて「生きてさえいればいい、どうかアデールを助けてください!!」と祈るようになったようだ。
そんな両親の様子を見て、幼いアデール嬢は自分の命は危ないのかもしれない、と思ったそう。
「なんとか元気を取り戻したものの、わたくしはたくさんの人達に迷惑をかけてしまいました」
すべては大人の中に割って入り、余計な話を聞いてしまったからだった。
そう反省したアデール嬢は、これからは控えめに生きるべきだと思うようになったという。
「妖精達の呪いも、十日間にも及ぶ原因不明の熱だと思っていました」
けれどもそれは違った。
変化は事件の一年後より見られるようになったという。
「最初に気付いたのは侍女でした」
アデール嬢の背中に、濃いシミのようなものがぽつんと浮かんでいたという。
「シミになった部分はカサカサしていて、まるで火傷が治った痕のようなものだと、お医者様が話していました」
火傷を負うようなことは何もなかった。
不思議でならなかったが、薬でも塗っておけば治るだろうと、このときは誰もが思っていたという。
けれどもそのシミはどんな薬を使っても治らないどころか、その翌年にはそのシミがさらに広がっていたのを侍女が発見した。
「それから背中のシミはどんどん広がり――今は背中が真っ黒になるくらいの規模だそうで……」
それが妖精の呪いだったのだ、とアデール嬢は気付いたようだ。
「長年、背中を見ることを避けておりました。怖くて……!」
けれども婚礼衣装が背中が開いたデザインだとわかると、アデール嬢は自分の背中を確認しなくては、と思ったという。
「侍女が合わせ鏡にして見せてくれたのですが、背中は思っていた以上に酷い状態でした」
火傷を負ったように焼けただれたようになっていて、目を背けたくなるような状態だったという。
「長年、侍女はシミと表現しておりましたが、シミなんてかわいらしいものではありませんでした」
侍女は最大級に気を遣い、シミだと言ったのだろうとアデール嬢は振り返る。
「妖精達の呪いを目の当たりにした瞬間、わたくしはこんな体でナゼルと結婚なんてできない、と思ってしまい……!」
耐えきれなくなって、ブルジェ伯爵に婚約を解消するように申し出た。
けれどもブルジェ伯爵は応じてくれなかったという。
「ナゼルに背中を見てもらえば、結婚を諦めてくれるはず……そう思っていたのに、できませんでした」
婚約は解消しても、嫌われたくない。そんな気持ちがどこかにあったのだろう、と当時の感情をアデール嬢は振り返る。
「周囲からの説得に耐えきれなくなって、わたくしはあの日の晩、衝動的に屋敷を飛びだしてしまいました」
それが、アデール嬢がブルジェ伯爵との結婚を拒否し、夜の街に飛び出していった理由だったようだ。




