35話 三人でリンカの森へ! 後
あっさり帰ってきて、ガッツリ調合したって感じでしょうか。
次回は調合、ですかね?なんともいえませんが…
殺気を隠すこともせず、森の中を突き進んでくる三つの影を前にごくり、と生唾を飲む。
ウルフの一般的な大きさは大人であれば私の腰くらい…60センチはあるし、体長は90センチほどだと言われている。
家の周囲にも生息していたけれど、彼らはどうやらおばーちゃんに躾けられていたらしく家族である私に襲いかかってくることはなかった。
子供の頃に遊んだ記憶があるくらいには近しい距離で育っていたからイマイチわからなかったものの、こうして見るとウルフっていうのは中々に怖い。
攻撃は主に噛みつきと爪の二つだけれどウルフに本気で噛まれたら腕なんか簡単に折れるし、人間の肉なら簡単に食いちぎられるらしいし。
「来ますわよ!先程の場所まで後退して、リアンが先頭のウルフを叩いてくださいませ!」
「わかっている!ライム、君も下がるぞ!」
「はーい」
ざっと踵を返して開けたあの場所まで戻った私達はすぐに森に向かって武器を構える。
ウルフとの距離が長かったのと広い場所まで後数歩ってところだったのが幸いして戦いやすい場所に出ることができた。
ほっとしたのも束の間、木々の間から立派な体躯のウルフが飛び出してくる。
低い唸り声は咆哮に変わって先頭にいたリアンに飛びかかろうとするけれど、動くのはリアンの方が早かった。
ヒュッという風を切る音が聞こえたと思った瞬間にはもう、ウルフは姿を消していたのだ。
「あ、あれ?ウルフが消えちゃった」
「消えていませんわ。ライム、ちゃんと構えておきなさい。私は一番奥を殺りますわ」
呆然とつぶやく私の声にかぶさるように聞こえてきたのはベルの鋭い声。
随分と物騒な発言に目を向く私の視界には生き生きと…というかすごい跳躍力で飛び上がって一番奥にいる前の二頭よりさらに大きい狼に斬りかかるベルの姿が映った。
こちらからはとてつもない衝撃音と共に残像をわずかに残し、巨大な斧が振り下ろされるところだった。
可笑しいな…ベルの相手になったウルフが一瞬で首を切り飛ばされたような?
「ライム、戦闘中に呆けるな!とっとと君もケリをつけろ!来るぞ!」
「へ? 来るってな…うっわっとぉ!? ちょ、なにすんの、びっくりしたぁ!」
ガルルルという低い唸り声と鋭い牙をむき出しにしてこちらに飛びかかってきた大きく素早いウルフの牙と爪を間一髪で避けたのはいいんだけど、ちょっと体勢を崩してしまって慌てているとウルフは再びコチラへ突進してくる。
「うわわわ、こっちこないでよー!!」
こっからちょっと無我夢中だったからあんまり覚えてないんだけど、咄嗟にありったけの魔力を杖に注いで振り回していたらしくウルフはいつの間にか木に体を強打して動かなくなっていた。
よくよく見ると頭は丁度杖の先端にぴったり当てはまるように陥没していて、これが決定打になったらしいことがわかる。
「………あ、あれ? 勝った」
「――…はぁ。まったく、どうなることかと思ったぞ。もう少し冷静に動きを見ていれば体勢を崩さなくて済んだだろう、次は気をつけてくれ。見ているこっちが心臓に悪い」
地面に尻餅をついて呆然とする私に近づいてきたのはヒュンっという音と共に鞭に付着した血液を飛ばしたらしいリアンだった。
彼の後ろにはイバラ鞭によって全身から血を流し、動かなくなったウルフが横たわっている。
対するリアンは相変わらず涼しい顔をしてブツブツと小言を言ってるんだけど…ベルが鞭に対して色々言っていた理由が少しだけわかった気がした。
(なんか、ちょっとエグいんだね、鞭って)
「どうした?」
「い、いやー…あはは。その鞭で攻撃すると毛皮とかボロボロになっちゃうだろうなーって」
「毛皮か。それは、まぁ確かにそうだが。ウルフの毛皮なんて底値だろう。あまり価値がない筈だが必要だったのか?」
「う、ううん。今はいらないけど、今後どうするのかなぁって思って」
