馬車に乗って
馬車に乗って気付く。
こうしてエスコートをされて乗ったのが初めてだと。
さらに、婚約者から馬車で迎えられるのも初めて。
そう、マケールは私を呼びだすとき、基本的に現地集合、現地解散だった。それが当たり前だと思っていたのだが――。
「どうした?」
「その、ユベール卿、シール堂にまで馬車を送ってくださり、ありがとうございました」
「礼には及ばん。婚約者を送り迎えすることなど、当たり前のことだから」
「そうだったのですね」
マケールに百万回は聞かせたい言葉だった。
「それはそうと、アデールに会う前に、私達は互いの呼び方について、見直さなければならないだろう」
「呼び方、ですか?」
「ああ」
現在、私は彼を〝ユベール卿〟と呼んでいる。
通常、騎士を呼ぶときは家名に卿を付けるのが普通だ。
師匠が名前で呼ぶので、ついついつられて「ユベール卿」と呼んでいたのだ。
「申し訳ありません。〝オーベルジュ卿〟でしたね」
「いいや、違う。私はもう騎士ではないゆえ、卿を付けて呼ばなくていい」
「では、オーベルジュ様、とお呼びしますね」
「それも違う」
ユベール卿は腕組みし遺憾なり、と言わんばかりの表情で私を見てくる。
「今後、私のことは名前で呼べ。そうでもしないと、本当に婚約者同士か疑われてしまうだろう」
「言われてみればそうですね」
マケールとは子ども時代からの付き合いだったので、自然と呼び捨てにしていた。
けれども同じようにユベール卿をそういうふうに呼ぶのは恐れ多い。
「では、ユベール様、とお呼びしてもいいでしょうか?」
「様は必要ないのだが」
「様を付けるのは、ユベール様に対する尊敬の気持ちからです!」
そう訴えると、「そうだったのか」と納得してくれる。
「では、今後はユベール様、とお呼びしますね」
「わかった。メーリス嬢は――」
「メーリス、でお願いします」
「私も名を呼ぶときに尊敬の意を込めたいのだが」
「あの、大丈夫です! どうしてもしたいとおっしゃるのならば、別の形で示してください!」
私が必死になって訴えるのが面白かったようで、ユベール様は肩を揺らして笑い始めた。
普段はすん! としていて大人っぽいのに、笑ったときは少年みたいに無邪気に見える。
そのギャップに、キュンとときめいてしまった。
「では、メーリス」
「はい」
「これから頼む」
「こちらのほうこそ、よろしくお願いします」
急ごしらえの関係であるが、アデール嬢の悩みを聞き出せるよう頑張りたい。
「実は今日、アデール嬢に贈り物を用意したんです」
「何を持ってきた?」
「化粧のシールなんです」
「なるほど。いい品だ」
アデール嬢は身支度が面倒だと言って、出かけるのを渋る日があるようだ。
「それがあれば、少しだけ外出をする気になるかもしれない」
「ええ、そうだといいですね」
ユベール様も私と同じように、手作りの贈り物を用意してきたという。
「好きな場所に行ける転移の魔法札を作ってきた」
「まあ、素敵な贈り物ですね」
「だろう?」
シールと魔法札、まるで話し合って用意したような贈り物である。
アデール嬢が喜んでくれるといいな、なんて話しているうちに、目的地に到着した。
貴族街の北部にある、立派なお屋敷。
ここはオーベルジュ大公家の本邸ではなく、別邸だという。
アデール嬢のご家族が暮らしているお屋敷だそうな。
屋敷の敷地内にも馬車が入ることができるくらい広く、庭は迷子になりそうなくらいの規模だった。
玄関の前で停まり、御者が扉を開いてくれた。
先にユベール様が下りて、続いて私もと思ってステップに足をかけようとした瞬間、「失礼」と声がかかる。
「はい?」
返事をしてすぐに、体がふわっと浮かんだ。
あろうことか、ユベール様が私を抱き上げ、馬車から降ろしてくれたのだ。
「え、あの、どうしてこのようなことを?」
「メーリスへの尊敬の気持ちを、別の形で示してみた」
「なっ――!?」
尊敬をこういう形で示すのはありなのか!?
抗議しようとした瞬間、玄関の前に誰か立っているのに気付いてしまった。
「あ、あの、ユベール様、後ろにその……」
ユベール様は私を下ろしたあと振り返る。
「ナゼルじゃないか」
「よう、我が友よ」
どうやら彼が、アデール嬢の婚約者であり、ユベール様のご友人でもあるナゼル・ド・ブルジェ伯爵だという。
私達がやってくるのを、外で待っていたようだ。
「ユベール、お前が婚約したと聞いて、絶対に嘘だって思っていたんだ」
「なぜ?」
「アデールから結婚を取りやめにする理由を聞くために立てた、仮の婚約者に違いないだろうってね」
鋭い指摘に、胸がドキッとする。
さすがユベール様のご友人である。
「しかし、心配は杞憂だったな。お前が婚約者に甘々な男だったとは、夢にも思わなかった!」
ユベール様の、私への尊敬の意から出てきた行動が、本当の婚約者同士であることの証明になるとは……。
恥ずかしい思いをしたものの、無駄ではなかったということだ。
「アデールは?」
「憂鬱そうな様子で部屋にいる」
「わかった」
ついに、アデール嬢と面会が叶うようだ。




