第156話:土蜘蛛奮闘記前編
さてと……
マサキ様達を見送って振り返る……
……?
居ない?
そこに居るはずの、2人の子供。
1人は私達の主のマルコ様。
マサキ様と同等にして、同一の人物。
もう1人はベントレー。
マルコ様が通われる学校の同級生。
元々はちょっと過激な貴族然とした男の子だった。
いつの間にやら、厄介な宗教団体の起こした事件に巻き込まれ……
死を目の前にして、すっかり性格が矯正されてしまった。
今じゃサトリ系の男子に。
いや、元々間違った方向に尖っていただけで、貴族の子供としてはそれなり以上の教育を受けていた。
というか、恋愛絡みの嫉妬が主な原因。
まあ、彼の事は良いでしょう。
それよりも、2人ともどこに行ったのでしょう?
居ました……
籠を首と胴にぶら下げた、大百足に乗ってすでにあんなに遠くに。
全く……
糸を飛ばして遠くの木にぶつけると、一気に引き寄せて跳躍。
さらに木を躱して、高い木の天辺に向かって糸を飛ばす。
さらに跳躍。
糸の反動を利用して空中に飛び上がる。
そこから、細い糸を飛ばして大百足の尾に引っ付ける。
「逃がしませんよ!」
「逃げてないよ!」
「遊びに行くだけ!」
マサキ様が居なくなった途端にこれだ。
成長したと思っていたけども、まだまだ子供ですね。
可愛らしい。
ちなみに目的は空中遊泳。
どこか遠くに出かける訳ではなかったと。
だったら……
糸を切り離して、地面に着地。
夕食の準備をしないと。
一応、籠と子供達を糸で軽く固定しておく。
調理小屋に戻って、調理開始。
家の外から、楽し気な子供達の笑い声が聞こえる。
良いものですね、こういった穏やかな日常も。
なんだかんだで、マサキ様は地上の出来事をよく気になされておられるし。
タブレットでマルコ様以外の、世界の情勢の情報収集も怠らずに行っておられます。
あの魔王相手にも対等に渡り合い、魔族とも親交を持つなんて想像もつきませんでしたが。
見ているだけでも楽しいとおっしゃいますが、勤勉な事で。
こうやって、疑似的ですが窓から差し込む夕日を浴びて、子供達の為に調理をする。
こんな幸せな日々が訪れる事になるなんて、マルコ様の部屋の隅で小さな巣を張ってご飯が来るのを待っていた時からは考えられません。
まあ、当時の記憶はおぼろげですが。
ただ、それだけをすることにしか、意識が働いていませんでしたし。
だからこそ、いまこの穏やかな時間に色々な事を考えてしまうのでしょうね。
フッと小さく笑うと、外の声に耳を澄ませる。
「ほう、このくらいの速度で回転すれば落ちる事はないのか」
「バケツに水を入れて、振り回すような感じ?」
……フッ。
こらっ!
危ない事は、しない!
思わず外に飛び出すと、大百足の頭の上にマルコ様が。
手で大百足の頭をペンペンしながら、あっちにこっちにと飛ぶように指示を出している。
籠の中ではベントレーが私の糸を腰に巻いて、アクロバット飛行を楽しんでいる。
溜息を吐いて、糸を飛ばして大百足を制御。
「あれっ?」
「土蜘蛛様から、これ以上は危険だと」
「えー」
大百足の言葉に、マルコ様が頬を膨らませる。
可愛いですけど、許しません!
腰に手を当てて、空を見上げる。
マルコ様が舌をペロと出して、片目を閉じて謝って来る。
調子に乗り過ぎた事に、気が付いてくれたみたい。
一安心。
「そろそろ夕食ですよ、先にお風呂に入ってきてください」
「大丈夫だよ、こうやって左手で「お風呂に入ってきてください!」
「はいっ……」
すぐに楽をしようとするのは、子供だからでしょうか?