「ああ、それならイバラ鞭ではなくてこっちの一本鞭を使うから問題ない。これなら多少遠くても、ある程度の大きさがあっても首に巻きつけて絞め殺すこともできるし、首の骨を折れば大概即死させられる。ただ、こっちの鞭で絞め殺すとなると一体一体相手にしなければならないから時間がかかるんだ。素材のことを考えないなら、こっちで毒や麻痺薬なんかと合わせて使う方が複数のモンスターにダメージを与えることができるし、無力化することも容易い…状況によって使い分けるから、もし毛皮なんかが欲しい時はあらかじめ言ってくれ」
「……ハイ」
つらつらと鞭の使い方を説明してくれるのはありがたいんだけど、正直あんまり聞きたくはない。
一瞬危ない人なのかと思ったもん。
密かにドン引きしている私と鞭の有用さを懇切丁寧に話して聞かせてくれているリアンに近づいてくるのは、ウルフの頭と胴体を引きずった不機嫌そうなベルだった。
結構な大きさとついでに言えば重量があるはずのウルフはちょっと重い荷物程度の扱いで引きずられていて私もリアンも口を閉じる。
「全く、なんですの! 久々の獲物だと思ったのに一撃でしたわよ! もうっ、もう少し楽しませてくれてもいいと思いませんこと?こんな状態じゃ遠征の時までに腕がなまってしまいますわっ、こうなったら騎士団にでも行って早朝だけでも訓練に参加させてもらえないか聞いてみようかしら」
大斧についた血液を慣れた様子で振り払ったベルはそれをホルダーに入れて背負った上で、ウルフを運んできた。
濁った目のウルフと目が合って、居た堪れなくなったのは私だけじゃないだろう。
リアンが小さな声で「こうなるとウルフが気の毒だな」なんてボヤいているけど、私も同意せざるを得ない。
「……ベル、とりあえず、そのウルフの首と体、置いたらどうかな」
「それもそうですわね。これ、どうしますの?もし必要なら私が解体して差し上げますわよ?首をはねましたし、血抜きも簡単にできますわ」
「あ、うん、じゃあ、お願いします」
任せてくださいませ、と頼もしい返事とともにポイッとウルフの頭を投げ捨てて、胴体を太い木の枝にかけたかと思えば腰につけてあった短剣を使ってなれた様子で皮を剥いでいく。
燃えるような赤毛のお嬢様は、鼻歌を歌いながら腹をさばいて内臓を取り出し、取り出した胃袋に手を突っ込んで何かを探しているらしかった。
逞しくも頼ましい、ついでに言えば絶対に敵に回したくない後ろ姿を呆然と眺めているとリアンがクイッと眼鏡を上げながらポツリとつぶやいた。
手に隠れて表情は見えないけど、声色からするに結構険しい顔をしていそうだ。
「……君も、こんな感じで解体するのか」
こんな感じと表現されたので思わず視線をベルに戻したんだけど、彼女は仕舞っていた大斧でウルフを真っ二つにして“切れ味も勘もまだ落ちていないようですし、まだまだいけそうですわね”なんて言いながら笑っていた。
「する、けど…ここまで壮絶じゃないと思う」
「そうか。それはよかった。あんなのが工房に二人もいたら僕の神経が休まらないからな」
「同意したくはないけど、理解はできる。ちなみにリアンは解体できるの?」
「知識はあるがしたことはないな。そうだ、ウルフは運がよければ魔石や獣石と呼ばれる素材を持っていることがあるらしい。部位は」
胃袋、と言い切る前にベルが血まみれの手を私たちに向けて何かを見せたまま微笑んだ。
白い頬に跳ねた血液がついていて…かなり、怖い。
「ありましたわよ! 獣石。ビンゴですわね、弱い割に結構生きていたようですわ、このウルフ。そちらの若いウルフにはないとは思いますけれど、一応胃袋を裂いてみてくださるかしら?」
「ハイ!今スグニ」
「っ今やるところだ」
その後、私もリアンも自分の倒したウルフの内臓や毛皮の処理をして食べられる部位の肉だけを頂戴し、あとは穴を掘ってその中に埋めた。
場所によって対処方法は色々あるんだけど、人が多くいる場所だと倒したモンスターは穴を掘って埋めるか骨になるまで焼くかの二択らしい。
放っておくとアンデッド化することもあるらしいから、本当は焼くのが一番なんだって二人から教わった。
