第十八話 東の西の
登場人物の年恰好はお好みのものをどうぞ。
「おーい、東のー、いるかー!」
「おーい、西のー、いるぞー!」
それは、日常的に行われていた呼びかけ。
お互いの存在を確認する為の挨拶。
「おーい、東のー、いるかー!」
「おーい、東のー、おらんのかー!」
「おーい、東のー…………」
それが、突然途絶えるなんて思いもせんかった。
「で?」
俺はみかんの皮をむきながらそう促した。
冬のこたつでみかんは正義だねいやまじで、うむ。
「寂しくて山から下りてきて行くとこなくて行き倒れてたんかい」
むいたみかんを口に放り込んでいく。
あ、うまいなこれ。もう一個いくか。
「だって、だって……」
目の前に背を丸くして座り込んでいるのは一人の男。
西の山の鬼、と名乗った。
その頭には実際小さな角が生えていた。
試しに力任せに引っこ抜いてみようとしたから偽物ではない。
泣き喚いて抵抗されたが、ぱちもんじゃねーのとやってみたくなるのは人として当然の心理だろ? 俺は悪くない。
はじまりは学校帰り道端で倒れている男を見かけたことによる。
ボロボロよれよれの見るからに行き倒れた感漂う姿だった。
しかしまわりの人間が一顧だにしない所を見ると、ああそういうものか、と思った。
俺は昔から人ならざるものを普通のものとして見ることができた。
逆に言うと、人ではないものと人であるものの区別がつかない。
だから、判断基準は、まわりの目だ。
まわりの人間が気にもしないことは、人の目に映っていない。
人の目に映ってもないこれは、人間ではない。
しかし、捨ておくのも寝覚めが悪い。
危なそうなものなら放置だが、俺の勘がこれは危険なものではないと判断する。
俺の勘は意外なほどよく当たる。
俺は、そいつの首根っこをつかむと、ずるずると引きずって帰宅した。
重さは殆ど感じなかった。
とりあえず持ち帰ったそれは家の端っこに転がしておいた。
しばらくすると、それはむくりと起き上がってきた。
そして助けた俺に礼を言い、名乗り、興味を覚えた俺に角をつかまれ少し怯えた末、己の身の上話とあいなったのである。
不思議なことに時間を経るにつれ、ボロ布同然だった男の姿が徐々にこぎれいなものへと変化していったのは少し驚いた。
西山の鬼(名前がないとのことでとりあえずはこう呼ぶことにする)はその山に一人きりだった。
家族も仲間もいない。
ただ、東の山に自分と同じ存在がいることには気がついていた。
それは相手も同じだったようで、いつしか二人は「おーい東の」「おーい西の」と呼びかけあうようになったという。
「頭上でそんな声がしてたら煩くて仕方ねーな」
俺が正直な感想を漏らすと、西山の鬼はゆるく首を振った。
「人間には俺らの声は聞こえん。聞こえんはずだが……?」
そう言いつつ西山の鬼は俺を見ながら首を傾げた。
どうして俺には声が聞こえるか疑問に思っているのだろう。
俺はスルーする。
俺だってそんなん知らんわ。
西山の鬼は続けて語る。
しかしある時から呼びかけても呼びかけても東山の鬼から返答が返ってくることはなくなった。
最初はどうしたのだろうかと思った位だったが、だんだんと心配になり、だんだんと心細くなってきた。
山には他にも動物がいた。
が、言葉を交わせる同等の存在はいなかった。
己は、ずっとこのまま呼びかけあう存在もなくずっと独りなのであろうか。
そう思ったらいてもたってもいられなくなった。
気がついたら山から下りていた。
が、山では自然の精気に満ち溢れそれが己の生きる力となって還元されていた。
しかし人里では、その自然の精気がほとんど感じることが出来ない。
精気を取り込めず、飢えて、行き倒れていたところを拾い上げたのが俺だった、というわけらしい。
「でも俺飯与えてねえよな? どうやって復活した?」
「んー、何かお前から溢れ出す生気? が山の精気? にすっごく近く? て元気になった?」
俺の質問に西山の鬼は首を傾げながらそう答えた。
何だその疑問符ばかりの返答は。
だがそれより問題は。
「何お前、人の生気食うの? 俺の寿命縮むわけ? じゃあとっとと出てけ」
「はわ!? え、食ってないよ? 吸ってるだけ! しかも漏れ出てる分だから体にも問題ないよ!? だからそんなこと言わないで! 追い出さないで!」
あわあわと西山の鬼はそう言って懇願する。
「俺は気の塊なんだ。なくなったら存在も消えちゃうんだよ。でも吸うって言っても、お前の負担にならないほんのちょこっと程度だから! だからここに置いて!」
ほう。あの引っ張ってみた時の異様な軽さの原因はそれか。
「お願い! 気だって一言に言っても誰でもいいわけじゃなくて、お前のじゃないと駄目みたいなんだ。ここを追い出されたら俺、また飢えて今度はきっとそのまま死んじゃうよ!」
「じゃあ山へ戻れば?」
つかそれですべて解決じゃね?
俺は三つ目のみかんを口に放り込みながらそう言った。
すると、西山の鬼はぷるぷる震えながら涙を浮かべた。
「……だって山に戻っても独りなんだもん」
もんじゃなーよ、もんじゃ。
男のくせに甘ったれてんじゃねーよ。
あ? 鬼って性別あるのか? 見た目男そのものだが。
「それに、東のがいなくなったのって、死んじゃったわけじゃないと思うんだ。きっと東のも理由があって人里へ下りたんじゃないかって思うんだ」
「じゃあいつまでいる気だよ。一生まとわりつかれんの冗談じゃねーけど」
ため息交じりにそう言う俺に、西山の鬼はうかがうようにして見上げた。
「あの、その、東のを探す間……、置いてもらえたら、その……いつまでとは言えないけど」
うざい。
男の上目遣いすっげうざ。
俺は五つ目のみかんを口に放り込みながらため息をついた。
「……まあ、いいぜ」
どうせそんな長い期間じゃねーだろうし。
俺の勘がそう言ってる。
「いいのか!?」
嬉しそうに西山の鬼は顔をあげた。
「見つかるまでな」
「ああ! それでいい!」
西山の鬼はこくこくと頷いた。
「で? 無事見つけたらどーすんだ? また東と西の山に分かれて暮らすのか?」
「…………」
「なんなら年の半分を東で、その残りで西で暮らせば?」
「それだ……! お前、頭イイ!」
お前は頭軽そうだな。
ああ、気だって言ってるもんな。
中身がつまってねーのか。
「あ、それはそーと」
七つ目のみかんを口に放り込む俺を見ながら、西山の鬼は俺を指さして言った。
「お前、みかん食い過ぎじゃね?」
「ほっとけ。おん出すぞコラ」
ああ、まったく。
面倒なものを拾っちまったぜ。
まあそんなに長い付き合いじゃねーだろう。
そう、俺の勘が言う。
仕方がねーから探しもんが見つかるまでは面倒見てやるよ。
それが拾ったもんの責任だろーしな。
探すのも手伝ってやるよ。
きっとすぐ近くにいるはずだ。
そんな気がする。
間違いない。
なぜなら、俺の勘は良く当たるから、な?
次回は年内更新を予定。