マサキ様はどんなに疲れていても、必ずお風呂に入るというのに。
でも、元は同じ人物のはずなのにここまで違うと、面白いです。
というか、マサキ様はよくマルコ様を見て懐かしそうにされてますし。
あのお方も、昔はこうだったのでしょうね。
マサキ様の子供の頃も、是非見てみたいものですわね。
「今のはマルコが悪い」
「えー、お風呂入る時間がもったいないし。土蜘蛛の料理は本当に美味しいからね! お腹もペコペコだし、すぐにでも食べたいのに」
「そうか、それは楽しみだ」
あらやだ、マルコ様ったら。
そんな事を言われても、甘やかしませんわよ。
「お風呂に入る前に、味見していかれますか?」
「うん!」
「いいのですか?」
私の言葉にお風呂場に向かっていた2人が慌てて駆け寄ってくる。
可愛いです。
メインのトンカツを切って、1切れずつ彼等の口に放り込む。
サクッという小気味よい音を立てながら咀嚼して、マルコ様がにんまり。
ベントレーも一口噛んで目を見開いて、それからガシガシと。
うんうん、見ているだけで嬉しくなるような良い表情ですね。
「美味しい!」
「うむ、これは風呂上りが楽しみだ」
「でしょう? だったら、早く入ってきなさい」
「はーい!」
「はいっ」
素直に、2人で仲良くお風呂場に向かう姿を見送る。
垢や皮脂を取り除いてくれるニキビダニさんが、大量に待ち構えています。
別名カオダニさんと呼ばれるらしく、まあ感染率100%で赤ちゃん以外の全ての動物に住んでいるらしいですが。
名前から嫌な印象を受けますが、余分な皮脂や皮質を食べてくれる益虫ですね。
顔の清潔さを保ってくれるための、大事なパートナー……
ここに居る方々は改造されて、的確に全身の余分な垢を取り除いてくれますが。
虫には特に必要の無い、存在ともいえますけどね。
それはマルコ様やベントレーには内緒ですが。
「あがったー! ご飯、ご飯!」
「……タオルを使わないというのは、不思議な感覚だな」
どうやら、左手で身体に付いた水滴を破棄された様子。
本当に、この方は……
というかお風呂に入って、3分くらいしか経ってないですし。
カラスもびっくりの、行水ですね。
「うまいな」
「最高!」
それから、私の作った料理に舌鼓を打たれるお二方。
マサキ様が取り寄せた秘蔵の一品。
イザカヤモンドカレーというルーを使った、カレーという食べ物です。
それにカツを乗せた、カツカレー。
福神漬けと、サラダを添えて。
「マルコ様、お野菜も食べてください」
「えー」
「栄養です!」
サラダに全然手を付けないマルコ様に、注意。
渋々食べてますが、知ってますよ?
領民の方から頂いた野菜は、美味しそうに彼等の前で食べているのを。
キュウリが苦手なのにそのままポキリと丸かじりして、二カッと白い歯を見せておられることも。
私の作ったサラダは食べられないのですか?
まあ、私だから甘えてらっしゃるのでしょうね。
それから、大顎にバトンタッチ。
私も、自分のやることもありますし。
夜は縁側で、蛍達の宴を眺めるとの事。
気合を入れた蛍達が、散々訓練した編隊飛行を披露してます。
速度を上げて、残像による光のアート。
私も住処のある大きな木の家からそれを眺めつつ、彼等の明日の寝間着を作成。
一生懸命、心を込めて編み上げます。
蚕達も、頑張って素敵な生糸を届けてくれましたし。
スイカを切って冷蔵庫に入れておいたのですが。
丁度、幕間の間に大顎がそれをお盆に乗せて、冷たい紅茶と一緒に運んでますね。
美味しそうに……
蛍そっちのけで、どちらが遠くに種を飛ばすか競われてらっしゃいます。
スイカを出したのは失敗だったかも……
良いでしょう。
2人が楽しむことが、一番ですし。
あとで蛍達には、最高級の地下水をお出しするように。
大顎に伝達。
大顎が、こちらに向かって深く頷く。
そろそろ、寝る時間ですからね。
大顎に促されて寝室にいく2人。
1時間後、部屋を訪れると。
スヤスヤと寝息を掻いて、並んで眠るお二人が。
30分程は枕投げや、色々なお話をされていたようですが。
どちらともなく、コテンと眠ってしまわれた様子。
あらあら、お腹を出して眠ると風邪をひきますよ。
言ってみただけですけど。
菌類もコントロール下にあるこの空間で、病気に掛かることはまずないですからね。
それでもシャツをしっかりと下ろして彼等のズボンの中にしまうと、しっかりと布団を掛けなおす。
いきなり眠ってしまわれたので、つけっぱなしだった部屋の灯りを消してそっと扉をしめる。
ゆっくりとおやすみなさい。
……
外から子供達のはしゃぎ声が。
まだ、夜が白みかけたくらいの時間。
早起きすぎませんか?
昨日は夜なべをして、彼等の寝間着を編んでいたので睡眠は足りてませんが。
この空間内では、なんの問題も無く活動できるので仕方なく起きることに。
ふう……これは、あと2日間大仕事になりそうですね。





