第11話:マルコ・フォン・ベルモント
朝の訓練を終えて、祖父スレイズ・フォン・ベルモント家のメイドさんに汗を流してもらうと、祖母エリーゼの待つ食卓へと向かう。
夜が白みがかってから行う訓練は早朝と呼ぶには早すぎるけど、夜も早いのでそこまで問題は無い。
父上達は昨日、ベルモント子爵領へ向けて屋敷を出ていった。
母がなかなか放してくれずに、少し困ったけど。
母が傍にいると、僕の中のもう一人の僕はすぐに遠くに逃げてしまう。
もう1人の僕は、大人っぽく色々と頼りがいはあるけど、どうやら母が苦手らしい。
前世の記憶を持っているけど、彼と意識を統一していない間はあまり思い出す事は無い。
彼曰く、元の人格のおおまかな記憶や精神を持っていってるからだと言っていた。
僕はこの世界の住人として、適した人格や知識を得るための存在らしい。
意識が統合されるというのは不思議なものだったりする。
本当の自分になった気がする反面、今の僕が偽物だと感じてしまう。
真剣に自分というものについて、悩んでいた時期もあった。
そんな僕に対して、彼は笑いながら
「マルコは俺だ、そして俺もマルコだ。2人とも本物だし、作り物ともいえる。ただ……、1人になったからって消えたりはしてないだろ?」
彼の言葉に頷く。
彼が身体から離れるまでの行動は自分の意思であるし、自分の考えでもある。
彼にとってもそうらしい。
「そりゃそうだろう。同一人物なんだから。ちょっと離れすぎて、悩ませてしまったみたいだけど、俺以上にお前の気持ちが分かる存在は居ないんだから、もっと安心して構えてていいんだ」
そういって幼い子供に優しく言い聞かせるようにこっちを覗き込む僕は、今の僕の容姿と掛け離れすぎていて説得力がない。
黒髪、黒い瞳。
年齢も全然違うし、背も高い。
優しい顔つきをしているが、感情を読みにくい表情をよくする彼。
僕の本当の姿は、目の前の彼だという事をしっかりと覚えているから。
だから、余計に自分が偽物のように思えてしまう。
そんな僕の気持ちを汲み取ったのか、彼が僕の身体に入り込んでくる。
「今のこのマルコが、本物だ。あっちの俺は過去のマルコ……もう存在しない人間なんだから」
マルコとして生きるために、日本人だった時の名前を捨てた目の前の僕は優しく笑いかけてくれる。
お前の方が、今のマルコの姿なんだと言い聞かせるように。
「まあ、あれだ! ウジウジ悩むくらいなら、一緒に行動しようぜ」
そう言って、意識を統合する。
さっきまで悩んでいたことが、嘘だったかのようにスッキリする。
意識を統合すると口調が変わったり、態度や仕草にも変化がみられるがそれでも俺がマルコだということが実感できる。
ああ、何を悩んでたんだか。
あんまり意識を割る時間が長いと、こういう弊害もあるのか。
自分という存在とはなんなのかとかってのを真剣に悩むとか、普通に考えたらイタイよな。
しかも、それが8歳の子供だから、余計に将来が不安だ。
そんな事を考えつつ、自分同士のやり取りを思い出し気恥ずかしい気分になる。
カッコつけて慰めてたけど、結局どっちも俺なんだよな。
無性にカブト達に逢いたいと思うのは、片割れがあまり虫達と触れ合う時間が無いからか。
ちょっと管理者の空間に行ってみるかな……いや、なんか嫌な予感がするし部屋で過ごすか。
同時に2カ所に存在できるという事に便利さを感じつつ、自我を見失いそうになるのは欠陥だなと苦笑しつつ、束の間の1人の時間を満喫するように小型の蟻や蜂を呼び出して戯れる。
すぐにもう1人の僕は離れていったけど。
部屋に近づいてくる足音を聞いて。
パタパタと駆け足で近付いてくるのは、母か……
「マルコ! 母とおでかけしましょう! お義父様に用意する手土産と、マルコの服を買いに行きましょう」
ノックすることもなく飛び込んできた母が、ベッドに腰かけてゆっくりしていた僕の手を掴んで引っ張ってくる。
