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【書籍化中!】アルケミスト・アカデミー(旧:双色の錬金術師)  作者: ちゅるぎ
イメージする段階。

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95話 東駐在所の第二十四部隊副隊長

長いwww

スイマセン、なんか長くなりました……。



  言われて初めて気付いたんだけど、モルダスの街には騎士が多い。


治安がいいのは騎士が絶えず見回りをしているからだ、とエルが駐在所へ向かう道すがら教えてくれた。

 冒険者や観光客も多いから気付かなかったんだけど、身に着けているものが統一されているからトライグルの騎士かどうか見分けるのは簡単みたい。

教えて貰った時は驚いたっけ。



「冒険者って鎧着てる人が多いから気付かなかったけど、騎士の人ってホントに多いね」



 武器を持った冒険者も多いし、国内外問わず観光に訪れる貴族も少なくない。

煌びやかな服を着ている人が通ったことに気づけば、顔も服も草臥れた人も通る。


 首都って色んな人が集まるんだな、としみじみしながら敷き詰められた煉瓦の上を歩く。

露店や擦れ違う荷台につけられた国旗を何気なく眺めているとエルが口を開いた。



「おう。首都だから揉め事の種はそこら辺に散らばってるんだ。同時に発生することもあるから、どうしても人数がいる。揉め事は夫婦喧嘩だったり、観光客同士の小競り合いだったり、質の悪い冒険者だったり、小悪党だったり、えーと迷子だったり……だな。放っておくと結構面倒なことになるんだよ」


「迷子……あ、もしかして初めて会った時に道案内してくれたのって」


「仕事って言えば仕事だったんだけどさ、ライムみたいに初めて首都に来るヤツは何かと揉め事起こしたり巻き込まれたりするから心配だったんだよ。ほら、髪の色が珍しいと立ってるだけで目立つし」



厄介な貴族に絡まれたら大変だろ?


 照れ臭そうに笑うエルを思わずまじまじと見つめてしまった。

いや、だってこれがリアンなら余計な言葉が一つ何処か二つ以上はくっついてくるし、ベルでも呆れたような顔されるもん。

感動しながら改めてお礼を言えば、気にするなと明るく返された。



「騎士ってすごい。騎士って親切。貴族騎士も高慢ちきな錬金術師も全員まとめてエルみたいになればいいのに」


「ライム、お前大丈夫か?」


「都会の人代表がリアンとベルだと思ってたけど違うんだね」



首都に住んでるのにこんなに親切にしてくれる人もいるってわかって私は嬉しい、と一人呟くと少し後ろから馬鹿にしたような冷たい声。



「非常識を非常識と言って何が悪い。もっと常識を学べ」


「ほらぁぁああぁ! これだよ、リアンの通常対応! ねえ、今からでもいいから錬金術師になろうよ、エルっ」


「無理だっての。つか、仲いいんじゃなかったのか? 二人とも」



はた、とその言葉で足が止まって思わずリアンを見る。

目が合って少しして私は首と手を横に振った。



「友達だし同級生だけど、厳しくて口うるさい先生と暮らしてる感じ」

「一応友人として認識はしているが、知識の偏ったアホに躾をしている気分だな、住み込みで」



じろっと隣に立っている眼鏡を睨めば鼻で笑われた。



(く、悔しい。こうなったら辞典とか調べて難しい言葉覚えて、賢い反論してやる)



覚えてろ、と思わず拳を握り締めた私は悪くない筈。


 何とも言い難い空気になったのを察したらしいイオが慌てた様に声を上げた。

視線を向けると視線を彷徨わせながらパッと顔を明るくさせた。

ちょっと口元が引きつってる。



「道案内といえば、なのですが騎士科には外国語の試験という授業がありますよ。三大国家と呼ばれる『トライグル王国』『スピネル王国』『カルミス帝国』は統一言語ですが、独自の言語を持っている国もありますから、それらを満遍なく覚えて解答しなくては留年……となる事もあったりして結構大変なんです」