私が暮らしていた森は、冒険者なんかが殆ど来なくて、野生動物が多いから放置しても良かったんだけどね。
ところ変わればなんとやら、らしい。
私達は泉の水を汲んで付着した汚れを流した後、改めて話し合いをすることにした。
場所は開けた場所のままだけれど、今のところモンスターの気配はないらしい。
「さて、と。まずは、そうですわね…ライムはもう少し戦闘に慣れた方がいいですわよ。魔力を全部使い切っては回復に時間がかかりますし、不測の事態が起きないとも限りませんもの」
「確かにな。あと、獲物から目や意識をそらすのはダメだ。あれではもっと凶暴なモンスターや魔物が相手になった場合とても危険だ。それにモンスターならまだいいが、人間相手や知能のある相手だった場合は確実に殺られていた可能性がある」
「ですわね。盗賊の類などは殺されはしないかもしれませんけれど、それより酷い事になりかねませんから…二人は人間相手に戦ったことがありますの?私はあるから問題ないですけれど」
「僕もあるな。盗賊の類は軽装で金属製の鎧を身につけていない相手も多いから、非常にやりやすいし、弱点もわかりやすいから下手をするとモンスター相手よりも得意かもしれない」
それってどうなんだろう、とは思ったものの首を横に振った。
私の住んでたところってモンスターや魔物はいたけど、おばーちゃんが結構広い範囲にモンスター・魔物避けの結界張ってくれてたから殆ど出なかったんだよね。
人間は…突然襲いかかってきたりした人はいたけど、全部おばーちゃんに倒されてたし。
私一人になってからは誰も人間は来なかったもん。
遺品狙ってくる盗賊もいるかなーなんて思ったんだけど、それもいなかったし。
「わかりましたわ。リアンですけれど、貴方結構やりますのね。といってもウルフ程度じゃ実力はわかりませんけれど、ある程度自分の身を守れることは分かりましたわ。足手まといにならないみたいですし、私としては不安材料がひとつ消えてほっとしましたもの。ただし、体力は付けてくださいませ」
「――…君ほどではないが、僕だって護身術くらいは身につけている。体力については…まぁ、努力はするつもりだが期待はしないでくれ。元々のベースが君たちとは違うんだ。僕としては遠征に連れて行ける三人のうち二人は騎士がいた方がいいだろう。武器は剣・槍・弓といったところか」
「召喚科はいいの?召喚師って強いんだよね?」
「強い、は強いがパーティーの和が乱れる可能性の方が高いからあまり積極的に入れるのはやめておいた方がいい。入れる場合は、ベルの家柄を考慮する必要があるしな」
家柄、で思い出したけど召喚科の生徒は全て貴族だってエルが言ってたっけ。
貴族かー、と思わず渋い顔をした私にベルが少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「遠征が近くなったら姉の一人に良い召喚師がいないか当たってはみますわ。姉は国家召喚師ですから学院の生徒の情報も耳に入っているはずですもの」
「人あたりの良さそうな人でお願いね。私、やっぱり貴族って好きじゃないし。ベルは、まぁ嫌いじゃないけど…ベルみたいな人ばっかじゃないのは実際に見たこともあるから知ってるしさ、そんな人と一緒に遠征とはいえ野営したりって想像できないし、したくないもん」
念押しした私にベルはわかっていますわ、と何故か顔を赤くして強い口調で言い切った。
あれ、なんで照れてるんだろう。
「わ、私だってライムのことは、最初ほどどうこう思ってはおりませんし、今では貴女でよかったなんて思いますもの。ほどよく図太くて世間知らずだから手間はかかりますけれど」
「手間ってなにさ。そりゃ、世間知らずはあってるけど…別に図太くはないよ。心は人並に狭いし、苦手なものもちゃんとあるんだからね!ベルもそうだけど、今はリアンもいてくれてよかったかなーとは思う。物知りだし、鑑定もできるし」
口煩くて細かくて体力ないけどね!と言い切ればリアンがジロッと私を見下ろした。
くっそぅ、無駄に身長高いからって人のこと見下ろして!