年下の子がするような仕草に苦笑しつつ、母のデートのお誘いを断ると後が大変なので、少し重く感じる腰を上げて笑顔で応える。
まだベルモントに居た時のことをぼやっと考えていたらダイニングを通り過ぎてしまった。
部屋を通り過ぎた子供の足音を不思議に感じたメイドの1人に呼び止められて、慌てて引き返したけど。
「今日から、送り迎えは彼がします」
「マルコ様、宜しくお願いしますね」
そう言って祖母に紹介されたのは、この屋敷の護衛の1人であるファーマ。
元は異国の地の生まれで、旅をしてこの地に流れてきて傭兵をしていたらしいが、スレイズに拾われて今はベルモント家を守っている。
湾曲したシャムシールに似たサーベルを扱うらしく、腰に下げた鞘も大きく弧を描いている。
右の腰に差していることから、左利きかと思ったがそうじゃないらしい。
彼の国では、戦場以外では剣を右に差す事が多いらしい。
特に主人やその家族を前にしたときは、敵対する意思がないという意味も込めて右差しにするとのこと。
ただ、それを逆手に取って主に斬りかかってくる輩もいるとのことで、その状態でも抜剣即攻撃といった技術も持っていた。
国が違えば文化も違うものだなと思ったが、なんとなくカッコよく見えた。
「宜しくお願いします、ファーマさん」
「ええ、ただあくまで従者ですので、外では敬語は駄目ですよ」
年上の家臣に、偉そうに話しかけることができないのは、僕が前世の記憶を受け継いだ僕である証みたいなものなだけど、外ではそうもいかないことは分かっている。
だから他に人目が無いときだけにとどめているが、それでも外で話をするときは心苦しく感じる。
ただ、嫌な気持ちじゃない。
学校があるのは、商人や貴族が住む第二居住区の一角。
一応、第二居住区までは馬車で行くこともできるが、王城付近に住む名家のものしか馬車は利用しない。
歩くには距離がありすぎるからだ。
第二居住区からは、王家や、公爵家の子供しか馬車で通う事はできないが。
まあ、僕は家から徒歩で行くけど。
「マルコ様の護衛は楽で良いですね」
「そう?」
「スレイズ様との鍛錬を見る限り、本気を出されたら私でも手を焼くかと」
最近では、もう1人の僕も打倒スレイズを掲げて頑張っているので、日に日に強くなっている実感はある。
けれども、強くなればなるほど祖父の規格外の力が分かり、その背中が遠くなるのを感じる。
僕はそんな祖父を誇りに思っているけど、彼はどうやら違うらしい。
「一度でいいから、じじいのあの意地の悪い傷面に木剣を叩き込みたいな。今度虫達に頼んでみるか」
なんて事をぼやいていた。
蜂を使って、後ろから不意打ちをさせようと画策していたが、けしかけた蜂に万が一があっても嫌だからと実行には移さないが。
ただファーマさんも、それでも僕に負けるつもりはないらしい。
手を焼くと言っていたあたり、自信があるのだろう。
まあ護衛対象より弱い護衛というのは、恰好もつかないからかな。
トーマスくらいなら、今の僕でもなんとかできそうだけど。
故郷でいつも連れまわしていた若い護衛の事を思い出し、少し懐かしく感じる。
実家を出て、ようやく10日を過ぎたところだというのに。
校門まで辿り着くと、また後程迎えに参りますといってファーマさんは屋敷へと戻っていった。
片道子供の足で30分。
結構な距離を歩いた。
毎日、往復1時間の送り迎え。
ファーマさんには面倒かけるなと思いつつ、ようやく本格的に始まる学園生活に胸を膨らませて校門をくぐると、守衛さんに挨拶して校舎へと進む。
「おはようございます」
元気よく教室に入る。
朝礼まで40分ほどある。
さすがに早かったかなと思い室内を見渡すと既に10人程の生徒が登校しており、その中に見知った顔を見つけて思わず嬉しくなる。
「おはよう、ヘンリー」
「マルコ!」
その子に声を掛けると、嬉しそうにこっちを見てくる。
ヘンリーの周りには誰もおらず、少し心細い思いをしていたのかな?