「え、そうなの?! てっきり剣を振り回してばっかりいるのかと思った」


「おいおーい。ライムにはどんだけ脳筋に見えてるんだよ、俺ら騎士科の連中は」



驚く私の言葉にエルが何故かお腹を抱えて笑い出した。

隣ではイオが困ったように笑っている。

 リアンは特に興味がないのか周囲に視線を向けて、何やら考えながら足を動かしている。



「そりゃ訓練もするけどさ、意外と言語って大事なんだぜ? ま、習うのは挨拶と右だとか左だとか必要最低限の道案内ができる程度だけどな。知ってると色々便利だし。錬金科はそういうのないのか?」


「実は工房生だから興味がある講義しか受けるつもりなくて、授業内容って把握してないんだよね」



どうなの、とリアンを見ると視線を私たちに向けることなく淡々と感情の滲まない声で話し始めた。



「全く君は……―― エル、錬金科にも外国語の講義はあるぞ。卒業する為には学園側が最低限身に付けているべきだと判断した『必修科目』を履修し試験に合格する必要があるから、工房生以外の生徒は皆、対象となる講義を受けている筈だ。学院側が外国語の講義を設けている最大の理由は、レシピが外国語で書かれていることもあるからだな」


「ああ、そういうことですか。そうですよね、手に入れた書物何かを見て『どこの国の言葉』なのか分からないと解読しようもないですし」


「その通りだ、イオ。外国語の最終試験は、幾つかのレシピを見せられて『どの国の言葉』で書かれているのか正解することだと聞いているし、間違いないだろうな」



それからイオとリアンの難しそうな話が始まったので、私は何とも言えない気持ちでエルを見る。



「イオってさ、どっちかっつーと座学の方が好きらしくて教師とかに休憩中とか小難しい質問してるんだよ。俺、あんま頭良くないからついていけないことも結構あってさ」



しみじみと言うかどこか遠くを見つめて、エルはポツリと零した。


 背後から聞こえる単語がどんどん難しくなって、やりとりが色々と理解の及ばない所に片足を突っ込み始めている。

手に負えない、と早々に理解するのを諦めて私は大きく伸びをする。



「多分頑張れば理解できるんだろうけど、バーッと沢山知らないことを言われるから、考えるの面倒になるんだよね……私、調合と採取ができれば文句ないし。駐在所ってあとどのくらいで着くの?」


「このペースだと五分くらいで着くぞ。まぁ、誰かしらはいるし『双色の錬金術師』が庶民で嫌な奴じゃないってことは広まってるから対応はしてくれるだろ」



そう言ったエルは少し歩いた先に一つの屋台を見つけて、にやりと笑った。


 屋台で売っているのは甘い焼き菓子みたいだ。

脂と甘い匂いが微かに風に乗って私たちの所まで漂ってくる。



「オーボルンだな。オークボルンとかボルンって呼ばれることもある、豚の油やオーク油で揚げる菓子なんだ」


「へー、そんなのがあるんだ。でもオーク油って結構高くなかったっけ」


「おう。だから基本的に豚とか牛系の家畜から大量にとれる安い獣油を使うんだ」



そう言いながらエルは自然にその屋台へ近づいて、乾燥させた果物が大量に入ったものを2つ、何も入っていないシンプルなオーボルンを4つ注文している。

慌てて駆け寄ると油紙に包まれた揚げ菓子が差し出された。



「ほら、味見。喰ったことないんだろ? これ安くて美味いんだぜ」


「わあ! ありがとう。なんか美味しそうな匂いだね、香ばしくってちょっとだけスパイスっぽい匂いもするし」



ポーチからお金を出そうと手を突っ込むとエルは笑いながら次々と渡されるお菓子を受け取って、乾燥させた果物が入っている方を紙袋に入れて貰っていた。



「金はいらないからな、この間クッキーくれただろ。あっちの方が高いって。俺もちょっと小腹減ってたし、コレのついでだから気にすんなよ」



そう言ってイオやリアンにも同じように揚げ菓子を渡して、私の元に戻ってくる。


 屋台の横には座って食べるスペースもあったけど、時間が惜しいという事で歩きながら食べることに。

行儀は悪いんだけど、こういう軽食系って歩きながら食べやすいように渡してくれる。

家で食べたいなら注文の時に袋に入れてくれって言えば入れてくれるんだって。



(都会って至れり尽くせりだ…!)



