オオカミ王子は負傷する 02
(痛ぇ……。なんだこれ、魔法のダメージじゃねー……)
遠のきそうになった意識をなんとか掴まえて、イザークは背後を振り返る。
地面が赤く染まっていた。自らの背中が燃えるように熱いので、それが自分の血であると瞬時に理解する。
クラウディアを腕から解放し、チッと舌打ちをして正面に向き直ったイザークの目の前には、牙を鮮血で染め上げた純白のサーベルタイガーが低い声でうなっていた。第一ゲートの先にある異大陸に生息する獰猛な獣だ。その口元からはちりちりと炎があがっている。
何故ここに? ゲートはどうなった? 中の人間は無事なのか? いくつもの疑問が頭に浮かんだが、今は考える暇などない。ここで逃がしては、王都まで被害が及ぶだろう。
「イザーク! 血が……!」
背後でクラウディアが声を震えさせた。
「大したことねーよ」
荒い息をなんとか整えながら、即座に自分たちの周りに風の防壁をつくる。通常ならばチームで討伐にあたる獣だ。イザークひとりでは分が悪かった。
喉を鳴らし、ぽたぽたと口元から涎を垂らしながらこちらの様子を窺うサーベルタイガーを睨みながら、イザークは振り返らずにクラウディアに言った。
「オレがひきつけてる間に逃げろ。いいな」
とにかくクラウディアだけでも無事であるように、すぐにでもこの場を去ってほしかった。
「あなたを置いてはいけないわ」
「状況わかんだろ。邪魔だから行け!」
イザークは両の手に風の渦をつくりながら、わざと邪険に言った。なのにクラウディアはひかなかった。どころか、イザークの背後から進み出て、隣に立つ。
「って、何して――」
驚愕にイザークが目を見開いた瞬間、クラウディアの体中から魔力がほとばしった。プラチナブロンドの柔らかな髪が、光を帯びて宙にふわりと浮きあがる。
「邪魔になんてならないわ」
さっきは確かに声を震わせていたはずだった。なのにもう、クラウディアの目は戦う決意をしている。きっともう、彼女はてこでも動かない。
サーベルタイガーが地を蹴った。咄嗟に両手で作った旋風で足止めをして、イザークはクラウディアを背中に隠す。
「あー! くそ! とりあえずお前は後ろにさがれ!」
どうやったって彼女はひかない。ならば一瞬で決着をつけるしかない。
(クラウディアの全力の攻撃があれば、話は簡単だ――)
「オレが動きを止めるから、お前は全力でぶちあてろ」
「でもそれじゃイザークは」
「お前の魔法はオレなら防げる。出し惜しむな。いいな」
イザークは走りだした。同じくこちらを標的と定めて向かってきたサーベルタイガーに、イザークの両手からいま一度巻き起こった旋風が襲いかかる。それをものともしない大きな口が、イザークの体に食らいつく瞬間だった。
あたり一面が目も開けられないほどの光に包まれる。それに続く衝撃波に、すべてが飲みこまれていく。
すぐ目の前で断末魔の悲鳴を聞きながら、イザークも自身の体が吹き飛ばされそうなるのを何とかこらえていた。
衝撃がすべて去って、イザークはその場に膝を落としていた。
「イザーク!」
「……なんつー魔力だよ」
半笑いで呟いて、イザークは意識を手放した。




