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【書籍化中!】アルケミスト・アカデミー(旧:双色の錬金術師)  作者: ちゅるぎ
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341話 代表生徒と臨時工房

臨時工房へ足を踏み入れました。

そして、カルミス帝国側の代表生徒についてもここである程度わかるかな、と。

普通の子です。ええ。うん…普通の。

 

 さて、と私たちは何とも言えない雰囲気のまま馬車に乗り込むことになったのだけれど、その前に代表生徒が封筒をそれぞれヘンリーとベルに手渡した。



「こちら、学園から預かっていた臨時工房の場所になりますわ。近い方が何かと良いだろうという事で比較的近い距離になっていますが『アトリエ・ノートル』は人数が多いという事で二階建ての工房があてがわれております」



 口を開いたのは短く切りそろえられた前髪と後頭部の高い位置で結ばれた綺麗な黒髪の女生徒だった。黄色の瞳がベルを見て細められ、声も心なしか弾んで聞こえる。



「あら、そうでしたのね。とても有難いですわ。申し訳ないのですけれど、先に『アトリエ レヴァイス・ウェル』の臨時工房へ寄っていただいてもいいかしら。位置関係も覚えておきたいの」


「かまいませんわ。申し訳ないのですけれど、まずは男女別に馬車へ乗りましょう。こういう機会でもなければ他国の同性とお話しする機会はありませんもの」



 どうかしら、とほぼ決定形で尋ねられたもう一人の代表生徒はコクリと声を出すことなく頷いて、私達に一礼したのち後続馬車へ足を向けた。

 その後ろ姿を見送った女性の代表生徒はニコリと綺麗な笑顔を張り付けて、私達が乗ってきた馬車へ乗り込む。

 馬車の中には私、ベル、ミントに加えてもう一人女性代表生徒が加わった。



「申し訳ないのですが、防音結界を張らせて頂いてもいいかしら。学園の事も少々伝えておかなくてはいけませんの」


「かまわなくってよ。行き先は既に御者に伝えてあるようですし」



 ベルの許可を得て、すぐさま防音結界が展開されたのがわかる。馬車の中だけに張られたそれを確認した瞬間、女生徒は深く溜息を吐いてパッと明るい笑みを浮かべた。



「学園の行事でベルと会えるなんて本当についてるわ、私! 最初は受けるかどうか迷ったんだけど、受けてよかったわよ。あ、私の事は防音結界の中ではレリムって気軽に呼んで。私、お嬢様やってるんだけど、元々地方の田舎貴族なのよね。ま、お母さまが上級貴族のお父様を捕まえてから、貴族籍を持たないお友達が作れなくってストレスが凄くって」


「レリムは元々、庶民の領民たちと一緒に野山を駆け回って、魔物やモンスターを追いかけ回していたらしいわよ。私も騎士団にいたから似たようなものだけど。改めて紹介するわね。双色の髪を持っている子がライム。シスターがミントよ。二人とも私と話すような感覚でいいわ、一応、外では言葉を取り繕いはするけど……工房では常に警備結界と防音結界は展開するつもりだし」



 ライム、お茶菓子とお茶をだして。仲良くなる為におしゃべりしましょ、なんて上機嫌なベルに言われて、私とミントは顔を見合わせたけれどレリムという子に興味があったので紅茶ではなくアルミスティーを出してみた。



「あら、懐かしい! これアルミスティーでしょ? 私これ好きなのよね。貴族になってから中々飲めなくって、本当にうれしいわ。ありがと、ライム。あ、ライムちゃんって呼んだ方が良い?」


「ううん、呼び捨てでいいよ。えっと、レリムって呼んでいいんだよね? ボルンたべる? 庶民菓子だけど」


「ボルンがあるの?! トライグルで社交があると従者に頼んでこっそり買いに行ってもらってるのよ。すごく嬉しい~! あ、私シスターの事も色々聞いてみたかったの。カルミス帝国では何というか、教会関係者と貴族が関わることって殆どなくって……」