おお、と感動していると熱いうちに食えよ、とエルに笑われた。


 言われた通り揚げたてのボルンは油紙越しでも熱さを存分に伝えてくる。

ラードのこってりとした微かな獣臭さはスパイスの香りと上手く交じり合って、食欲をそそる香しい匂いに変化していた。



「いただきまーす」



サクッとした歯触りの後はじゅわっと熱い油が微かに染み出して、次にフワフワしたパンケーキの生地に似た味と舌触りが口いっぱいに広がる。


 薄く表面に塗られているのは蜂蜜を伸ばした液体だと思う。



「うっわ、美味しい……!」


「だろ。コレ、実は隊長と副隊長の好物なんだよ。どっちかは居るから差し入れ持って来たってことで」


「なるほど、頭いい」


「差し入れって結構有難いんだよなー。書類仕事もだけど見回りした後とか結構腹減るしさ」



安くて美味いものって言ったらかなり限られるんだ、とエルは差し入れが入った紙袋を揺らして笑った。


 立ち並ぶ店舗の合間にチラリと白灰色の壁と頭一つ分高い建物が見えてくる。

よく見ると建物の屋根の上には大きな国旗、その下には騎士団の旗が風に揺れていた。

建物の前には休憩中らしい騎士が通行人とあいさつを交わしている。



「お、見えてきた。あそこが東駐在所だ」



久々に来たな、と笑うエルは楽しそうで私もつられて笑ってしまった。

 エルは本当にこの街が好きらしい。



(この街と国と、家族や友達皆を護りたいって言ってたっけ)



私の手を引いて真っすぐに駐在所へ走り寄るエルの後姿を眺めながら、目を細める。



あの時エルの腕を切り落とすという判断をせずおばーちゃんの薬を使って本当に良かった。

そう、この時に改めて思った。



◇◆◇




 駐在所は頑丈な造りになっていた。



 分厚い壁と三階建ての建物で、緑色の屋根と国旗が目印だ。

駐在所だけあって入り口にも建物の中にも騎士がいた。


 年齢層は様々だけど、全員騎士っぽいガッシリとした体つきをしている。

黙っていれば怖く見えるんだけど浮かんでいるのは親しみやすい笑顔で、エルやイオを見つけた時は近所のお兄さん的な感じで頭を撫でたり背中を叩いたりして訪問を歓迎していた。



「二人とも久しぶりだなぁ! どうだ、学院の方は。大変だったって聞いたぜ」


「そーそ。腕捥げかけたって話じゃねーか。どっちの腕だ? あ、こっちか。どれ……見ても分かんねぇな。本当に斬られたのか?」



ワイワイと物珍しそうにエルの腕を観察している騎士の人達に、エルは慣れた様子で話している。


 いつの間にか手土産のボルンが入った袋はイオが持っていた。

イオの傍に集まっているのは落ち着いた印象の強い騎士の人達で、のんびり質問や挨拶をしている。



(あっという間に人だかりが出来た……身内って感じの扱いだけど)