むっとしたので怒ってるんですけど?というアピールをかね、頬を膨らませると小さく溜息を吐かれた。
「僕は好きで口出ししている訳じゃないんだが…君たちが大雑把で問題行動を起こしすぎるのが悪いんだろう。そもそも、ベルは金銭感覚がおかしいから放っておくと工房経営が破綻しかねないしライムは常識も危機感もなさすぎて放置すると確実に大きな厄介事を運んでくると思っているから忠告しているだけだ」
「失礼ですわね、私だって工房を良くしようと思って色々先行投資をしようとしているだけですのに」
「常識ないのは仕方ないとしても危機感ないとか失礼でしょ!私だって一応色々気をつけてるんだからね、危険物の調合しないとか嫌いな貴族につっかからないとか!」
「……ライム、頼むから周りの貴族に食ってかかって厄介な事件に発展させるとかしないでくれよ。貴族の関係は面倒なんだ」
ウンザリした顔で首を横に振るリアンは思いっきり眉間に皺が寄っていた。
どうやら彼もあまり貴族にはいい印象はないらしい。
「ですわね。私も家の力は自由に使えるわけじゃありませんし、一応、身分はないものとされていますけれど建前は建前ですわ。何が何でも服従しろってわけじゃありませんけど、わかりやすく敵を作るのはやめてくださいませ。本当に面倒ですのよ、貴族って」
暗殺者を雇って襲ってくることもありますし、とベル。
「暗殺者ってほんとにいるんだ?私見たことないけど」
「あのねぇ、姿を見られる暗殺者なんていませんわよ。ああいった連中は捕らえられたら確実に自決してしまいますし。ウチでも結構捕まえましたけれど隙をついて死んでしまうので本当に大変というか面倒で」
「暗殺者を面倒という言葉で片付けられるのはハーティー家くらいだろうな」
ちょっと貴族の事情を聞きつつ、いい時間になったということで私達は工房に戻ることにした。
時間はあと一刻でおやつの時間になるかどうかってところだ。
今から帰ればオヤツは工房で食べられそうだね、という言葉で二人も帰還することに同意してくれた。
(ベルはオヤツ、リアンは調合目当てっぽいけどね)
かく言う私は両方が目的だ。
結局片道一時間の間に、何度か野良ネズミリスやブラウンウルフなんかも襲ってきたけど一瞬でリアンとベルに殺られてしまった。
お陰でギルドで余分に討伐依頼を見て行こうということにもなったんだけど、これは嬉しい誤算だった。
財布の中身も少し潤ったし、食卓を彩る食べ物が増えたり、お互いのことを少しでもしれたのが嬉しくて私はその日、ベルやリアンと遅くまで調合をした。
まぁ、それが原因で三人ともヨロヨロしながら部屋に戻る羽目になったんだけどね。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
=モンスター=
【ブラウンウルフ】
ウルフの中では一番弱いのが茶色い体毛を持つブラウンウルフ。
仲間と連携して狩りを行っており、同族以外には攻撃的なため被害が絶えない。
ウルフの一般的な大きさは大人で高さ60センチ、体長90センチほど。
攻撃は主に噛みつきと爪の二つ。毛皮、肉、牙と意外に使える部位は多いが毛皮の値段は高くない。