 本当に嫌になるわ、と言いながら胡坐をかいた彼女はニカッと笑う。冒険者の女性で割と多い振る舞いに驚くとベルが困ったように笑いながら「いつもこうだから気にしないで」と続けた。



「ん~、美味しい! 実は私、好き嫌いが激しくて単位が微妙に足りないのがいくつかあるのよ。あ、主席っていうのは間違いないからね。なんというか授業も自分の魔力色を考慮して授業をとるの。私の場合は魔力が黄色だから、雷属性の棍棒や杖を作っているわ。罠系も作るんだけど、毒や金属系との相性が悪いから仲のいい子と組んでいるんだけど、どうしても足りなくなるのよね。社交もあるし、お小遣いが欲しいから調合は頑張っているけれど」



 頬張ったボルンを飲み込んでから両頬に両手を添えてうっとりと目を伏せるその表情には、育ちの良さがにじみ出ているように思う。でも、白く滑らかな頬が高揚し、口元がニマニマと笑っているので首を傾げているとミントが少し躊躇しながら口を開いた。


「あ、あの……カルミス帝国の貴族はお金を稼ぐ必要があるのですか?」


「そりゃもちろんあるわよ! ウチの国って食料系はトライグルがなければ詰みだもの。ダンジョンで調達すれば~っていう人もいるけれど、誰でも取りに行ける訳ではないわ。あまり大きな声では言えないのだけれど……高いものがかなり多いの。娯楽品が特に高いわね。トライグル王国のものは手に入りやすいし比較的流通するのだけれど、スピネル王国のものってどうやっても高いのよ。数も少ないしね」


 肩をすくめて彼女が語ったのは、カルミス帝国の事情。

 ゴトゴトと揺れる馬車の中で大体の到着時間を告げられ、到着するまでは男女別に馬車に乗っていくことになっているとも伝えられる。


「一緒に行かないんだ……じゃなくて、えーと、一緒に行かないんですね?」


「普通に話してよ、もー。っていっても防音結界を展開している間じゃなきゃダメだけど。ちなみに、男女別に馬車を分けるのもカルミス帝国では割と『当たり前』のことなの。といっても貴族がそういうのに煩いってだけなのだけど」


「トライグルでは聞いたことないよね、ミント」


「ええ。貴族と貴族籍を持たない人が馬車を別にするのは当たり前ですけれど、奴隷も同じ馬車に乗ることもありますし」


「サフルがそうだよね。自分たちの馬車ができてからも普通に奴隷と一緒に乗ってるし」


「ライムは船室も一緒でしたわよね。共存獣と奴隷と一緒に雑魚寝してましたわ」



 呆れた様な物言いをするのはベル。この発言を受けて驚いたのはレリムだった。心底驚いて、信じられないというような表情で私をくまなく観察して、それでも信じられないのか何度も「本当に?」と聞き返している。

 頷いて、私の奴隷になったトーネ達の経緯なども話すと口も目もぱっかーんと開いて固まっていた。



「す、すごいわ! 流石トライグル出身ねっ! 庶民でもそういう対応をする人、いないもの。貴方の奴隷がどういう感じなのか気になるけれど、トライグルだからこそ出来たっていうのもあるわよね。あ、そうそう。貴女と眼鏡の彼って婚約者同士なんでしょう? 馴れ初めを聞いてもいいかしら。『三分咲きの花を語らう会』という恋愛小説について語らうお茶会の会員なのだけれど、貴族でない方の恋愛模様ってあまり聞く機会がないから是非聞きたいの!」



 グイッと物理的に近づいてきて鼻息荒くまくし立てる姿に少し驚いたけど、どこまで話したものかと思わず腕を組んで首をひねる。

 どうしたらいいのかとベルに視線を向けると頷いたので、話しておいた方が良いという判断だと解釈。とりあえず、と誘拐されたことと面倒ごとを避ける為に婚約者ってことになったと伝えた。