入り口の前でポカンと立ち尽くす私と、リアンに一際体格のいい騎士が気付いた。



「アンタはエルが良く話していた錬金術師の嬢ちゃんか? その服装錬金術師だろう。迷子か? それとも見学か?」



どうした、とこちらへゆっくり歩いて来るので私は慌てて背筋を伸ばし、首を横に振った。

どう説明したらいいものか悩んでいる私に変わって、リアンが口を開く。



「実は相談したいことがありまして―――……ああ、申し遅れました。僕はリアン・ウォードと申します。此方の彼女とは同じ工房で生活をしている錬金科の生徒です」



お見知り置きを、と会釈をするリアンに彼は驚いたような顔をして、直ぐに感心したようにリアンを上から下まで見回す。



「確かウォード商会の長男坊だったか。跡継ぎは弟がするっつー話でまとまってるようだが、こうして見るとガリクスさんにそっくりだな」


「僕はどちらかと言うと父に似ているので。弟は母よりの顔ですね」


「だなぁ。まぁ、用事があるってんなら中に入れ。茶くらい入れてやるぜ。おーい、客用の茶ってどこにあるんだ?」



「先日使い切った切りでしょう。あるのは副隊長の私物くらいですよ。必要なら交渉して来てください、今三階で缶詰めになってますから」


「お前は俺に死ねって言ってんのか。あー、悪いな……井戸水なら直ぐに出せるぞ」


「いえ、おかまいなく。それより、副隊長さんはいらっしゃるんですね? 隊長さんは不在ですか」



人の良さそうな笑みで話しかけるリアンに彼は首を傾げつつ頷いた。



 どうやら、隊長は王城まで『報告』に行っているらしい。

優しそうな騎士の人が教えてくれた。


 交渉相手は機嫌が悪いらしい副隊長さんになるんだろうなーと話を聞きながら考えていると、エルやイオがこちらに向かってくる。



「二人とも待たせて悪かったな…あ、丁度いいや。ラゴンさん、副隊長にいい話持ってきたんですけど。土産付きで」


「……あー、いい話っつーのは本当にいい話か?」



はい、とイオが頷いたのを見てラゴンと呼ばれた男は少し考えてから、ニッと笑った。


 たまり場になっている部屋から奥に続くドアをくぐると今度は物のないガランとした部屋が広がっている。



「あっちの入り口は備品と更衣室、そっちは訓練所に繋がってる。で、二階は資料室と書類作成の為の部屋、三階は隊長と副隊長の執務室だ」


「あのー……この部屋は何でこんなに物が無いんですか?」


「物があったら必要な物を置いておけなくなる。ここは万が一の時に色んなものを置いておくための場所だからな。壁やら何やらに色々組み込まれてるらしい」



戦争が始まったり、大規模な火事で周囲が焼けた場合に避難所として使えるんだと聞かされて納得をした。



「そこの階段を上って行けば副隊長がいる部屋に行ける。エルとイオがいるからいざとなれば大丈夫だとは思うが……まぁ、早めに甘いモノ食わせてやってくれ。もう一週間部屋にこもって書類仕事してるからな」


「一週間ですか……ちなみに何で悩んでるんですか?」


「予算らしいな。毎度のことながら俺らんとこは資金繰りがキツイらしいぜ」



やれやれと首を横に振るのを見て、リアンが笑みを深める。


 私とイオはそれに気づいてさりげなくリアンから距離を取った。

これから見回りに行くというラゴンさんと別れて、私たちは階段を上る。

二階にある二つの扉から聞こえてくるのは切羽詰まったような声や力ない嘆きで、正直かなり怖かった。



「何でリアン平気なの?! 怖いんだけどここっ」


「年間報告書やら何やらの締め切りが重なると大体こんな感じになるからな、ウォード商会の書類担当者たちも。ある程度余裕を持たせて雇っているんだが、手が回らない時は手伝っていたこともある。計算ならある程度戦力になれたからな……僕は雇い主側で、しかも子供だったから徹夜もあまりしなくて済んだし」


