無謀とロマンは悪の華
私のリハビリプランは厳しいものとなった。
陛下のご容態は目を覆わんばかりで、私は無能な医師を書類で引っ叩いた。
「あなたにヤブ医者になれと金を握らせている悪党ごと滅びるか、その倍もらって私に仕えるか選びなさい」
医師は床に散らばった書類に書かれているのが、己が隠しているつもりのアレヤコレヤだということに気づくと青ざめて平伏し、以後は私の言いつけに従ってよく働いた。
食事療法と執務の負荷の減少で、王の顔色はややマシになった。
動くたびに激痛が走っていた腰は、専用の医療用コルセットもどきをつけることで、若干の状況の改善を見せた。
医療用としては素人の試行錯誤レベルの品だが、そこは王室御用達の仕立て屋によるオーダーメイドの一点物。着心地と見た目は良い。「レースをつけるな」と仕立て屋に3回注意したかいあって、王も渋々ながら毎日着用してくれている。
松葉杖も笑うほど豪奢な仕上がりになったが、おかげで王は威厳をさほど損なうことなく少々の移動なら自力でできるようになった。
重々しく杖の音を響かせてゆっくりと登場されると、わあ〜悪役だ〜っとなんか嬉しくなってしまう私はどうかしているが、自覚はあるので口に出しては言っていない。
動けない王のかわりに、私は王族がやる必要がある行事を多くこなした。これまでずっと休ませてもらったお返しだからと半ば無理やりやらせてもらっているが、チェスの女王駒になった気分でなかなか楽しい。
療養中に書面でしか知らなかったことを現地で確認できると、頭の中だけで知った気になっていたこの世界が、しっくりと自分に馴染んでくる心持ちがした。
国政の本分に口出しはしなかった。
そこに口を出されるのは王が嫌がると思ったからだ。男のやりたがっている仕事に口を出して疎まれる気はない。
かと言っていかな中世とはいえ、王妃ともなると、家で縫い物や掃除をする用があるわけでもない。
だから私は各地に赴いて、玉座にいるレオニダスの目が届かぬ些事を拾い、人心のひび割れを繕い、悪い虫を掃き出して回った。
私は王の身体は癒し、仕事は手伝ったが、彼に寄り添うのは第三妾妃に任せた。
彼女は疲れた男性向け接客業のプロといったタイプの女性で、出産しても女としての路線と初期設定を違えない根性の持ち主だった。
私は彼女がどこが送り込んできたハニトラ要員かは承知していたが、王にそれを口煩く説くことはしなかった。ただ、彼が見る気になったら見れるところに要約だけ置いて、あとは極力関わらず無関心を貫いた。
いいではないか。偽物でも信じられるのなら、それで心の穴を埋めればいい。
私では彼に失ったものを思い出させすぎる。
私の姿を見かけると、眉をへにょっとさせて、苦い野菜を無理やり食べさせたときみたいな顔をするレオニダスは大変にかわいそかわいい。でも、好きな相手に嫌われている自分を惨めに思ってばかりいると気が滅入ってくるので、私は必要以上に彼に近寄らなかった。
王妃という女主人が留守だった王宮では、品格のない新参の輩が沢山湧いていた。といっても、私から見れば旧態然とした御局どもも醜悪さはどっこいどっこいだったので、苦笑いするしかない。
一番大きな顔をしてのさばっていた新興成金の養女が、私のことを王に愛想を尽かされた女として終わっているゴミ扱いしやがったので、ソイツはしめることにした。
この娘も元をたどればあのクソ妾と同郷で、あからさまなハニトラ要員だ。こちらのターゲットは我が王ではなく、先王の末子である王子。妾の子が育たなかったとき用の次世代狙いである。
先王の末子は元々、宰相の娘が嫁ぐはずだったので、その結びつきを疎んだ王はこちらのハニトラ令嬢を好きにさせた挙句、王子の婚約者にしてしまったらしい。
彼女は私の姪っ子にあたる宰相の娘とは、全然違うタイプで、古典的表現でいうところのキャッピキャピのカワイコぶりっ子だ。王子の方は困惑を通り越して辟易としているのが丸わかりなため、これは王の嫌がらせなのかもしれない。