「ふぅん…? でも、あの眼鏡の彼は婚約者からそのまま結婚に持ち込みたいって感じだったけど。ずーっといつでもライムを護れる位置に立っていたし、そうじゃない時は周囲に信頼できる人間がいるか必ず確認していたもの」


「結婚って一緒に暮らすってやつでしょ? どのみち資格を取ってからじゃないと生活できないし厳しいと思う。リアンと一緒なら鑑定があるから食べ物に苦労することはあんまりないと思うけど」


「……ベル?」


「言ったでしょ、国家資格とるより難しいって」



 何か変なことを言っただろうかと思いつつ、皆のカップにお茶を注ぐ。カルミス帝国の恋愛事情とかいう話になったのだけれど、これにレリムは憤りを見せた。


「身分制度が厳しいのよ。庶民と貴族の恋なんてまずありえないの。夢もロマンもないわよね」


 まったくもう、と頬を膨らませてすぐにパッと私達を見てうっとりとした表情に。話がどういう方向に転がるのかが分からず言葉の続きを待っていると、どうやらトライグルは身分差のある恋が成就する可能性がかなり高いらしい。というのも、才能次第で貴族の養子になったり、王や貴族に認められるような働きや容姿であれば結婚することもできる、という。

 私とミントはお互い似たような表情をしていたらしく、ベル達に怪訝そうな表情を向けられた。



「貴族になると面倒そうだから絶対嫌だなって。貴族からの注目も心からいらないし貴族と結婚するってことは貴族ルールを覚えなきゃいけないだろうから、無理」


「私も無理ですね。教会は結婚することを禁止されていませんが……相手が貴族だと手続きも面倒なので結婚するなら貴族ではない方とがいいです。同性同士の結婚は認められていないのが残念なのですけど」


「一緒に生活するのは別に結婚してなくてもできるから結婚の必要性が正直イマイチ理解できない」



 そんなに大事? と聞けばミントを含めて三人から「大事でしょ」と力説されてしまった。

 なんでも、結婚することで色々と環境がガラッと変わるらしい。特に子供がどうのって言っていたけど、子供は運が良くないと作れないって聞いている。材料揃えるのも大変だと思うし。

 子供という事であれば、素材を集めやすそうな人を選ぶべきだろうとそっと考えていると、結婚から発展したのか奴隷と主人の恋についての話に。

 どうしてそうなった、と思いつつ耳を傾けていて分かったのは、結婚相手になる奴隷は『借金奴隷』だけだということ。

 一般奴隷は一般奴隷同士の結婚しかできず、仮に奴隷ではない人との間に子供ができても奴隷のまま。生まれた子供は国によって扱いが変わるそうで、カルミス帝国とスピネル王国では通常であれば一般奴隷で、金銭を払えば庶民になれることも。トライグルでは親権者や保護者によって立場が変わるらしい。



「なんか、色々とめんどくさいね」


「私も気持ちは零れるくらい一緒だけど、ド直球すぎて凄い」


「こらこら。貴女も貴族令嬢でしょ……わからなくもないって言葉が出るのはしかたないけれど」



 一度そこで話が途切れて、レリムから言いにくそうに言葉が紡がれる。

 内容はクローブたちの事。どういう人なのか、と聞かれたので一通り話をすると最後に、ほんの少し頬を染めながらぽつりとつぶやいた。



「その、ジャック様についてもう少し教えてくれないかしら。ああいう、穏やかな感じの殿方と出来れば婚約したくって。一応調べて、中流貴族だっていうのは知っているわ。私の家が上流貴族だから、少し難しいかもしれないけれど……次女だから他国に嫁ぐのもありなの! やっぱり、見た目通り優しい方なのかしら?」



 むんっと握りこぶしを作って私とベルに詰め寄る彼女に思わず、顔を見合わせてしまった。少なくとも、ベルはあまり接点がないので工房生を交換した時に一緒だったことを思い出しながら印象を話す。



