098 旅行の準備
この夏休み、神子島華さんが、友人と山梨県の『清里』へ行ってきた。
女性向けの情報誌には、毎月のようにメルヘンな観光地である清里の情報を載せている。
行ってみたくなったとしても、まったく不思議ではない。
華さんがそこで、九星会の信者を見かけたのは、完全な偶然だと思う。
そこに作為や罠、仕込みがあったとは思えない。
つまりこれは僥倖。
亜門清秋とは別ルート。つまり、奴に気づかれることなく、双子の少女と接触できるかもしれないし、九星会の本拠地へ向かうことも可能かもしれない。
「その土産物屋について教えてくれないか」
「へっ？ なんで？」
「双子の少女たちに、聞きたいことがあるんだ。その人なら、連絡が取れるかもしれない」
もちろん嘘だが、何も知らない華さんを危険に巻き込むわけにもいかない。
「そうなの？ いいけど……『ちくたく』というファンシーな小物を売っているお店よ」
「『ちくたく』か。間違いないのか？ 観光案内のパンフレットを見れば、場所は分かるかな」
インターネットで『検索』ができないので面倒だ。
華さんが勘違いしていたりすると、現地で立ち往生しかねない。
「うん、私が入ったお土産を売ってるお店ってあまり多くないから、間違いないと思う。駅前にあるパンフにも載っていたけど……まさか、行くの？」
「ああ、気になることがあるんだ」
エーイェン人であるギュラルラルゥに会ったことで、俺はすべてを思い出した。
あの日のことだけではなく、亜門清秋――九星会の野望もすべて思い出した。
やつらは、もう一度世界大戦をおこさせて、その後の復興で世界のリーダーになろうとしている。
第二次大戦後を考えれば、おのずと答えは見えてくる。
戦後、政治や経済を牛耳ることが世界のリーダーに必要なことだった。
米国一強とならなかったのは、戦勝国側に共産国がいたからだ。二強時代となって、冷戦が発生した。
第三次大戦後はどうだろうか。九星会は、世界のエネルギーを握ることが重要だと考えている。
おそらくそれは正しい。今後、エネルギーを制限されれば、国は簡単に衰退する。
九星会が2030年まで行動を起こさなかったのも、戦後のリーダーシップを取れる目算が立たなかったからだろう。
たとえば、ウイルスによるチート能力を持っている人間はあまりに少ない。
ラスベガスにあるエーイェン人の住み処が発見されるまで、行動に移せなかったのだ。
どれほど優秀な者だろうと、一人でやれることには限界がある。
清秋のような能力を持った者が量産されれば、その弱点も克服される。
危なかった。あのとき俺が清秋の跡をつけていかなければ、最悪、ギュラルラルゥは殺され、プログレッシオの円盤は持ち去られたことだろう。
そして俺は、この先の歴史を知っている。
経済が失速し、世界はどんどん悪い方向へ進んでいく。九星会が台頭する下地ができつつあるのだ。
世界はエネルギーを巡って、緊張状態となる。そうなってから、九星会をどうにかしようとしても遅い。
いまのうちに、九星会の野望を挫いておきたいと思う。
『夢』の中では、亜門清秋に一度も勝てなかった。いま勝てるとも思えない。
だが、奴がいなければ、勝機はあると思っている。そのためにも、この僥倖を逃したくない。
俺の真剣な思いが通じたのか、華さんは「やっぱり年上が好みなのね」と納得した顔をしていた。
通じていなかった。
一人になって、いろいろと考えた。
亜門清秋は、東大を出て官僚になった。
優秀な同志を見つけることと、政治の中枢に身をおいた方が有益だと判断したからだろう。
事実、東大時代の同級生は、やつに感化されて九星会に入った。
久しぶりに会ったとき、「悲願がもうすぐ叶う」と言っていた。
あのときの言葉の意味は、いまなら分かる。戦争がはじまるのだ。九星会は、それを終わらせることができるか、コントロールする自信があったのだろう。
「まいったな……」
やはり敵は強大だ。俺一人では、太刀打ちできないかもしれない。
いや、先のことで悩んでもしょうがない。出たとこ勝負になるが、双子と接触すること、できれば九星会の本部をこの目で見ることを考えよう。
俺は清里に向かう準備をすることにした。
「新宿の旅行代理店でいいか」
インターネットが発達すれば、自宅にいながらにして宿の予約ができるが、この時代だと旅行ガイドを買ってきて、自分で電話するか、旅行代理店に出向いて予約するしかない。
清里は人気のスポットだ。ガイドブックに載っている宿を一軒一軒電話するのは骨が折れる。
代理店ならば一軒くらい、空いている宿を探してくれるだろう。
日帰りでもいいのだが、かなり忙しいことになるため、できれば現地で一泊したい。
旅行代理店に向かうつもりで新宿駅の構内を歩いていると……。