「商家出身ってすげぇな」


「本当に凄いですね……精神面とか」


「体力はないけど妙に逞しいって言うかしぶといよね」


「前の二人はいいとしてライム、君の言葉の選び方には棘しか見当たらないんだが自覚はあるか」


「あんまりない」



二階から三階へ続く階段を上りながら普段通り話をしていた私たちを見て、イオが申し訳なさそうに口を開いた。

 戸惑ったような、それでいて心配するような表情に私とリアンはピタッと足を止める。



「あの、お二人はお互いの事が嫌い、とか馬が合わないとかそういう……?」


「? ううん。リアンのことは嫌いじゃないよ」


「まぁ、僕も嫌いではないな。そもそもそんな毛嫌いするような相手と共同生活をするほど酔狂な人間ではないし、必要なこと以外に神経をすり減らすのは理解できない」


「ええー……?」


「ライムの工房って割とこんな感じだし、気にすんなって。表情とか声色とか見てれば楽しんでるのわかるし、リアンなんか妙に生き生きしてるだろ」



ははは、と朗らかに笑うエルにイオも納得したらしい。

口元も表情もどこかぎこちなく引きつってるように見えるけどね。


 階段を上り切って廊下を進む。

先頭を歩いていたエルが足を止めたのは右側のドアの前。

部屋の入口には『第二十四部隊副隊長:ミルフォイル・ロウ』と彫られた銀のプレートがかけられている。



「話を振るのはリアンに、でいいんだよな?」


「ああ、そうしてくれ」



わかった、と一度頷いてエルがしっかりとした造りのドアをノックした。


 硬質な音が響いてから数秒。

聞こえなかったのかもしれないと顔を見合わせた瞬間に中から微かに声が聞こえた。

入室の許可であることは分かったのでエルがドアノブを捻って押し開く。




「わ、わぁー……すごい」




思わず声が出た私は悪くないと思う。


 まず、書類が凄まじいことになっていた。

 机周りを中心に資料やら依頼書やらが床にまで積み上げられていて、ちょっとした異空間が完成している。


そんな書類に囲まれた机で濁った眼をした人がドロリとした視線を此方へ向けてくる。

濁った生気のないそれに体が反応して、咄嗟にエルの後ろに隠れた。



「み、ミルフォイル副隊長……あの、差し入れです。これ温かい内に食べて下さい」



机に近づいて紙袋を手渡すと、死んだ目のままがさがさと紙袋をあけてむしゃむしゃと無言で乾燥果物入りのボルンを食べていく。


 あっという間に食べ終わって、どこにあったのか分からない大きなカップをグッとあおった。

リアンが小声で「原液の栄養剤か」と呟いたのを見てエルとイオが凄い顔して数歩後退る。



(栄養剤って確かサフルが飲んで意識飛ばしたっていう……飲んでるけど平気なのかな)



凄い勢いでカップを空にしたその人は、グッと乱暴に手の甲で口元を拭って此方を向いた時には死にかけの人かなってくらい迄顔色が回復していた。



「ははは。ごめんね、ちょっと三日くらい栄養剤と露店のクソ不味いオーツバーで強制的に眠気飛ばしてたんだよ」



何だろう、この人。怖いんだけど。


色々大丈夫なのかなーと思わずエルとイオを見ると、二人とも視線が合わない様に顔を背けていた。



「なるほど。そうやって組み合わせるといいかもしれません。参考にします」


「周りからは止められるんだけど……って、君たちは?」



此処で漸く私たちに気付いたらしい副隊長さんが椅子から立ち上がる。

 立った時に少しよろけたのは見なかったことにした。



「申し遅れました。錬金科のリアン・ウォードと申します。まずはこれを見ていただけませんか」


「錬金アイテムのリストか……随分珍しいな、錬金術師が自ら売り込みをするなんて」


「工房生は自分たちで経営をしなければいけないので、誇りや面子に構っている暇はないんです。誇りや面子で金は稼げませんからね。まして僕らの工房はハーティー家の三女だけが貴族で、僕と彼女は貴族籍を持っていません」



ベルの家名が出た所で副隊長がへぇ、と何処か珍しいものを見るような視線を私たちに向けた。

 柔和で親しみやすい顔なのに、妙な迫力があった。



「それで、君は一体何を話に来たのかな。このリストに載っているアイテムは確かに安いが、君たちは学生だろう? 腕も分からないし、どんな物を掴ませられるか分かったものではないからね……二十四部隊とは言っても国の騎士団である以上きちんとした商品を仕入れる必要があるんだよ」