「すごく努力家だし、頭もいいし、家族思いだよ。実家がお金なくて大変だからお金稼ぎたいって言ってた。あとは、えーと……ダメなことはちゃんとダメって言ってくれるし、物腰が柔らかくって人あたりもいいから敵は作りにくいんじゃないかな? リアンが黒だったら、間違いなくジャックは白って感じ」


「ん、ぶっ! ふ、ちょ、ちょ、っと……ふ、ふふふ。それ、リアンに言っちゃ、だめよ。面白そうだけど、一応あれでも気にしてるから」


「気にしたって白くなるわけじゃないし、気にするだけ時間の無駄だと思う」



 何言ってるの、と笑い転げているベルを見ながら顔をしかめるとベルはいよいよ大笑いし始めた。ミントも口元を抑えて小さく震えている。



「ジャック様、そういう方なのね……! 私、頑張るわ。お金なら腕っぷしに自信があるからダンジョンで稼げるし。家臣に命じていい稼ぎ場所を探らせて効率よく稼ぐ方法とか危険な場所とか案内できれば仲良くなれそう。うふ。お金で愛は買えないけど、関心はお金で買えるもの。どう利用するかがポイントよね。婚約者とかいるのかしら……スピネル王国の令嬢なら全力で蹴落とすけれど、トライグルの令嬢だとお友達が多いし、どうしましょう」


「婚約者は確かいないわ。家計の状態が傾いてから、婚約解消になったはずよ。私、まだ正式な婚約者が決まっていないから、トライグルの適齢期の男性について色々調べているのよ。工房生周りは特にしっかり調べているから、信用して頂戴」



 ひらひらと手を振って飲み終わったカップやお皿を回収してくれたので、軽く布で拭いてからポーチへ。

 口元をハンカチで拭いているベルをみたミントが私の口元を拭いていいかと聞いてきた。汚れてる? と聞けば頬を染めて「すこしだけ。取れにくそうなので私が拭きますね」と綺麗なハンカチで口元の当たりを優しく拭ってくれた。



「んむ…ありがと。でも自分でできるよ」


「私がしたかっただけだから、気にしないで」



 大事そうにハンカチをしまうミントの姿を眺めつつ、欠伸を噛み殺しているとベルと何か話していたレリムが立ち上がった。



「私、絶対にものにして見せるわ。情報を貰うだけっていうのも悪いし、ベル達の工房付きになるゼランについても話すわね。ライム達も聞いておいて…まず、学園ではかなり浮いた存在だから貴族間のつながりは薄いの。それに貴族って言っても中流貴族で三男だからほぼ相続権がないし、学園でよく話しているのは貴族籍を持たない人や貴族籍を抜けると公言している人ばかりだから、もしかすると彼も卒業後は冒険者になる気なのかもしれない」


「レリムは彼とあまり話をしないのですか?」



 ミントの質問に頷いて、貴族令嬢は基本的に婚約者以外と会話をしないと教えてくれた。他に男性と話すのは家族や婚約者に紹介された学友などが主。



「あれ? 工房制度ってカルミス帝国にもあるんだよね?」


「そうよ。建物の関係で三人一組だけれど、同性同士。男女が一緒に組むっていうのはまずないわ。だからベルの工房に男子生徒がいるって聞いたときはとても驚いたの」



 肩を竦めて、馬車の壁にもたれかかる。小腹が空いていたから、美味しいものが食べられて嬉しいわなんて言いながら欠伸を一つ。



「あと、ダンジョン内では基本的に貴族だとかそういう身分は殆ど気にしなくても大丈夫だから、普通にしゃべりかけて平気。今回、ベル達は通常期間の半分しかいないって聞いているんだけど……アイテム提示はする? お勧めは武器や装具といった戦闘に役立つもの、薬辺りね。学園長に渡していたお土産で評価は確定しているけれど」