「大賀くーん」
駅の構内で名前を呼ばれた。デジャブだ。
俺は聞こえないフリをして歩を早めた。
「大賀くん！ ねえ、大賀愁一くん！ 大賀愁一くん、あたしよー！ 名出琴衣ぃー！」
「…………」
大勢の人が歩いている新宿駅の構内で、フルネームを連呼された。
「……はぁ、はぁ。大賀くん、あたしが呼んだの、聞こえなかった？」
「聞こえていたので、無視した」
「ひどいっ！」
「土産は渡したし、用はないだろ。あと町で知り合いと会っても、相手が気づいていなかったら知らんぷりするのが鉄則だ」
「そんな鉄則なんて、知らないわよ。それよりどこに行くの？」
名出さんは、「ねえ、どこ？ どこに行くのかしら」と俺から離れない。
好奇心は猫を殺すというが、いまの名出さんは、好奇心丸出しの猫のようだ。
「……旅行代理店だ」
「旅行？ ねえ、また旅行に行くの？ なんで？ どこへ？」
名出さんは、俺から絶対に離れる気がないらしい。
高校進学するにあたって、担任の出身校を選んだのは、間違いだっただろうか。
Ｋ高校のうっとうしい人間関係から離れられたと思ったのだが、現実は非情だ。
「旅行の目的地は清里だ。そこで話を聞きたい人がいるからだ。じゃあな」
それだけ伝えて踵を返したのだが、背後から「清里！ ペンションじゃん。メルヘン！」という叫びが聞こえてきた。
メルヘン、メルヘンという声が後ろから近づいてくるのは、なぜだろうか。
父は戦時中生まれです。物心ついた頃、戦争が終わったかどうかだったと思います。
戦後復興の頃に青春時代を過ごした父がどういう人だったかと言うと……。
高校剣道部の合宿が終わったあと五日間休み（固定）なのですが、「遊ぶなら今しかない！」と私は考えました。
合宿の翌日海水浴に行って（日帰り）、一日休んで登山キャンプ（一泊二日）したら自分のキャパを越えたらしく、血尿が出ました。「またか（2回目）……」と。
小4のとき、夏休みの課題で「家のお手伝いをしましょう」というのがあって、物心ついた頃から農家仕事を手伝っていた私は、「必要ないんじゃ？」と思いつつ親に相談。
なぜか夏休みかけて、梅雨の時期に下方に流れた畑の土を元に戻す仕事をすることに。（なぜ？）
その畑は斜面なので、豪雨になると泥が下に流れるんですね。それをシャベルで一輪車に乗せて上まで運んでならすという作業。拷問か？
距離も結構あるので、風呂桶一杯分を運ぶのに一時間かかります。
それを朝から晩まで毎日やっていました。
そんな作業を10日も続けた頃、炎天下の真夏なのに真冬並みの寒気が襲いました。親に言うと「休みながらやりなさい」とのこと。
再開しても、身体に力が入りません。というか倒れそうです。これは異常事態だと、シャベルを放りだして一人で帰宅することにしました。
そのときの気持ちは「途中で力尽きて、倒れるかも」でした。案の定、日なたに出ると溶けそうです。（謎）
日陰を伝って移動しますが、家までは遠い。でももう、日陰から出られません。（出ると倒れるくらい弱っていた）
近所の農家のおばあさんが弱っている私を見つけてくれて、家の縁側で休めと言ってくれます。ものすごい寒気で力が入らず、ほうほうのていです。異常を察知したおばあさんが布団を敷いてくれて、家まで報告に行ってくれました。
伝言ゲームのようになって、畑にいた母が車で近所の病院まで連れて行ってくれて、検査。
血尿が出てますと言われます。病名は急性腎炎。
ただし医者は、ひとつの病名を挙げただけで、体内の免疫力がものすごく落ちていて、内臓のあちこちに雑菌が入っているとのこと。
尿や血液の中に大量の雑菌が見つかったんだろうなと。（予想）
大病院で入院するか、家でじっとしているかと言われました。免疫力が回復すれば自然と治るが、このままだと内臓がだめになって死ぬと言われました。
真夏です。家族はみな日中は働いているので家にはだれもいません。だったら家で静かにしていた方がいいかなと、入院は選びませんでした。
数日間、指一本動かさないようにと言われて自宅待機です。動くのは食事とトイレくらいですね。
回復は早かったので、数日で数値はもとに戻ったと思います。ようやく普通に動けるようになったのですが、原因はもちろんあの拷問のような作業。
穴を掘って埋めるという拷問がもっともきついと言われますが、似たようなのを10歳の小学生にやらせます？ しかもあれ、ただ思いついただけでやらせたんですよ。
もちろんあれを続けるわけにはいきません。
そうしたら父が一言「体力ないな」。
マジですか？ どのレベルの体力求めてます？ そんな使えない？ と憤った思い出があります。
苦しい時代を生きた人だから出た言葉でしょうが、家の中では最弱扱いですよ！