聞き分けのない子供に言うような口調にもリアンは表情を変えないまま笑顔を保っている。



(あれ? 何かリアンが普通だ。今までの対応見てると冷静に怒ってそうなんだけどな)



変だな、と内心不思議に思っているとリアンが口を開いた。



「懸念は当然です。僕たちはまだ学生の身分ですからね……供給量も不安定ですし此方が品質を守ると言ったところで容易に信用していただけるとは考えていません。何せ、工房を経営しながら『錬金術』の腕を三年で磨かなくてはいけませんし、販売の実績もないのは事実ですから」



滔々と語るリアンの言葉を笑顔で聞きながらも緊張感に似た何か別の張りつめた空気が室内に漂い始めた気がして、エルとイオを見ると何故か顔色が悪い。

ギョッとする私を余所にリアンが言葉を続ける。



「先ほどお渡ししたリストに書いてあった物は全て店で商品として売り出すアイテムです。値段も勿論変えるつもりはありません―――……ライム、すまないが商品を出してもらえるか」


「へ? あ、うん」



慌ててポーチから言われていたアイテムを取り出すと副隊長がにこやかに私へ手を伸ばしている。


 リアンが頷いたので次々にアイテムを渡していく。



「僕は第二十四部隊の“専属”にして欲しいとは言えませんし、言うつもりもありません。品質に関しては僕が“鑑定”できるので間違いなく流通規格を満たしたモノだけを扱いますが、不安でしたら学院やギルドで定期的に検査して頂いても構いません」


「―――……ふむ。基本的に僕らの部隊では各自で使うアイテムを自費で仕入れる様にしている。恥ずかしい話だが、予算が厳しくてね」


「僕の生家は商家ですからその辺りの事情は存じております。そこで、提案なのですが……三年という期間限定契約を結ぶというのはいかがでしょう。異例ではありますが、専属契約を錬金術師と結んだ場合一定額の金額が出る制度がある筈です」



ここでピタリと副隊長の動きが止まった。

 ふむ、と笑みを消して腕を組む。



「確かにありますね。ですが…―――…いや、なるほど。君たちはまだ“未熟”な錬金術師を学ぶ学生……やりようによっては上手く予算をもぎ取れるかもしれませんね」


「契約者は工房単位ではなく個人で結んでください。そうすれば三人の錬金術師と契約を交わしていることになります。請求額は半人前だから、もしくは学生だからという事で半分または三分の二の請求……という事にすると通りやすいかと」