 他にもいくつかダンジョンでの立ち回りについて聞いてから、話が元に戻った。



「それとゼランも、盗聴防止用結界の中でなら普通に話すと思うわ。外でも中流貴族の三男だから、気安く話しかけても大丈夫。学園の男子貴族の中でもどちらかといえば【変わり者】として遠巻きにされているから……彼は卒業後に貴族籍を返上するって公言しているし、実家からはかなり疎まれているって聞いてる。あそこの家は野心家だから」



 カルミス帝国は実力主義だと聞いていたけれど、苛烈な家もかなり多いという。

 詳しい事情は知らないけれど、とそこまで話したところで馬車が減速していく。

 完全に停車してから降り、周囲を見回す。

 住宅街にある工房は、左右はパン屋と時計屋。雰囲気は二番街に似ているのだけれど、武装した人が多い。といっても騎士はほとんどいなくて、いるのは冒険者。

 服装も種族も様々なのだけれど、私の髪色をみて殆どの人が驚いたように目を見開き、なにやら会話を始める。



「人通りが随分と多いですわね」


「貴族街から少し距離があるでしょう? だから、通行人の殆どがここで暮らす庶民達なの。口元を隠しながら話しているのは、唇の動きで話してる言葉がわかる人間が一定数いるから。わかっているとは思うけれど、防音結界は私の半径二メートル程度だから離れないようにね。この後ろにある工房は、私が担当する男性留学生組の工房なの。私は降りて、彼らと色々説明をすることになっているわ。ベルたちの工房がある場所も知っているから、後で彼らと一緒に行くわね」



 待っているわ、と返事をするベルに促されてカルミス帝国式の礼をする。挨拶は身分の低い人から、というルールがあるそうだ。人目がある場所ではこの礼を、と言われているので私とミントが頭を下げた。

 ベルとレリムは軽く会釈。私たちが乗っていた馬車に戻るとリアンやウィン助手先生、ラクサ──そして、ゼラン代表生が乗り込んできた。すぐさま防音結界を展開し、そこで彼が口を開いた



「ゼラン・スリュー・ハヒスだ。ゼランで良い。一応、学園代表という事だから外では面倒だと思うが貴族への対応をお願いする。リアンからかしこまった話し方でなくていいと聞いているが、構わないか。ベル嬢」


「ええ。ベルでいいわ。外では貴族同士の対応になるけれど。早速だけど、私達、ダンジョンに潜って素材を集めるのが大きな目的なのよ。色々詳しいって聞いているのだけど?」


「ダンジョンは良く利用しているから最低限のことはわかる、はずだ。ソロで潜っているからチームでの行動について自信がない。色々教えてくれると嬉しい。俺の武器は棍、格闘術なんかだな。あとは虫網だ」



 真顔で使用武器について話されたのはいいのだけれど、その場にいる全員の動きと表情が固まった。棍と格闘術は聞いたことがあったし、戦い方も大体想像できる。でも、最後なんて言ったのだろうと思わず聞き返しそうになった。



「……虫網?」



 引きつった口元を隠すことも忘れているらしいベルが問うと、彼は真顔のままコクリと頷いた。そしてゴソゴソと取り出したのは正真正銘の虫網。ただ、サイズが想像より小さかった。持ち手部分が三十センチほどで網部分がかなり大きい。



「これは……ダンジョン製の道具だな。魔力認証済みで──ああ、なるほど。才能限定の武器か。複数の才能が必要、となると希少ではあるが癖が強すぎて価格がつけにくい」


「捨て値だった。俺は【収集家】と【特攻:虫】持ちだったから、購入したんだ。元々、昆虫採取が好きで究極の虫鋼を用いた武器と防具を作るためにダンジョンで素材集めをしているということもあってかなり都合がいい武器だな。ダンジョン以外にも様々な場所で昆虫採取をしているからダンジョン冒険者以外に冒険者としての活動歴もある」



