第4話 蒼井中の七不思議
夏帆は教師同士のキスシーンに真剣に見入っていたが、
寿々菜はそれが半年前の「あの時」とダブり、思わず目を逸らした。
そう、半年前の・・・ちょうど同じ時間頃。
あの日の昼休み、夏帆が教師に職員室へ呼ばれ、
寿々菜は先に1人でこの小部屋に来ていた。
1人でお菓子を食べてもつまらないし、
KAZUが出てる雑誌でも見てようかな・・・
そんなことを考えながら、何気なく窓の外へ目をやると、
倉庫の端に二つの人影が見えた。
森田とその彼女だ。
2人は今月2年生になったばかりの同級生同士で、
確か4、5ヶ月前から付き合っている。
美男美女カップルであることは、寿々菜も認めざるを得ない。
ただ注釈を入れておくと、森田はその前にも3ヶ月ほどだが別の女子生徒と付き合っていた。
更に注釈を入れておくと、寿々菜はまだ誰とも付き合ったことがない。
寿々菜が「あんなとこで、何してるんだろう?」と思う間もなく二人はキスを交わした。
な、なんてことを!!!
寿々菜は真っ赤になった。
しかも2人のキスは、桜舞う春風の中、しばし見つめ合い・・・
というロマンチックなもの(寿々菜的には)ではなく、
ごく当たり前といった感じの軽いキスだった。
現にキスの後、2人はお互いハニカミ合う訳でもなく、
何事もなかったかのように校舎の中へと入っていった。
中学生のくせに、信じられない!!
寿々菜自身はもちろんキスの経験はないが、テレビドラマや映画でキスシーンなんか何度も見たことがあるし、寿々菜の同級生の中にも「彼氏とキスしちゃった」という女子は何人もいる。
しかし目の前で、しかも後輩が、しかも寿々菜にとっては煙たい存在である森田が、
キスをしているのを見るのは予想以上に衝撃的だった。
だが、先日デビューしたばかりとはいえ芸能人として寿々菜は、
「い、今時の中学生、キスの一つや二つ、常識よ!」と何故か自分に言い聞かせて、
その場は(寿々菜の中で)丸く収まった。
ところが。
それからわずか1ヵ月後、耳を疑うようなニュースが飛び込んできた。
なんと、森田が彼女と別れたというのだ。
キスまでしといて別れるなんて、ありえない!
人生の諸先輩方、更には諸後輩方からもご意見があるかとは思うが、
とにかく純情な寿々菜的には「ありえない」ことなのだ。
それ以来、寿々菜にとって森田は「煙たい」に加え「ありえない」存在になった。
遠くに予鈴が響く。
「夏帆、予鈴!教室に戻ろう!」
「・・・」
「夏帆?」
「!ごめん!大橋と中村のキスに見入っちゃった」
ハッとしたように夏帆が窓から顔を離す。
「えらいモン見ちゃったね、寿々菜」
「そうね。でも、黙っといた方がいいかも」
「うん・・・でも、言いふらしたい!!」
夏帆はウズウズした感じで立ち上がった。
と言っても、きちんと立てば天井に頭がぶつかるので中腰だ。
・・・あれ?なんだろ、これ・・・
寿々菜は夏帆の後姿を見ながら首を傾げた。
何とも表現し難い違和感を感じたのだ。
なんか、引っかかる。
なんだろう・・・
「夏帆」
「何?」
夏帆が天井の扉を上に押し上げながら、まだ座っている寿々菜を見下ろした。
「さっきの大橋先生と中村先生なんだけど・・・」
「うん」
「・・・ううん、やっぱりいいや」
上手く言えない。
だが、何かに激しく違和感を感じる。
しかし寿々菜はその正体が分からないまま、小部屋を後にした。
「キスと言えば」
教室に向かう途中、1階の生物室の前で夏帆が足を止めて言った。
廊下を挟んで生物室の向かいの壁に大きな鏡が貼り付けてあり、
夏帆はその鏡を見ている。
「出た、らしいよ?」
「出たって何が?」
寿々菜が訊ねると、夏帆はもったいぶって声を潜める。
「幽霊」
「・・・幽霊?」
この手の話には弱い寿々菜。
「弱い」というのは「目がない」という意味ではなく、本当に「弱い」のだ。
幽霊と聞くだけで、青くなる。
「1週間くらい前かな。部活で遅くなったカップルがここでキスしてたんだって。
そしたら、鏡の中に、白い服を着た女の子の幽霊が現れたらしいよ!」
「ま、まさか・・・」
「本当だって!私、そのカップルの彼女の方から直接聞いたんだもん」
「・・・嘘」
友達の友達のお姉さんの親友の話、とかじゃなくて?
夏帆の友達の話となるとなんだか一気に身近に、
そして本当に思える。
「森田君も、聞いたって言ってたし」
「・・・」
少し真実味が薄れる。
夏帆が時計を気にしながら、再び廊下を歩き始めた。
「蒼井中の七不思議って、本当なのかなぁ」
「な、七不思議?」
「寿々菜、知らないの?
一つ目が、夜、突然鳴り出す音楽室のピアノ。
二つ目が、同じく音楽室の、血の涙を流すベートーベンの肖像画。
三つ目が、何の前触れもなく全滅する水槽の魚達。
四つ目が、勝手に動く生物室の人体模型。
五つ目が、プールの中に住む、謎の生き物。
六つ目が、体育倉庫に現れる死体。
そして七つ目が、夜な夜な校舎を徘徊する白い服の少女の幽霊」
「・・・」
「本当だったら面白いわよねー」
面白くない!!
幽霊なんて・・・七不思議なんてありえない!
しかし、「七不思議と森田君、どっちの方が『ありえない』だろう」と、
よく分からない比較をしていた寿々菜だが、
もっと「ありえない」ことが自分の身に起ころうとは、
この時はまだ夢にも思っていなかったのだった・・・