そんな事を思いつつ席次を確認すると、ヘンリーの後ろの席だったので少し足早に彼のもとに向かう。
彼の後ろの席に荷物を置けば、周囲の空気が少しおかしいのを感じ取った。
あまり良い気がしない。
まあ、なんとなく分からないでもないけど。
「いよいよ始まるね」
「うん、マルコが居てくれて本当に良かったよ」
取り敢えず気にしてない風を装って話しかければ、心底ホッとした様子。
そんなヘンリーの様子に思わず笑いそうになったが、周囲から心無い言葉が聞こえてくる。
「おやおや、戦鬼様のお孫様は魚が好きみたいだな」
「臭くないのかしら?」
「全く、魚を取るしか能が無い家の子が、同じ教室に居るというだけで生臭くて嫌になるってのに」
「まあ、マルコ殿のおじいさまは凄い方でも1代限りの騎士侯様だ、所詮は子爵家の子ってことさ」
「むしろ森の中で暮らすベルモントの子には嗅いだ事のない、珍しい臭いなんじゃないか?」
ひそひそと聞こえてくる、周囲の伯爵家の子供達の声。
「仕方ありませんよ、彼等は所詮ちょっと運よく過ぎた功を上げた身内が居る程度。うちですら先々代から先代、そして現当主であるおじいさまや、お父様が代々王城に仕えて、身を粉にして働いてこられて、ようやく私の代で貴族科に入れたというのに、同じ子爵家として格の違いを感じると共に恥ずかしい思いです」
「アルトのとこは、先々代も先代も財務次官として国の財布を預かってきた名家だからな。いかに子爵家とはいえ、俺らも一目置いている」
「いえいえ、その局のトップであらせられる、現局長様のお孫さまであるブンド様にそう言われると、こそばゆいです」
「アルトのおじいちゃんは結構怖いらしいね」
「うん、うちのお父様もなかなか経費の申請が通らないらしくて、頭を抱えていたもの」
「ハハハ、祖父にはお手柔らかにと伝えておきます、メイ様、アシュリー様」
アシュリーという名が聞こえてきて思わず振り返ってしまったが、新入生の名簿で知ったけどセド伯爵家の令嬢もアシュリーという名前だった。
「おや? マルコ殿がこちらを見ているが」
「大方、伯爵家の皆様に取り入ろうと画策してるのでは?」
背伸びした口調で会話している同級生のブンドとアルトは、祖父達が国の財務を預かっている。
そのせいか気取っているように見えるけど、見た目とのアンバランスさに滑稽にも見える。
事実、クラス内の成績でいえばブンドが13位で、アルトが16位……
クリスより頭が悪いとは思わないが、さして偉そうにできる位置でもないと思う。
そして、取り入っているのはアルトだと思ったけど、面倒毎になるのはごめんなので取り敢えず目を逸らしておく。
「はあ……泥臭いベルモントと、魚臭いラーハットならお似合いじゃない?」
「それはあまりに失礼だろ」
1人の女の子の言葉に、隣に居た男の子が答えれば周囲から笑い声が漏れる。
管理者の空間に居る僕が、楽しそうな様子を見ているのが分かるあたり、彼もいま碌でもない事を考えていそうだ。
泥臭いベルモントよりも、魚臭いラーハットという言葉に過敏に反応して一瞬不機嫌になっていたが、すぐに落ち着いたようだ。
イヤらしい笑みを浮かべているのが、すぐに想像できる。
あんまりな同級生の言葉に対して憤りを覚えているのは一緒だが、彼が出てきたら穏やかな事にならないんだろうなと思い、前途多難な学園生活に先ほどまでのワクワクとした気持ちは消沈し思わず嘆息する。
目の前で肩身を狭そうにしているヘンリーを見れば、どうにかしてあげたい気持ちが無いでもないが、現状セリシオ殿下と、クリスという2人の難敵に目を付けられている状態だ。
しかもセリシオ殿下がこれを聞いたら、喜々として僕の味方に付いてこっちに恩を売ってきそうなので、その事も頭が痛い。
(とりあえずヘンリーを魚臭いと言った奴は私刑確定で、アシュリーには名前を変えてもらうか?)