にっこりと笑うリアンに副隊長の口元がニヤリと歪んだ。


 クツクツと喉で笑いながらスッと椅子から立ち上がって、小さな台所へ向かった。

どうやらお茶の準備を始めたらしい。


 座っている時に気付かなかったけど、副隊長さんはかなり背が高かった。



「ごめん、あの何が何だかさっぱり分かんないんだけど」


「君が分からなくても僕が分かっているから問題ない。もし可能であれば何か軽く摘まめるものを出してくれると助かるんだが」



それじゃあ、乾燥果物でも、とポーチをごそごそしていると銀のトレイを持った副隊長さんからソファに座るよう告げられた。


 鼻歌を歌いながら私たちの前に出されたのは紅茶だ。



「あ、あの……コレ、お茶請けに…」



ポーチから出した保存瓶を見せると副隊長さんはおや、と眼を瞬かせて私を見た。

 なんだか初めてしっかり目が合った気がする。



「随分と珍しい髪色のお嬢さんだ。これは、乾燥させた果物、かな」


「そうです。錬金術で作った物ですけどお茶請けにいいかなと思って」


「へぇ! こんなものまで作れるのかい? それはすごいな。一つ貰ってもいいかな」



どうぞ、と瓶からアリルの乾燥果物を渡せば躊躇することなくポイっと口に放り込み、咀嚼し始める。

 ごくりと固唾を飲んで次の言葉を待つ私に副隊長さんは何の圧もない笑顔を浮かべた。



「うん、これは凄く良いね。美味しいよ。こんなものを作れるなら個人的に買いに行きたいくらいだ」



いくつか貰っても?と機嫌よく聞かれて、頷けば軽い足取りでどこからか小皿を持ってきてくれた。

一応お皿は人数分あったので、副隊長さんの分を多めに、自分たち用にもいくつか出した。


 喉が渇いていたのでカップに手を伸ばし紅茶を飲むと副隊長さんは少しだけ驚いた顔をして、直ぐに納得したように苦笑する。



「君は随分と素直な性質のようだね。私はそういうことをしないからいいとしても、中には薬を混ぜるような下衆もいるから出された飲み物に手を出すのは少し慎重になった方がいいよ」


「そう、なんですか……?」


「うん、そうなんだよ。まして錬金科の生徒となれば囲い込もうとする貴族もいるだろう。十分気を付けておくようにね―――……さて、試すようなことをして悪かったね。君たちのことはある程度知っていたんだ。眼鏡の君は知っていたようだけど」


「知っていたというよりは違和感があっただけですから、知らない前提で話をさせていただきました」



申し訳ありません、と軽く頭を下げたリアンに副隊長さんは気を良くしたらしい。

 ニコニコと人懐っこい笑顔で笑いながらお茶を一口飲んで表情を引き締めた。



「自己紹介が遅くなってすまない。私は第二十四番部隊副隊長を任されている、ミルフォイル・ロウというものだ。そっちの二人はエルダー・ボアとイオラ・リークだね。久しぶり、元気そうで何よりだ……―――腕は、くっついた様だしね」



ビクゥッと面白い程肩を震わせた二人はソファから立ち上がって騎士の礼を取った。



(え、何事? ただ名前呼んで怪我が治って良かったって言ってくれただけ、だよね…?)



驚く私を余所に副隊長さんは座っていいよ、と着席するように勧め、直ぐにリアンと私に視線を向ける。



「君はウォード商会の子で今年の首席合格者だと聞いている。頭の回転も度胸も申し分ないね、うん。稽古をつけて欲しくなったらいつでもおいで、鞭使いとはあまり戦った事が無いから楽しそうだし……で、お嬢さんはオランジェ様のお孫さんのようだけど合っているかな」



首を縦に振るとそうか、と嬉しそうに目を細めて副隊長さんは言葉を続けた。

 その内容はリアンがこれから交渉しようとしていたものだったので、その場にいた私たちは全員驚く。



「契約の件は了承しよう、双方にとって益はあっても害は少ないからね。予算は少しでも多い方がいいし、先ほど見せて貰ったアイテムの品質も問題ないものだった。定期的な査定はさせて貰うけどね―――…隊長にも私から話しておくから安心して欲しい」


「ありがとうございます」



驚きつつも先ほどの様に笑顔を浮かべたリアンに副隊長さんが満足げに頷き続ける。

私といえば難しそうな話になってきたので紅茶を飲みながら乾燥果物を咀嚼することにした。



(私にやれることなんて何もないしね……必死にアイテム調合するくらい?)



特技増やした方がいいかな、なんて考えながら未だ固まっているエルとイオにお茶を飲まないのか聞いてみる。


 二人とも何も言わずに副隊長とリアンのやりとりを見ていたから大きな独り言になっちゃったけど。





ここまで読んで下さって有難うございます!

誤字脱字などありましたら是非是非ご一報ください!!むっちゃ……あると思います…(土下座


=たべもの=


【ボルン】

オークボルン、オーボルンとも呼ばれる揚げ菓子。

現代で言うドーナッツのようなもの。

大量の獣油(豚・牛などから大量にとれる油)で、小麦粉や砂糖、蜂蜜などを混ぜた生地を揚げて作る。

生地に乾燥させた果物を入れたり、ジャムを付けたりして食べる。




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