第十二話 くまきちの長い夜
なんか、すみません。
オスッ! おらはくまきち!
ミルルたんのかわいいかわいいぬいぐるみさ!
ただのぬいぐるみじゃないぞ?
とってもぷりちぃなティディベアなんだな!
お? 話し方がかわいくないってか?
んだ、この話し方は気がついたらこうだったんで、直しようがないさね。
でもおらのかわいいかわいいミルルたんが、おらのことをかわいいかわいいって言うから、おらはかわいいんだ!
おらに「くまきち」ってめんこい名前をつけてくれたのも、ミルルたんなんだな。
ミルルたんは、齢5歳になる、おらのかわいいかわいい持ち主のおんなの子なんだべさ。
出会いはミルルたんの3歳の誕生日。
ミルルたんへの誕生日の贈り物として両親からプレゼントされたのがおらだったのさ。
ミルルたんに名前をつけられたその時に、おらの意識は覚醒したべさ。
そしてかわいいかわいいミルルたんを、おらが持てる全力の力で守っていこうと、そう決意したのはいい思い出だ。
ミルルたんは毎晩眠る時、おらを抱えて眠りにつくんだで。
もう一人で眠れる立派なえらい子なんだべさ。
そんなミルルたんを守るのがおらの役目だ。
危険はいつどこでわいて出るかわからねもんな!
おらはミルルたんがぐっすり眠り込むまでじっとミルルたんの腕の中でスタンバイしてるんだわ。
おらの一番の至福の時間だわな。
んで、ミルルたんが深い眠りについたことを確認したら、そろそろと抜け出すんだ。
そろそろが大事だべ!
ミルルたんを起こしてはなんねからな!
で、まずは柔軟体操からはじめるんだ。
一日じっとしててすっかりからだはかたくなっちまってるかんな!
ぬいぐるみでも、気は抜いたらあかんだわ。
おいっちに、おいっちに、とほどよくからだがあたたまったところで(実際にはおらには体温はねーけどな)、腹筋背筋腕立てスクワットブリッジetc.、etc.……。
次は部屋の中で3mダッシュ100回だ。
この時のポイントは物音をたてないことだべな。
まんがいちにもミルルたんを起こしちゃなんねし、不審に思った両親に部屋をのぞかれにこられてもいかんからな。
そんで次は垂直跳び訓練。
毎晩更新記録出す為頑張ってるさね。
ここまで終わってやっと準備運動完了だ。
ここからが本番。
正拳突き、目つぶし、肘鉄、とび蹴り、まわし蹴り、かかと落とし、足払い……。
まあおもに格闘技、喧嘩の訓練と思ってくれれば近いでな。
ん?
なにをやってるか、ってか?
もちろん、おらのかわいいかわいいミルルたんを守る訓練だべな!
考えてもみるべさ。
ミルルたんはまだ幼くて華奢なかわいいめんこいおんなの子なんだわ。
いつどんな危険にさらされるかわかったもんじゃないんだべさ。
もしかしたら、突然強盗が押し入ってくるかもしれん。
そんな時、おらがそいつをこの拳と足技で倒さんとならんわ。
もしかしたら、ゆるんだ額縁が落ちてくるかもしれん。
そんな時、おらが飛び上がりジャンプで、その落下物をはじかにゃならんわ。
もしかしたら、地震で本棚がミルルたんの上に崩れてくるかもしれん。
そんな時、おらがそれを支えてミルルたんが抜け出せるスペースをつくらんといかんわ。
もしかしたら、不埒な蚊がミルルたんの血を狙ってくるかもしれん。
そんな時、おらが瞬殺せにゃならんわ。
ふー、ちょっと考えただけでもたくさんだわ。
当面の目標は、もし火事になった時おらが燃えずにどうやってミルルたんを救出するか、だわな。
よく燃えそうだもんな、ぬいぐるみなだけに。
そんなこんなでおらは毎晩自己鍛錬に忙しいんだわ。
すべてはおらのかわいいかわいいミルルたんの為に!
ん?
そうこうしているうちにもう夜明けだべな。
そろそろミルルたんの腕の中に戻らんと。
ミルルたんが起きてきてしまうべな。
もそもそとおらはもぐりこむ。
目の前にはかわいいかわいいミルルたんの寝顔。
ああ、おらは本当にしあわせだ。
ミルルたんのぬいぐるみになれて、本当に。
ミルルたんのことは、なにがあっても絶対おらが守るからな。
そう新たに決意し、おらは長い夜を終え、いつもどおり幸せな眠りにつくのだった。
はて? もっとメルヘンちっくになる予定だったのに。
終わったらおっさんちっくになってるのはなぜ。




