第26話:キャンプの定番
「何をしているんだ?」
ベントレーが仕込みが終わって、肉を燻す工程に入ったからかこっちの様子を見に来た。
そして、僕の手にあるお皿を見てため息を吐いている。
確かに、もうすでに鍋の中に必要な材料は全部入っている。
そして、それは彼も確認済みだ。
ジトッとした目を、こっちに向けられる。
「その肉を、カレーに入れるのか?」
「あー……バラ肉は焼いて食べる用かなー」
うん、モモ肉だけでカレーは十分だよね。
投げられたからつい、切ってしまったけど。
よくよく考えたら、バラ肉の使い道……
料理に関しては、ベントレーは若干厳しいから下手な答えは。
「ついでにバーベキューもやるか。短時間で作った燻製ならソテーにした方が美味いだろうし。カレーは、まあ夜に回してもいいしな……なんなら魔法で冷やしておけば傷まないだろうから明日の昼でも」
俺の困った様子に色々と察したのか、ベントレーの方から提案してきた。
それからベントレーが手際よく、準備を整えていく。
バーベキューコンロはどうするのかな?
ベントレーがチラリとディーンの方に目配せしている。
そしてディーンが頷くと……茂みに。
なぜかその茂みの奥に、たくさんの煉瓦っぽい石があるとわざとらしく報告してきたが。
手に網を持って。
「網だけじゃなくて、鉄板も欲しいところだが……」
ベントレーが戻ってきたディーンの方を見ながら、そんなことをつぶやく。
ディーンが分かってますよとばかりに嫌な笑みを浮かべて、茂みに入って少しして出てくると今度はその手には鉄板が。
なんだろう、あの茂みは四次元ポケットか何かなのだろうか?
「ディーンに対して何か思うところがあるのかもしれないが、マルコも大して変わらないからな?」
「えっ?」
ベントレーに言われて、改めて考える。
確かにディーンは家の人に荷物を持たせて、連れてきている。
それって、どうなのと思っていたけど。
もし、これがベントレーやヘンリーだけだったら?
普通にマサキに頼んで用意してもらったり、管理者の空間から取り寄せたり……
というかそれ以前に前回ガードの町で冒険者ギルドの依頼を受けた時に、管理者の空間経由であれこれと物を取り寄せたりしたような。
「まあ、簡単に行う方法があるのに、敢えて手間を取るのは阿呆のやることだとは思うが……レジャーのキャンプなら、そういった苦労込みで楽しむのも悪くない。だからどちらが正解とまでは言わないが、マルコがそんな視線をディーンに「分かった! ベントレーの言いたいことは、よく分かった」」
うん、ディーンがズルをしたと思っていたが、楽をしただけだ。
そしてベントレーもまた、そんなディーンを頼って必要な物をそろえただけ。
うん、最初から鉄板が必要だと思ってなかったわけだし。
当初から、鍋物の予定というか……カレーの予定だったから。
「大丈夫さ。食べてくれる人はたくさんいるからな」
そう言って、茂みの方やらソフィア達の護衛の方に目を向ける。
彼らにも振舞う予定のようだ。
彼らは彼らで、何かしらの食事を用意しているとは思うのだけれども。
そしてベントレーが加わったことで、調理が一気に手際よく進んでいく。
チラリと、ディーンの方を見る。
なんだろう、不動の構えとばかりに寝椅子に座って本を読み始めたけど。
もう少し、こう姿勢だけでも。
ヘンリーは……ジョシュアに何やら声を掛けている。
「なんだか、俺たち邪魔みたいだな」
「なんで、僕まで巻き込むのかが、分からないけど」
確かに邪魔とまでは思わないけど、役には立っていないか。
女性陣もベントレーの指示を受けてテキパキと動いている。
僕は……ひたすら、素材を斬る係だけどね。
うん、切るんじゃなくて斬る係。
彼らの仕事は、ここにはない。
だからか、居場所が無くなったのがヘンリーだ。
同じように特にできることがなくなったジョシュアを連れて、調理班の輪から少しずつ離れていくのが見える。
いやいや、他にもやること何かあるでしょ?
「へ「ヘンリー! こら、逃げるな! みんなで、料理するんでしょ!」
呼び止めようとしたら、エマが僕よりも大きな声でヘンリーを呼び止めていた。
少しびっくり。
まさか、エマがヘンリーを率先して呼び止めるとは。
完全に、エマの中でヘンリーは赦されたのかな?
「いや、俺達がいてもあまり役に立ちそうにないからさ……テーブルの準備とか、あとは何かできることがないかなと」
「俺達って……だから、僕を勝手に仲間にしないでくれる?」
「じゃあ、ジョシュアは何ができるんだ?」
「……皮むき?」
すでに持ってきた野菜の大半の下ごしらえは終わって鍋に投下した状態で、ジョシュアはなんの皮を剥くつもりだったのだろうか?
