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第二十八話 大志を抱く男

第二十八話です。

 昔々、ある遠い田舎の小さな村でのお話です。



 小さな男の子が隣の家の小さな女の子に将来の夢を語りました。


「しょうらいはゆうしゃになって、だれよりもつよくなって、おまえをまもってやる。それでおまえをしあわせにしてやるんだ」


 小さな女の子は嬉しそうに笑いました。




 それから数年が経ちました。




 男の子は幼馴染の女の子に宣言しました。


「きっと大人になったら王様になって、だれよりも偉くなって、お前をお妃様のしてやる。それでお前を幸せにしてやるんだ」


 女の子はにっこりと笑って頷きました。




 それからまた数年が経ちました。




 少年は一緒に村の学校を卒業した少女に約束しました。


「この村を出て兵隊になる。きっと手柄をあげて偉くなって戻ってくるから待っていて欲しい。それでお前になんでも好きなものを買ってやれるようになって、お前を幸せにしてやる」


 少女はどうか怪我だけはしないで、と少年を送り出しました。



 

 それからさらに数年が経ちました。




 青年は兵士の仕事の時に負った怪我が原因で兵士をやめ村に戻ってきて言いました。


「今は何にもないけれど、怪我が治ったらまた街へ働きに出る。どうか俺の妻になって欲しい。必ず商売で儲けて出世して、お前を綺麗に着飾らせてやれるようになって、お前を幸せにしてやるから」


 青年の想い人は頬を染めて泣きそうな顔で頷きました。




 それからさらに数年が経ちました。




 男は街へ出稼ぎに出ましたがうまくいかずに村に戻ってきて言いました。


「商売はうまくいかなかったがいい植物の苗を仕入れてきた。たくさん増やして売ればいい金になる。そして土地を広げてお前を大地主の奥様にして幸せにしてやる」


 男の妻は繕い仕事をしながら眉を下げて微笑みました。




 それからまた数年が過ぎ去りました。




 農業の仕事は大きくは成功しませんでしたが、日々食べるに困らないていどの作物を育てる壮年の男は妻に請いました。


「これが最後のチャンスだと思う。再度街に出て、挑戦してみたいのだ。そして後世に名を遺すような人間になり、そんな男の妻だったとお前に誇ってもらえるようなって、お前を幸せにしてやりたいんだ」


 壮年の男の妻は糸巻き車をひきながら、苦笑しながら頷きました。




 それからしばらく長い年月を経て……。




 街で成功することなく、それどころか病を得てやっとのことで村に戻ってきた老年の男は、ベッドの中で彼の妻に手を握られながらほとほとと涙を零しながら言いました。


「俺は今までお前を幸せにしてやると誓いながら、何をなし得ることも出来なんだ……。それどころか我ままを言い、勝手なことばかりして、お前には迷惑と苦労ばかりをかけた。こうして俺の命ももう尽きようとしている。ついぞ、お前を幸せにしてやることは叶わなんだ……」


 老年の男の妻は穏やかな、とても幸福そうな笑みを浮かべ、力の入らなくなった夫の手をぎゅうっと握り、こう言いました。


「何をおっしゃってるの、あなた。確かにあなたは、勇者になるだの王様になるだの、立身出世をするだのおお金持ちになるだのとそれはそれは大きなこころざしを抱き、その夢を私に語ってくれたわね。確かにその夢は何一つ叶わなかったわ。だけどお忘れ? あなたが夢を語るその最後には、必ず私を幸せにしてくれると言ってくれていたのを。いつもいつも、あなたが私のことを想い、わたしを幸せにしてくれると約束をくれたこと。そして今なお、私の幸せを一番に想ってくれていること……。これを幸せと言わずに、何を幸せと呼ぶの。ああ、私はなんて幸せな妻なのでしょう。なんて幸せな日々だったのでしょう。ありがとう、あなた。いつも私に幸せをくれて。いつもわたしの幸せを願ってくれて。私はとても幸せでした。だからどうか、あなたが先に逝ってしまっても少しだけ待っていてね。あなたが待っていてくれるとわかっているだけで、私はきっと最後まで幸せな私でいられるのだから…………」

 




 これは、昔々、ある遠い田舎の小さな村でのお話。


 今でもその村の見晴らしの良い丘の上には大志を抱いた男とその幸せな妻の墓があり、二人はそこで静かな永遠の眠りについているとのことです。 

次話もよろしくお願い致します。

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