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オオカミ王子のキス

「お前ほんと好きだな、甘いもの」


 ヒルデガルトから貰った、最近王都で流行っているというメレンゲの焼菓子をぱくぱくと口に入れるクラウディアに、隣にいるイザークがやや呆れたように言った。


「とってもおいしいわよ。イザークも食べてみて」


 さくらんぼ程の大きさの白い粒を、ひとつつまんで差し出したのだが、イザークは片手をあげてそれを断る。


「そーいう砂糖の塊みたいなのは好きじゃない」

「そうなの? おいしいのに……」


 休日のイザークは、クラウディアの通う学院に顔を出していた。昼下がり、学院のはずれにある芝生の上に敷物を広げて、二人でのんびりと過ごしている。


「ひとつくらい、食べてみればいいのに」


 イザークに食べてもらいたかったそれを自分の口に入れてクラウディアが言うと、何を思ったのか、イザークがぐっと距離をつめた。


「じゃ、くれ」

「……!!」


 返答を待たずに、イザークはクラウディアの唇を塞いでいた。

 心の準備を何もしていなかったクラウディアの、うっすらと開いた唇の間を、イザークの柔らかい舌が押し入ってきた。とっくに溶けてしまっているメレンゲを探すように、イザークは深く口づける。


 いつのまにか抱きしめられて、クラウディアは頭の中が真っ白になる。

 全身の力が抜けてしまい、手に持っていた菓子の小箱を取り落としたとき、イザークはゆっくりと唇を離した。


「……あっま」


 ぺろりと舌で唇をなめたイザーク。そのしぐさに、クラウディアの頭がくらりとする。それこそ魔力が暴発するのではないかと思うくらいに、全身がかっと熱くなった。


「な、ななななな」


 イザークの腕の中で、クラウディアはふるふると震える。涙目になって、抗議した。


「何するのよ!」

「何って」


 イザークの胸を突き放すように強く押すのだが、びくともしない。


「キスだけど」

「学院の敷地内よ! 何考えてるの!?」

「誰もこねーよ、こんなとこまで」

「そ、そうかもしれないけど!」

「あのさ、そんな顔して怒っても逆効果だから」


 と言ってイザークは、またクラウディアを胸の中に抱きしめると、その髪に顔をうずめる。


「とりあえず一週間ぶりなんだから、我慢しろ」


 忙しかったイザークと会うのは一週間ぶりだ。だからクラウディアだって楽しみだったし、実のところはイザークに触れたくて仕方がなかった。

 それで結局はクラウディアも、抵抗はやめてイザークの背中に腕を回してしまう。


 イザークの肩の向こうの青空を見ながら、クラウディアはぽつりとつぶやいた。


「……はやく卒業したいな」

「何で」

「だって卒業して結婚すれば、ずっと一緒にいられるから」

「…………」


 無言のイザークに、クラウディアは疑問を感じて身を離そうとする。けれど、イザークが逆にクラウディアを抱きしめる腕に力を込めたので、離れられない。


「イザーク?」

「お前な……」


 困ったような声色で、イザークはクラウディアの耳元でため息をついた。


「何でため息つくのよ。……もしかして、嫌なの?」

「……じゃなくて」

「じゃあ、何?」


 表情がうかがえないから、クラウディアは不安になる。

 イザークの腕の中から逃れようと身をよじった時、イザークが片手を動かしてクラウディアの髪に手をいれた。梳かすようにしてクラウディアの髪を耳にかける。


「あんま可愛いこと言うな」

「……っ!!」


 イザークの唇がクラウディアの耳たぶを甘く噛んだ。ぞくりとした感触が背中に走り、クラウディアは小さく悲鳴をあげた。


「や、イザーク、何するのよ!」

「だから、キス」

「キスじゃない!」

「いや、キスだろ。口でするのは全部キス」

「ば、馬鹿!」


 そうするとイザークはようやくクラウディアを解放した。かと思ったら、すっかり存在を忘れていたメレンゲを小箱から取って、クラウディアの口の中に放り込む。


「ほら、黙ってろ」


 今度はそれが溶けてしまう前に、イザークはもう一度、甘い甘いキスをした。

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