楽しそうにそんな問いかけをしてくるもう1人の僕に、首を横に振れば後ろから聞こえてくる声も大きくなる。
「なんかベルモントの態度腹立つな」
「そもそも皆様方に挨拶もせず、ラーハットのもとにすぐに行くなど子爵家として、私まで申し訳なく思います」
「いや、アルトが気にすることは無い。だが、そうだな……ベルモントの奴、祖父が剣鬼様だからと調子に乗っているのかもしれんな」
「なにそれ、私達のおじい様やお父様の方がベルモントより下に見られてるってこと?」
「剣鬼様が凄いだけなのに、自分まで偉くなったつもり? ムカつく」
それはブーメランだと思いつつ、早々になんとかしなければと気が落ち着かない。
そもそもおじいさまは現役だ。
侯爵家相当の祖父を持つ子に、なんでここまで偉そうに意地悪できるかが不思議に思えてくる。
なんだかんだ言って、所詮は8歳の子供なんだなと思いつつ、貴族の子にしては馬鹿過ぎるとも思える。
教室の後ろに陣取った集団の異様な雰囲気に、新しく教室に入って来た子達も眉を顰めている。
集団に加わる者や、席次を確認して我関せずと席に着くものも居る。
「ちょっとベルモントの奴に立場ってのを分からせてやるか」
そんな中、集団の中からこれから絡みに行きますよって言葉が聞こえてくる。
これは、衝突は回避できそうにないなと、覚悟を決める。
敢えて威圧感を出すためか、大きな足音を立てながらゆっくりとその集団が近付いてくるのが分かる。
出掛かった勘弁してくれという言葉を飲み込んで、目の前のヘンリーに前を向くように促す。
僕の肩越しとはいえ、伯爵家の面々が恐らく僕の背中を睨みながら近づいてくるのを見るのは、彼にとっては胃に穴が空くような光景だろう。
(代わろうか?)
凄く魅力的な提案をしてくる僕に、心が揺れる。
母以外の厄介事は常に助けてくれているが、これから学園生活を送るにあたって彼に頼るのは今後のためにも良くない気がしないでもない。
しないでもないが、彼も僕なのだから問題無いような気にもなってくる。
「マルコ……」
目の前のヘンリーの不安げな、泣きそうな表情を見ると悔しいが彼に頼るしかないのかなと思えてくる。
「やあやあ、ベルモント。なかなか君が挨拶に来ないから、わざわざ来てやったぞ?」
「感謝するのね?」
なんだそれ?
もっと他に言葉があっただろうと思いつつも、無視するわけにもいかないので振り返れば厭らしい笑みを浮かべた女の子や、睨み付けるような視線を送ってくる男の子など、6人程の子供達が僕を取り囲んでいた。
一歩下がってニヤニヤと笑っているのがアルトだろう。
そしてその横、一番後ろで偉そうにしているのがブンドか。
同じ子爵家の子を貶めてまで取り入ろうとするアルトに嫌悪感を抱きつつも、表情に全くだすことなく立ち上がって笑顔で会釈する。
「それはどうもわざわざ有難うございます」
正直、祖父の早朝訓練で散々殺気をぶつけられている身としては、毛ほども感じるものは無い。
そう言ってやれば、中央に居る男の子2人が顔を紅潮させる。
僕の顔を正面から見た女の子2人は何故か顔を背けてしまったが。
頬が赤くなっていたのはかろうじて見えたので、他の2人と同じように癇に障ったのかもしれない。
「悪いとは……思ってないみたいだな」
ようやく口を開いた正面の男の子に対して、どう返そうか少し悩む。
「俺が誰か分かっているのか?」
そして正直分かっていない。
どこかの伯爵家の子だというのは分かるが。
いま分かっているのは、女の子の1人がアシュリーという事と、立ち位置からブンドとアルトの2人だけだ。
思わず言葉に困ってしまうと、目の前の男の子が胸倉を掴んできた。
本格的に困った。
掴んできた手を見ながら首を傾げると、不意に教室の入り口から「プッ!」という吹き出す声が聞こえる。
「偉そうに声をかけたみたいですが、誰か存じませんってさ。教えて差し上げたらいかがですか? ベントレー」
「ディーン様……」
唐突に乱入してきたつい最近聞き覚えのある、柔らかい声の方に目をやればディーンが心底面白いといった表情で立っていた。
目の前の男の子が慌てて僕の襟元から手を離す。
ってことは殿下も?