名目上はレオニダスが後見役なので、先王の末子は、私にとっては、まあ義理の息子のようなものだ。ということはさして年の変わらないその娘は、私から見て嫁ということになる。そこで私は思う存分、嫁いびりをさせてもらうことにした。気分はシンデレラガールを虐める悪の王妃である。オーホッホッホ。
もちろん、虐める一辺倒ではこちらが排斥されてしまうので、ちゃんと飴は用意した。つれない態度の王子を籠絡するためのおいしいシチュエーションや王族に贈るにふさわしい格のプレゼントに関する知識である。
どうせ王子妃の座が目当てのハニトラ要員だからと足元を見て、王子をエサに、容赦なく新興成金の金を吐き出させた。
なにせ戦争には金がかかる。
南方諸国の征服はレオニダスの悲願だ。二度の戦乱で煮え湯を飲まされたとか味をしめたという話ではない。彼の母が南の出身らしく、あの地方が我が国の領内になるということは、彼にとっては意味のあることなのだ。己の出自に対する彼のコンプレックスはとても深い。
軍備と国力を南方戦線に全振りすると、ハニトラ勢の背後にいる北の国にとっては思う壺なのだが、我が王はそのあたりの綱渡りの匙加減をどう思っているのか……私は問いたださなかった。
「妃殿下は何をお考えなのか」
伯父である宰相にはボヤかれた。
「悪趣味な推し活です」とは答えづらい。
「伯父上は働きすぎです。少し休養を取られては?」
山奥の僧院に入った娘さんの顔をみてこい。お膳立てして笑顔でそう言ってやると、物凄く嫌そうな顔をされた。
「お手紙を書きますわ。お礼は山で採れる山菜か何かで結構ですわよ。健康に良いものなら陛下がお喜びになります」
「お前が誰に似たかと改めて問う気はないが、そこまでまっすぐに家風に染まらずともとは思うな」
「本家のご当主殿直々のお褒めにあずかり光栄ですわ」
げんなりした顔の伯父上に土産を持たせ見送る。これで私は王のための最後の準備を一人で行うことになる。
さあ、ここからは無謀とロマンの悪の花道。悪魔のご加護があらんことを。
§§§
南方戦線からの連日の敗戦の報に王は荒れた。隣にいる人は大変だろうなと思いながら、私は自分の部屋で優雅にフルーツの盛り合わせを摘む。日本の果物とは比べられない野趣あふれる味だが、産地直送でなかなか美味しい。
南に送った兵士たちは満足に食料が届かず悲惨な目に遭っているだろう。私がやっているのは悪魔の所業だ。
いくら彼らが北の思惑で送り込まれた傭兵で、南方で勝利した暁には内に反旗を翻し北に迎合する契約で動いているトロイの木馬だとしても、北の手先の金で買った物資を途中で適当に着服させて届けないのは、人道から外れているだろう。
私は中継地の橋や流通を握っている地方領主や有力商人への礼状をせっせと書きながら、地図を確認する。
「ここの橋って、視察に行ったとき、古くなっていて危険だからかけかえてくれって言われていたやつよね」
「はい。マジェスティ」
「落としちゃいましょう」
「手配します」
「工兵隊を出して。地方のただのインフラ更新だから王への申告は不要」
「承知しました」
南方から兵が流れ込んできたとしたら通ることになる場所だが、そうなる局面はまだ先だろう。地図が未発達なこの世界で、ここの橋がなくなっていることの影響に気づけるものは多くはない。ついでに情報網も未発達なので、気づける奴に橋がないという情報が行く頃には手遅れになっている。
ろくに街道が整備されていないこの世界では、2つの地域をつなぐ経路に迂回路なんて気の利いたものはない。
私は甘い果実を一粒口に含む。
派遣する工兵に、木材と土嚢は多めに用意しておくように言っておこうか。
私は、自領の私兵の采配権限と良い山の幸を贈ってくれた伯父上に、慎ましく感謝を捧げた。
宰相閣下が山菜とる話はこちら由来です。
「残りもの令嬢の回想〜「あなたとは結婚できない」と言われ僧院送りになりましたが覚えていらっしゃいますか?」
https://book1.adouzi.eu.org/n5348kx/
コレ↑の感想欄には宰相さんと娘さんのSSもあります。
本作はこのあとシリアスに突入しますので、つらくなったときの息抜きにどうぞ。




