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第十七話 グッドバイ ボーイ

何か、すみません。

 うちは両親共働きだった。


 そして俺には兄弟もいない。


 つまりは一人っ子だ。


 ちなみに近くに親戚もいない。


 両親の不在時に頼る人間はいなかったということだ。


 両親は息子を信頼していると常々言っていた。


 だから、放任主義でいくのだと。


 俺は思った。


 単に仕事が大変で子供にまで手がまわんねーだけだろ、と。


 しかし、俺はきちんと理解している。


 良識ある大人であれば、社会人として仕事を優先することは当然のことだ。


 働かなきゃ食ってけねーしな。


 仕事と家庭、両立は大変だよな。


 親だって人間だ。


 すべてがパーフェクトになんていかねーぜ。

 

 そして、子供だって人間だ。


 監督する人間の目がなければ、生活はテキトー、宿題だって忘れることはある。


 でも俺だって子供としての責務は果たしてる。


 学校にはズル休みなんかせずに、きちんと行ってるし。


 グレたりスネたりなんかもしねー。


 ただ学校から帰ったら、ゲーム三昧夕食はカップ麺でいーや風呂はシャワーですまそ、な毎日だが。


 それが何か? 




 そんな俺の生活に変化が起きたのは、ある夜のことである。


 やはり両親ともに不在で、俺はゲームに熱中してた。


 そんな中ふと気がつくと、目の端に引っかかるものがある。


 虫か?


 そう思ってそちらに目線を向けると。


「……………………」


 そこには小さなおっさんの人形があった。


 タオル地のねじり鉢巻きに、肌着にステテコ、茶色の腹巻。まさに、ザ・おっさんだ。


 こんなとこになんで人形、しかもおっさんの形のものなんか、そう思った時だった。


「おう、少年。ゲームばかりしてちゃ目に悪りーぜ!」


 いきなり、その人形はそう喋った。


「……な、何、これ……」


 その時の驚きは決して口に言い表せるものなんかじゃないね。


 マジで口から心臓が飛び出るくらいには驚いた。


「おう? おでか? おりゃー、小さなおっさんだ! よろしくな、少年!」


 小さなおっさんと名乗った小さなおっさんは、そう言うと、手を挙げた。


 俺にその後の記憶はない。


 気を失ったからだ。


 人間って、脳の許容範囲を超えると逃避現象を起こすんだな。


 後でそう思ったもんだ。



 夢であればよかったのに、夢ではなかった。


 その後もおっさんは現れ続けた。


 しかも、これがかなり口うるさい。



「おう、少年! そんなもんばっか食ってたら身体にわりーぞ。おっさんが教えてやるから作ってみ」


「少年、さっさと起きて洗濯しろよ。今日はいい天気だそーだぜ。布団も干せよ」


「アイロンがピシッと決まった服を身につけた格好は格好がいいぜ。おじょーちゃん達にもモテモテだ。慣れりゃ簡単だからやってみよーぜ」


「掃除は心だ。綺麗に掃除できてっと、心もスッキリするぞ。ほら、だからさっさとかたづけっぞ」


「ほれ少年! もう宿題は済んだか? わかんないとこあったらおっさんが教えてやっから、な!」



 お前は俺の母か姑かってなくらいに干渉してくる。


 しかもツッコミどころ満載だ。


 一番のツッコミどころは、アイロンがピシッと決まったっておっさん、あんたの格好肌着にステテコ腹巻だろーが!



 しかし、慣れとは恐ろしいもので、そんな小さなおっさんとの生活も当たり前の日常になり、日々は過ぎて行った。


 頭がおかしくなったと思われても嫌だったから、小さなおっさんのことは誰には言わなかったけどな。


 気がつけば俺は、おっさん勉強の指導のもと成績は伸び、おっさんの食生活の指導のもと身体は健やかに育ち、おっさんの生活指導のもの身ぎれいな野郎に育っていった。


 おかげで学校生活も家庭環境も順風満帆。


 そこはおっさんに感謝かもしれん。



 そんな俺も高校三年になり、大学を受験し無事合格。


 春には長らく生活をしてきた実家を離れることになった。


 久々両親が揃った夕食で、父が感慨深そうに言った。


「とうとうお前も大学生か。立派なものだ。時が立つのは本当に早いものだ。子供は放っておいても勝手に育つと言うが、本当だったなあ。何もした覚えがないよ」


 ああ、まじで何かしてもらった記憶がねー。


 いや、金は稼いできてもらってたけどな。


 確かに放っておいても勝手に育ったろうが、小さなおっさんがいなかったら少なくとも生活レベルと進学先は数段下方修正されてたろーからな。


「本当ね。でも心配だわ。一人暮らしなんて大丈夫かしら?」


 いや母よ。


 俺がきれいにした部屋で、俺が作った料理を食べて、俺が洗濯してアイロンかけた服着てそれ言いますか。


 つか小さなおっさんいなかったら俺マジ今までも一人暮らしとかわんねーのよ?


 ……そう考えると、小さなおっさんって俺にとって……。


 スッと小さなおっさんに目をやると、おっさんはグッと親指を突き立ててにっと笑ってみせた。


 イラッ。


 なんだか無性にいらっとしたので、俺はその感傷は気のせいだったことにした。




 そして、家を出る日。


 この日も両親は仕事で不在だった。


 まあいーけどね。


 今生の別れでもあるまいし。


 荷物は殆ど先に送ってあるので、俺は小さなバックだけもって家を出ることにした。


 ふと、ドアを開ける前に後ろを振り返るとそこには小さなおっさんがいた。


「……おっさん」


 小さなおっさんとしばらくそのまま見つめ合っていた。


 どれくらい経っただろう、おっさんはゆっくりとした動作で親指を突き立て言った。


「グッドバイ、ボーイ」


 そう言って、おっさんはふっと姿を消した。


 現れるもの突然なら、消えるのも突然だった。


 俺は、しばらくおっさんがいた場所を見つめていた。


 そこにはもう小さなおっさんの姿はどこにもなかった。


 俺は、ぼそっと呟いた。


「……何で、英語」


 その後はぎゅっと口を食いしばり、俺の意思に反して出てこようとする涙をこらえたのだった。




 家を出た俺は、電車やバスを乗り継いで、進学する大学近くに借りたアパートへと向かった。


 道中、景色を眺めながら思い出すのは小さなおっさんと過ごした日々のことばかりだった。


 思っていたより、小さなおっさんは俺に強い影響を与えていたのだった。


 ……何だか、それが少し悔しかった。


 管理会社から鍵を受け取ると、俺はこれからしばらく住むことになるアパートの部屋のドアを開けた。


 そこには。


「よお、遅かったな、少年!」


 タオル地のねじり鉢巻きに肌着、ステテコに腹巻姿の小さなおっさんがいた。


「……………………」

 

 俺は無言で静かにドアを閉じた。




 さあ、人騒がせな小さなおっさんへの第一声はどうすべきか。


 俺は沸々をこみ上げる怒りと、いまいち正視したくない怒りだけではない複雑な想いを胸に、そう考えるのだった。



でも後悔はない。


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