そう思ってディーンの後ろに目をやれば、
「おやおや、マルコは本当に興味が無いんですね……あっ、安心してください。殿下はクリスとゆっくりこっちに向かってますよ」
そう言って楽しそうに笑いながら、僕とヘンリーの後ろに立つ。
「なにやら、僕が懇意にしているヘンリーと、殿下のお気に入りのマルコに対して面白い話をされてましたね?」
「えっ、いや……その……」
「ふ……普通に挨拶してただけです。スレイズ様のお孫さまなので、仲良くなれたらなと……」
しどろもどろに応える男子2人に目をやれば、いつの間にやらブンドとアルトは少し離れた位置に移動していた。
女子2人に至っては、爽やかな笑みを浮かべるディーンにキラキラとした目を向けている。
先ほどまでのやり取りはなんだったのだと言いたくなったが、正直助かった。
もう1人の僕が、先ほどまで不穏な空気を醸し出していて、胸倉を掴まれた瞬間にガッツポーズしたのが分かったからだ。
きっと大義名分を得たとでも思っていたのだろう。
「襟を掴む必要があるのですかね?」
「それはその……襟が乱れておりましたので。だよな? ベルモント」
そこで僕に凄んだら、全てが台無しだろと思わずため息が出る。
もうどうでも良いや。
呆れにも似た感情に、まともに相手にするのも馬鹿らしくなる。
「そうだったんだ?」
とぼけてみせると、ベントレーと呼ばれた男の子が憎々しい視線を送ってくる。
「ふふ……そういう事にしておきましょうか」
「はい……失礼します」
「失礼します」
そう言って男子2人と女子2人が、ようやく僕を解放して離れていってくれる。
「おはようございます、ディーン。助かりました!」
「はあ……おはよう、ディーン」
「はい、おはようございます。ところで……助かりましたということは、やはりヘンリーは何やら宜しくないことになっていたので?」
ディーンの返しに、ヘンリーが思わずしまったという表情を浮かべる。
余計な事をといった様子で、ベントレーがこちらを睨み付けているのが見るまでも無く分かる。
「いえ、見知った顔があまり居ないもので、まだ2度目とはいえとても良くしてもらった人と会えて、嬉しいという事ですよ……ねっ、ヘンリー」
「あっ、はい」
「ふふ……第一印象が悪くないみたいでホッとしました」
全然誤魔化せてないけど、誤魔化されてくれたディーンに感謝するように頭を下げると、彼も心得ているとばかりにウィンクで返してくれる。
そして、ヘンリーが穴に入りたそうな表情になってしまった。
「そうそう実は私も祖父も魚が大好きでしてね、最近はヘンリー殿のお父上のお陰で王都でも、海の幸が堪能できるので、ラーハット領に一度挨拶に伺おうと言ってましたよ」
「本当ですか? 父も喜びます! その時は取れたての最上級の魚をもっておもてなしさせていただけたらと思います」
「だったら私も是非祖父に御一緒させていただかないと、夏季休暇まで待ってもらいましょうか」
「だったら、僕もご一緒できるので、その方が嬉しいです」
ディーンが褒めてくれたことで、先ほどまでの暗い顔が一気に明るくなるヘンリー。
そして、反比例して顔を青ざめる絡んできた面々。
どこから聞いていたんだこの子は。
案外、この子もこの子で恩を売るタイミングを見計らっていたのかもしれない。
「そういえばあの6人……ディーンに挨拶してなかったね」
ヘンリーは天然かもしれない。
意図してポンポン爆弾を放り投げているのだとすれば、友達付き合いを考えてしまう。
「そういえばそうですね……私よりも、マルコの方が重要だと思ったんでしょうね」
きっと、青くなった顔を白くさせているだろう6人に同情しつつ、セリシオ殿下たちが来る前にとりあえず体裁は保てたことにホッとした。