「マルコが殆ど終わらせてたぞ?」
「いや……まあ、行商とかもするなら、多少は野外での調理スキルも必要だと思わない?」
「いや、そうだけどさ、この面子でジョシュアがいても、かえって足手まといだろう。素材を切るのは圧倒的にマルコが早いし、料理の手際に関してはベントレーがダントツだしな」
「ちょっとヘンリー! なんで、そこで女子の名前が出ないのよ!」
ヘンリーの言葉に、エマが憤懣やるかたないといった表情を浮かべている。
ソフィアが苦笑いしているがその顔には少し影があることから、彼女も少なからず傷ついたのかな?
アシュリーとクルリは……
気にしてないか。
「クーデル様はねえ……あれはもう別枠というか、家庭料理なら私たちの方が得意よね?」
「まあ、アシュリーは家が喫茶店ですから、流石に手際が良いなって感心しちゃう」
「クルリも家の手伝いを、しっかりしてるのが見てて分かるよ? それに、開拓地での現地調達での食材の処理をよく見てきたからか、野草関係の処理も完璧だし」
アシュリーも色々と勉強したからか、ベントレーやジョシュアは家名で呼んでいる。
ヘンリーは、幼い頃にも紹介しているし。
本人の希望で名前呼びだが。
アシュリーとクルリの会話を聞いて、エマとソフィアが少し小さくなっていってる。
まあ、貴族の女性が自ら調理をするかと問われたら、首を傾げてしまうな。
特に家格が上がれば上がるほど、水仕事とは疎遠になるだろうし。
伯爵家令嬢なんか、生涯にわたって家事をするイメージが湧かないな。
そういえば、僕自身お母様の手料理って、数えるほども食べた記憶が……
全くないってわけじゃないけど、ほぼ料理人の作った料理だった。
そんなこんなで、料理が完成したわけで。
いや、完成したのかな?
カレーを煮込んでいる間に、バーベキューが始まったわけだけど。
これ、僕のカレーに出番はあるのだろうか?
なんだったら、左手で吸収して保管して明日、右手で出した方が……
マサキが管理者の空間で、鼻で笑うのを感じる。
うん、本当にディーンをどうこう言う資格無いな。
「ほら、肉食え肉」
「えっ、あっ……はい、ありがとうございます」
ベントレーがトングで肉や野菜を皆に振舞っている。
ふふ……クーデル伯爵家の次期当主が平民のアシュリーやクルリにもおさんどんさんをやってるのを見て、つい吹き出してしまった。
クルリが恐縮しながらも皿を差し出しているあたり、彼女も大物だな。
「クーデル様、私が変わりますよ」
「いや、こう見えてバーベキューにはうるさくてね。人に任せると、つい口を出してしまうから」
「でしたら、指示いただけたら」
「はあ……俺も今じゃマルコやヘンリー寄りだからね。別にベントレーと呼んでもらって構わないし、そう畏まらないでもらえると嬉しいかな?」
……マルコやヘンリー側ってどういう意味だろう?
というか、ヘンリーと同列に並べられるのは、モヤッとする。
「えっと……」
「親が貴族だが、俺は俺だ。マルコだって、スレイズ様の功績と自分の価値は切り分けているし、ヘンリーだって自分の力で自分の立ち位置を示そうとしている。俺も、俺という一人の人間として人と接していきたいからさ」
「なるほど、分かりました。じゃあ、改めてよろしくお願いします」
「うん、理解してもらえてうれしいよ」
どうやら、ベントレーもアシュリーを受け入れてくれたようだ。
「君も、そろそろ慣れてくれると嬉しいかな? 何度か顔を合わせたこともあるわけだし」
「えっ、あっ……はい」
それからクルリのお皿に自然な流れで肉と野菜を置きながら、ベントレーが微笑みかける。
クルリが少し頬を染めて顔を背けつつ返事をしていたが、まあ……なんというか。
クルリはこう見えてシャイなところがあるからな。
それにベントレー、ルックスがかなり良いから。
そういった意味で、少し距離感があるのではなかろうか。
僕と違って、なんというかビジュアル的に近寄りがたい部分が……特に、妙に悟って大人びている彼は、同級生の中でも身に纏うオーラまで一段階上というか。
でもって、人を身分や職業で差別することもなく、たとえ誰が相手でも良いところを見つけようとする。
ふふ……賢者は愚者からも学ぶを地で行く彼が、校内でもモテるのは当然だろう。
昔は酷い貴族至上主義だったのに。
いや、あれは未熟な子供の恋による暴走で、嫉妬の対象が格下の貴族の子息だったから拗らせただけだとも今となっては思えるけど。
それを差っ引いても酷かったんだけどな。
ははは……いまだに当時のことを引き合いに出して、心の均衡を保つ僕のなんと情けないことか。
ぐぬぬ……嫉妬に、何か目覚めそうだ。
僕だって、拗らせても良い気がしてきた。
……マサキが絶対に後で馬鹿にするから、耐えるけど。
黒歴史をリアルタイムに見られることになると思うと、色々と自制が利くのはいいんだか悪いんだか。





