第二十七話 ぐるぐる
今回の話は「ぐるぐる」です。
その夜もいつものように風呂に入った。
ボンヤリと湯船のお湯を眺めていたら、小さな渦が巻いた。
ぐるぐると、それは小さな渦だった。
何だ? と思うのと同時に、どこからか声がしたような気がした。
―――――あと三日。
そう、聞こえた気がした。
薄気味悪く思い、俺は早々に風呂場を後にした。
その翌日も、同じように風呂に入った。
すると間もなく、湯船に渦が巻いた。
ぐるぐる、と。
心なしか、昨夜のものよりも少し大きいように見えた。
そしてまた、あの声が。
――――あと、二日。
その声も昨夜より大きいような気がした。
恐怖を感じた俺は、風呂場を飛び出した。
次の日は、風呂に入ろうか迷った。
が、ずっと入らないでいるわけにもいかない。
風呂の蓋はあけたが、今回は湯船には入らないでシャワーで済ますことにした。
だが、俺の何も起きないで欲しいという願いにも似た期待は裏切られ、湯船に大きな渦が巻く。
ぐるぐるぐるぐる。
そして、その声が。
――――いよいよ、明日。
俺は悲鳴をあげて風呂場から逃げ出した。
布団を頭から被り、ガタガタと震える。
あの渦は何なのか。
あの声は何なのか。
明日、何があるというのか。
明日、明日は……。
明日は、俺の誕生日ではないか…………。
「なあ、安岡。ちょっと……」
翌日、俺はクラスメイトの安岡に声をかけた。
「あ、何?」
「ちょっと聞くけどさあ、お前、毎日風呂入ってる?」
「はあ? ……ってまさか、俺くさい? 臭うってこと!?」
焦ったような顔で安岡はクンクンとシャツをたくしあげ、自分の臭いを嗅いだ。
「いや別に臭いからってわけじゃなくて。要は風呂派かシャワー派かってことを聞きたいわけよ」
「は? 何で?」
「いや、ちょっと聞きたくて」
「んだよそれ。まあ、基本シャワーだけだけど?」
「ふうん……」
「で、それが?」
「ああ、安岡、今日誕生日って言ってたよな」
「よく知ってんなあ」
「前そんなこと言ってたのなんか耳に残っててな。まあ、おめでとさん」
「サンキュ」
安岡は少し照れたように頭をかいた。
普段特段交流もない俺が覚えていたのが気恥ずかしいのだろう。
ストーカーレベルまでいってしまえばもちろん別だろうが、普段接点のない人間から気にかけてもらうのは意外と嬉しいものだったりするのでわかる気はする。
別に安岡だから覚えていたわけではなく、単に自分と同じ誕生日だったので記憶していただけなのだが。
「そんで、俺の誕生日と風呂がどう関わりあんのよ」
「ああ、誕生日に風呂入って身ぎれいにすると運気上がるって聞いてな。実は昨日これ隣のおばさんにもらったんだけど、俺使わねーし。おふくろは何か拘りあるらしくってよ。で、お前が今日誕生日だったこと思い出してさあ」
そう言いながら、俺は一回使い切りタイプの入浴剤を安岡の差し出した。
「え、くれんの?」
「まあ、こんなんが誕生日プレゼントじゃちょい悪いけどな」
「いや、くれるもんならもらっとくよ、サンキュー。運気も上がるって話だし、せっかくだから今日は風呂入ってみっかな」
安岡は笑顔で入浴剤を受け取った。
その日、俺は風呂には入らなかった。
翌日、学校に行くと安岡の姿はなかった。
また、その日以降安岡の姿を見た者は誰もいない。
あの風呂のぐるぐるはなんだったのか。
あれ以降風呂であのぐるぐるや声を聞くことはなかった。
誕生日が同じ安岡は、俺の代わりになったのか。
それとも、あの日誕生日を迎えた者すべてに何かがおきたのか。
それはもう知る術はない。
ここで終わるとホラー、別展開で異世界トリップとか書いちゃうとファンタジーのオープニングということになるのでしょうか。