 任せてくれ、と頷いて……チラッとリアンに助けを求めるような視線。

 無表情で頷いたリアンは口を開いた。いつも通りだ。



「僕とラクサは既に自己紹介を済ませた。ベル、ライム、ミントは自己紹介と戦闘での役割を伝えてくれ。冒険者四人の事も話しているから、そちらにも明日、挨拶をしに行くつもりだ」


「つか、ゼラン。今の会話じゃ自己紹介になってないんで、もうちっとなんか話しといたらいいんじゃないッスか?」


「そうか。三男で継承権がない上に両親と次期当主の兄には卒業と同時に貴族籍を手放す書類を提出すると言われている。俺自身、家族とあまり折り合いが良くないから、食うに困らない錬金術師の資格を取って冒険者になるつもりだ。錬金術師の資格があればある程度食っていけるからな。あー…女性にはあまり、その、言わない方が良いといわれているが俺は【虫食い】という特殊ギフトがあって、虫を食うと体力も魔力も疲労も回復する。ついでに身体能力が上がるんだ」


「……ソウデスノ。ワカリマシタワ」


 ベルの反応で色々と察したらしいゼランは真顔で「そうなんだ」と頷いていた。私とミントは顔を見合わせたけれど、特に不快感なんかはない。



「虫で回復するのは便利だね。大体どこにでもいるもん。毒虫でも大丈夫なの?」


「あ、ああ。問題ない。俺に虫毒、虫の酸、虫関係の病気は全て効果がない。わかりやすく言えば風邪にはかかるし病気にはなるが、『虫当たり』と呼ばれる虫が運ぶ病気は勿論、一度虫を介せば病気にかからないんだ」


「まぁ! それは羨ましいですね。虫による被害はどうしてもなくなりませんから」



 パッと笑顔を浮かべたミントを見たゼランがピタッと動きを止めていたけれど、直ぐにベルが咳払いをして自己紹介を始めた。早口で。これ以上虫の話を聞きたくなかったのだろう、色々と必死だった。

 自己紹介を終えた所で馬車が止まる。時間にしておよそ十分程度。

 こういう人が多い所だと馬車の方が移動が遅いことが多い、と聞いて納得する。どうしても人が多いから気を付けなくてはいけないそうだ。

 まず、ゼランが馬車から降りた。

 直ぐにベルへ向けて手を差し出し、ベルはため息をつきながら馬車を降りる。次にリアンを外へ出るよう促し、リアンが外に出るとそのまま私に手を向けた。



「ライム、手を」


「ゼランじゃなくていいの?」


「……ゼランがいいのか、君は。こういう場合は基本的に婚約者がエスコートするが、僕じゃない方が良いのであればゼランに替わる。この場合はどちらでもいいといえばいいからな」


「リアンに摑まっていいならリアンの方がいいんだけど、代表生徒がゼランだからいいのかなーって」



 答えつつ差し出された手に自分の手を重ねると慣れた様子で馬車を降りる補助をしてくれた。正直、自分で飛び降りた方が早いと思うのだけれど、どうにもそれではいけないらしい。

 大人しく地面に足を下ろすとそのまま腰に腕を回されてぴったりとリアンの横にくっつくように引き寄せられる。多分、首輪するより目立たなくていい、とか考えているんだろうと思っているとミントへゼランが手を差し伸べていた。ほんの少し緊張しているように見えたけれど、表情は変わっていないので気のせいだったかもしれない。

 ラクサが降りて、ウィン助手先生が降りたところで御者さんがポーシュと馬車を何処かへ移動させた。



「事前に学園側に馬系共存獣がいることが伝えられていたから、広さのある工房を学園側が用意した。賑わう場所からは少し離れてはいるが、広さは十分ある。また、畑には事前に馬の餌になる草を植えたと報告を受けているから後で案内しよう」



 まずはこちらへ、と大きな鉄の門へ鍵を差し込む。

 大きな魔石が付いたその鍵は魔石認証式の鍵だという事で、なくさないようにとリアンへ手渡される。



「この工房の設備に関して説明させてもらう。まずは中へ。全員が入ったら施錠を。持ち込んだ荷物は奴隷を含め既にこの工房へ届けている」



 用意されていた工房は大きな鉄門付きの庭付き一戸建てだった。

 元々は飲食店兼宿屋だったということもあり、部屋数も多いという。

 石畳と手入れされた前庭を少し進むと大きな木製のドアがあったがやはりスライド式のドアだった。

 私たちの工房よりはるかに広い室内に驚いていると、玄関からまっすぐにあるカウンターへゼランは足を進め、カウンターの上にある盾を模した彫刻を持ち上げて魔力を流した。



「これが防音結界だ。隣にある剣を模した彫刻は魔石部分に触って魔力を流せば警備結界が展開されるから使ってくれ……ウィン教授もこちらに宿泊できますがどうなさいますか。案内後、私は学園に戻り案内終了報告をしなくてはいけないので、こちらに宿泊するという判断を下されても問題ありませんが」


「そう、ですね……では、私もこちらに宿泊させて頂きます。トラブルが起こった際は近い場所にいた方がよいでしょうから」


「承知いたしました。ご意向のまま、報告させて頂きます」



 ペコリと一礼したゼランは興味深そうに周囲を観察する私達へ必要な設備がある場所へ案内する、と大きな工房内を歩き回る。さながらガイドツアーのようだった。

 防音結界が張られているからか口調は素のようだったが、私達の中にそれを気にする人間はいない。



「井戸は外に。ただ、人間は飲まない方が良いだろう。植物に水をやる、とか洗濯ものを洗うという事には使えるが……水にあたることもあるから、やめておいた方が良い。カルミス帝国の水はトライグル王国の水とは味が違うと聞く。工房の中にある給水装置は三か所。台所、調合釜、洗い場だ。蛇口をひねって魔力を注ぐか、地下にある給水機に予め魔力を注いでおけば魔力がなくなるまで水が出る。事前に魔術師たちが魔力を入れているので、今回は魔力を注ぐ必要はないといわれてはいるが……一か月に一度、俺が設備の魔力量を確認させてもらう。不足しているようであれば魔力補充に学園のものが来て補充するから気にしないでいい」


「随分と至れり尽くせりですのね」


「大事な友好国から留学に来ているのだから当然の配慮だ。我々カルミス帝国の生徒もトライグル王国ではかなり良い待遇で留学させてもらっているし、実際に過ごしてカルミス帝国からトライグルへ移住する者も少なくない──俺もトライグル王国にはいくつもりだ。トライグル王国は自然豊かで様々な虫がいるからな」


「……少し自分の本音を隠した方が良くってよ」


「いずれ貴族ではなくなるから問題はない」



 真面目を極めたような顔でコクリと頷いたゼランにベルは深くため息をついたけれど、やることはたくさんあると思い直したようだ。私たちはゼランを先頭に工房の中をくまなく見て回り、其々の寝床を決めた。

 先に到着していたサフル達がある程度過ごしやすいように準備をしてくれていたこともあって、ひとまず荷物を置いて荷解きを軽く済ませる。

 といっても、荷物を出してサフル達に運んでもらうだけなのだけれど。


 これが終わったら、いよいよ仮工房での生活についての説明を受けることになっているので、少しだけ気合を入れ直し私達は階段を下りて一階の工房スペースへ向かった。




ここまで読んで下さってありがとうございます。

更新が不安定というか不規則になっていますが、一人でも読んで下さっていることがわかるととても嬉しく、頑張ろうと思えます。

 また、誤字報告! 毎回、お手数おかけして申し訳ないと思っているのですが、とても、とっても助かっております。何度見返しても気づかない…なぜだ。

お名前をこちらなどに書いて感謝を、と考えたこともありますが色々考慮し、それは断念。

ただ、飽きずに少しスペースをお借りして読んで下さった、そして誤字を見つけて他の皆様の為にも!と報告して下さる方々にお礼を伝えさせて頂いています。いつもありがとうございます!がんばります。

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― 新着の感想 ―
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